遮蔽物なし
少し歩いて到着したロトの泊まっている宿に入り、扉を叩く。
「おーい、いるか?」
グラウの声に反応して、扉が開く。
「ん? もう来たのか」
出てきたのは金髪の女。少し中を覗き込むがロトはいない。
「ロトの奴は? いないみたいだが」
「それは当然、隣の部屋に泊まっているよ」
その言葉を聞き、一瞬止まる。 よく考えてみれば、エルと俺、年頃の男女が同じ宿に泊まるというのはとんでもない行為なのではないだろうか。
顔を向けずに瞳だけを動かしてエルの方を見ると、少し顔を赤くしている。
その当然は確かに考えてみれば当然ではあるけれど、その当然は俺にとっては幾つか不都合がある。
エルと同じ部屋でなければ、何かあったときに守ることが出来ない、寝顔も見れない、話も出来ない。 一人でしたいこともないことはないが、それでも不都合であることは違いない。
「まぁ、エルは、あれだ。 子供だしな」
言い訳をするように言ったが、子供扱いは嫌がるのだから悪手だったかと思い直す。 どうにか否定しようとするが、エルは俺の言葉に頷いた。
「はい。 そうですね。 僕は子供ですし」
子供扱いを嫌がっているようには見えなく、ほんの少し安心する。 すぐに離れて寝るみたいなことにはならないだろう。
少し間が空いたものの、リアナは不自然には思っていないのか、すでに纏めてあった荷物を取り出して部屋から出てくる。
その後ロトの部屋を開けて中に入り、まだ寝ているロトをリアナが引っ張り、宿を後にする。
「リアナひどい。 まだ眠いのによ」
「元から朝早くに移動を開始すると言っていただろうが。それなのにずっと出歩いて……」
怒られても慣れているのかどこ吹く風と、特に気にした様子もなくロトは言い返す。
「俺はちょっとした小遣い稼ぎとか、これからの金稼ぎのために動いてたんだよ。
遊んでたわけじゃない。 リアナ、分かったら眠いから負ぶってくれ」
「誰がお前を背負うか!」
そう言ってからロトは俺に少なくない荷物を投げ渡して、眠たそうにあくびをしながら歩く。
少し重い。 エルが持とうとするのを手で制して元々の荷物と共に背負う。
しばらく歩けば、街の端に馬車が泊めてあり、一人の男が立っていた。
「買うときに追加で金を出してここまで移してもらっといた。
慣れない馬車の操作で下手なことをして、物を壊したりしてしまえばすげえ金かかるからな」
ロトは自慢気に言ったあと、男の肩をポンと叩いて帰らせると少し大きめの馬車の中に入り込んだ。
「マイペース、ですね」
「自己中心的なだけだろう」
エルが何か庇うように言うが、リアナがバッサリと切り捨てる。 リアナが御者として前に座ったのでとりあえず、馬車の中に荷物を放り込み、周りを見渡せるように馬車の上に飛び乗る。
「あっ、僕もそこに行きます」
「ん、分かった。 手を伸ばせ」
身体能力の低いエルでは一人では登れないと思い、馬車の上から引っ張り上げる。
グラウはすぐにでも戦えるようにか木剣を軽く持って、馬車の横に立っている。
「じゃあ、行くぞ」
リアナが馬を動かし、車輪が回って馬車が動き始める。 魔物との戦いをしている一団を見るが、それを横目に進んでいく。
旅立ってからしばらくすると、馬車の中から石が砕けるような音が聞こえる。 先程まで感じていなかった魔力が現れて、また砕ける音が聞こえるとその魔力が強まっているのが分かる。
その後、二つの魔石が破られて音が止まる。
強大とまではいかないが、物凄い魔力が馬車の中から感じられて非常に居心地が悪い。
「気持ち、悪いな」
「酔ってしまいましたか? 横になりますか?」
ポンポンとエルは自分の膝を叩く。
エルはこの魔力を気持ち悪いとは思わないのか、単に魔力の量に差があるからだろう。
魔法の使用できる回数以外のもこういうところで魔力量の差が出てくると、やはり羨ましく思ってしまう。
軽く周りを見渡しても魔物の姿は視認出来ない。
馬車の揺れに酔った訳ではないが、言葉に甘え、エルの膝の上に頭を乗せて寝転がる。
エルの膝の上からだと特に遮蔽物がらないので、そのまま青空を見上げることが出来て景色がいい。
