即堕ち
ロトはなんか異常に気持ち悪い人形を俺に押し付けながら魔石割り人形くんの歯をカチカチとしてくる。
デザインとかが非常に怖い。
「んで、これを使って魔物避けをしようと思うんだよ。
元々は外部から魔力を補充出来ないかの研究をしようと作ったもんなんだけどな。 その失敗作がこれだ」
それからロトは簡潔にどういった経緯で作ったものかを説明し、エルが興味深そうに聞く。
グラウとリアナがつまらなさそうに不味い豆を口に運んでいて、それに習って俺も不味い豆を口に運んでいく。
「不味い、な」
ロトが自慢げに失敗とその考察を語っていて、エルが無言だが熱心に頷く。 そんな中でリアナが口を開いた。
グラウが酒を煽っているのを見ながら俺も頷く。
リアナとグラウに対して妙な一体感を覚えながら、息を吐いて椅子の背もたれにもたれかかる。
「じゃあ、自分の魔力を外部に溜めていてもダメなんですね」
エルがやっと口を開いたと思えば、ロトが少し勿体ぶって首を横に振る。
「そういうことで、魔力量を誤魔化す実験は失敗に終わったんだ。
一応機材があればこの魔石割り人形くんに人の魔力を入れることも出来るが、機材も自作だからかデカいんだよな。 持ち運ぶのには向いてないし、溜め込む際にすげえロスしちまう」
ロトは自信満々に失敗談を語り終えて、いささか少なくなった豆を口に運ぶ。
魔法も使えないのに魔法の研究とは妙なことをするなと思うが、だからこその行動なのかもしれない。
「まだ来てから少しなのに、色々しててすごいですね」
エルがロトを褒めると、慣れない様子でロトは頭を掻き首を横に振る。
「いや、そんな大したことじゃない。 多分調べりゃ分かる程度のことだっただろうしな」
謙遜ではなく事実なのだろうとなんとなく分かる。
食べてなくなってしまった豆をウエイトレスに頼んで補充して、軽く話して交友を深める。
「なんでお前はこの不味いのを頼むのか……」
「不味いか?」
だが、わざわざ仲良くもない人と用もなく話すのは面倒だからか、ロトはリアナと話を始め、俺も握っていたエルの手を弄る。
一人黙々と豆と酒を飲み食いしているグラウは、何処か寂しそうだ。 だからと言ってエルではなく、グラウに構うつもりは一切ないが。
エルの手は柔らかくて気持ちがいい。
そんなことをしているとグラウの酒も遂になくなり、グラウはじっと、俺の方を見る。
「ねえちゃん、酒おかわり。 二個持ってきて!」
「俺を巻き込もうとしてんじゃねえよ!」
ウエイトレスに一個に変えてもらおうとするが、グラウが辛そうな目で見てくるせいでどうにも断り辛い。 少し悩んでいるとウエイトレスも店の奥に戻ってしまったのでここから断るのも面倒だと、諦める。
「一杯だけ、付き合う。
それだけな」
グラウが満足そうに笑い、それを見て溜息が出る。
「優しいですね」
「今から断りに行くのが面倒なだけだ」
小声で話しかけてくるエルの不本意な評価を否定して、多数で机を囲むという慣れない状況の中でそこから離れるように椅子を軽く動かす。
酒を飲む。 その行為で思い出すのはエルの名前付けの時と、寝ているエルを触りまわしてしまった時のことだ。
流石に……一杯では、そうはならないとは思うが胸中には不安が募る。
出来る限り酔わないようにすることを決め、運ばれてきた酒を、グラウとグラスをぶつけ合ってからゆっくりと口に運んだ。
絶対にエルには妙なことはしない。
◆◆◆◆
「エルは本当にかわいいな」
丸くクリクリとした瞳を見つめながら、エルの柔らかい頬を触る。
エルは軽く身を捩ってから空になった俺のグラスを見て口を開く。
「いひひ、アキさん、もう一杯どうですか?」
そろそろ飲むのを止めなければ酔っ払ってしまうのではないかと思ったが、エルが両手に持った酒瓶を傾けて俺のグラスに酒を注ぐ。
その姿が可愛らしく、ついつい止め忘れてしまう。
エルが注いでくれた酒は何故かヤケに美味く感じてしまう。
酒のツマミとして頼んだ不味い豆を肴にして酒を飲む。
軽く喉に痛みが感じられるほどの酒が喉を通り過ぎ、胃に溜まっていくのを感じる。 通り過ぎた後の喉は熱くなり豆を齧って嚥下するのが心地よい。
グラウが始めた「昔あった面白い話」を横に聞きながら、酒瓶を置いて俺の顔を見るエルを見つめる。
エルは酒を飲んではいないのに顔を赤らめていて、瞳を少し潤ましている。 酒を飲み始めてからはエルのことはずっと見ていたので酒を飲んでいないことは間違いない。
エルの肩を手で抱き寄せて、エルの額に手を当てて熱がないかを確かめる。
「エル、熱はないな」
「んぅ、だ、大丈夫ですよ」
俺がエルの体調を心配していると、ロトがグラスを片手に持ちながらヒューヒューと口で言い囃し立ててくる。
その手にある酒とミルクをカクテルした非常に不味そうな物を、美味そうにゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干して酒臭い息を吐き出す。
「お熱いねえ。 この小児性愛者め」
「誰がだ! ……この、んぁ、なんだ? 馬鹿? が!」
「アキさん、悪口下手ですね……」
ロトと悪口の言い合いをしていると、横でリアナに向かって武勇伝を語っているグラウの話が佳境を迎えたらしく、リアナの「よっ、大将!」とかが非常に気が散っていい言葉が浮かばない。 悪口なのにいい言葉とか、俺は何を言っているのだろう。
そんな中でもロトは俺に色々と言ってくる。
「ロリコン! ペド!」
「僕、ロトさんより年上なのに……」
俺より横のエルに流れ弾が飛びまくり、エルがどんどん落ち込んでいく。 だがそういうところも愛らしく、頭を撫でる。
グラウの話がクライマックスを迎え、身振り手振りが大きすぎて俺の頭にガンガンと手がぶつかりだした。 すごく鬱陶しい。
まぁ、エルに被害はないので、まずはロトをどうにかしなければならない。
「それ以上言うのならば腹掻っ捌いてハラワタを抉るぞ」
「真顔で言うな、怖いから」
「アキさん、実力行使は勘弁してください」
エルに頭を撫でられながら止められ、言葉を止める。 ロトは俺の方には興味がなくなったのか、グラウの方に嫌がらせをしにいった。 怒らせるだけ怒らせられて放置かよ。
溜息を吐き出しながら、飲んでも飲んでも減らない酒を飲む。 美味いが飽きたな。 それでも飲み干して、空になったグラスにまた注がれるのを見る。
「なぁ、流石に多い……んだが」
そろそろ、エルの服に隠されて露出されていない脚から目が離せなくなってきている。
「えっ、あっ、ほら、こういう席ですし、景気付けに……ね? ですよ」
何故かエルはしどろもどろになりながらも、俺に飲ませようとするのでそれに従って酒を飲む。
「そこで俺は言ってやったのさ、ここから先は通さねえ、何故なら高みへと朽ちゆけないからだ! ってな」
「やばい! 意味分からないけどなんかかっこいい!」
グラウの生き生きとした語りを見て笑いながら、高みへと朽ちるやらなんやらと言いまくっているグラウは酒を飲みまくる。
リアナもロトも酒のせいか明らかにおかしくなっているが、グラウだけはなんか普通っぽい。 いつもおかしいだけだった。
そんな三人を見ながら、エルは俺の手を握る。
「なんか、ちょっと楽しいですね」
エルはいひひと笑いながら、俺の肩に身を寄せて頭を俺の腕にこてんと置く。
「ん、まぁ……」
馬鹿騒ぎしているグラウとリアナ、それを茶化しているロトを見る。 その後、エルの顔を見る。
昔は見れていなかった光景で、こんなことをしている時間は忙しなく自分勝手に動き回っていたことだろう。
俺もほんの少しエルの方に身体を傾ける。
「そうだな」
「そうですよ」
エルの頭を質の良い髪を溶くように撫でて、恥ずかしさから小さい声で呟く。
「悪くも、ないな」