ゆっくりとエルが俺の頭を溶くように撫でると心地よく、喉の奥から声が漏れ出る。
「なんか、アキさんってちょっと犬っぽいですよね」
エルが面白そうに言うが、その意味がよく分からずにエルの胴に顔を埋めてバレないように匂いを嗅ぐ。
エルの甘い匂いが鼻腔に入り、心臓が高まるのと共に落ち着く。 反対の二つを同時に感じているのは、やはり妙な感覚だ。
「犬か」
「犬です」
犬を飼ったこともない俺はイメージだけで犬を思い浮かべる。
主人に忠実で、命令に従うような動物。 といぅたイメージしかない。
エルの命令があるのならば忠実に従うだろうし、エルを中心に考えているのだから間違いではないだろう。 尤も、エルがそんな意味で言ったのだとは思えないが。
「エルは、そうだな」
他愛もない話を続けようとエルの言葉に乗っかる。
「ん、あれ。 なんか犬っぽいな」
なんかこう、尻尾とか振りながら近づいてきそうなところとか。
「被り……! みんな血液型がA型とか、そういう盛り上がらないパターンのやつですね」
「悪い。何言ってんのか分からん」
腹に顔を埋めながら話をしているせいか、エルがくすぐったそうに身を捩る。 顔を離して、小さく溜息を吐き出す。
「なんか、盛り上がるような気の利くことが言えなくて悪いな」
「いえ、その……アキさんとは、盛り上がらなくともあれですから。
それに、僕も会話を盛り上げることは、出来ませんし。 何分、ぼっちだったもので」
「ぼっち?」
「……学校で、お昼ご飯を一人で食し、二人組になってという先生の指示で一人余るような人のことです」
エルの言っている言葉に、昔のことを思い出す。
魔法の練習や調べ物をしながらの食事だったので、当然のように一人で食べていた。 二人組や三人組になろうにも他は友人同士で固まっていたので、友人などのいない俺は……。
「俺、それだな」
「そうですか……。 ほら、大丈夫ですよ。
もし今から学園編が始まったとしても、二人組になれます!」
エルが自分を慰めているのか俺を慰めているのかよく分からない言葉を言ったので、それに頷いていると、グラウの元気がなくなっていることに気がついた。
「グラウ、どうした」
「いや、な。 俺も昔……一人で食べてたし、二人組とかにはすっげえ困ってたからさ。
ヴァイスと仲良くなってからは学校には行ってないし、戻ったときには退学コースだった」
こちらの話題が飛び火したらしい。
「今から学園編が始まったとしても、俺って絶対余るじゃん。
お前と勇者の嬢ちゃん。 勇者の坊主とリアナ。 これは酷い」
「いや、年齢的に学生はない。
それに、ロトとリアナはそれほど仲良くもしていないだろう」
俺がそういうと、エルが驚いたような顔でじっと見つめてくる。 少し目を逸らせば、グラウも下からこちらを見上げていた。
「ん、何かあったのか?」
「いや、お前マジで言ってるのか?」
「何がだ?」
グラウは頭をボリボリと乱雑に掻いて「あー、パスで」とエルに言う。
「えと、ロトさんとリアナさんって、仲良しだと思いますよね?」
「ん、普通に文句言い合っているだろ。 仲良しとは、言えないだろう」
「マジかよ、お前……ヴァイスもだいぶアレだったが、輪にかけて酷いな」
呆れたように言われ、不服に思い言い返そうとするが、エルも同じような目をこちらに向けているせいで言い返す事が出来ない。
「どういうことだ?」
「普通にあいつらは仲が良いってことだ。 お前らみたいに惚れた腫れたって関係ではないと思うが」
「俺たちもそういう関係では……」
「そういうのもういいから。 面倒くさい」
適当に流されて不服に思うが、一々必死に否定するのも、エルに魅力がないと言っているようで気に乗らない。
意味が分からないと、グラウの方から目を逸らすと御者台の方から高い声が聞こえる。
「私とロトは別に仲良くはない。
多少目的が似通っているから、共に旅をしているだけだ」
「ほら、やはり本人のリアナが言っているのだから、仲良くはないだろう」
エルの大きく吐いた溜息が俺の頬を撫でた。




