気持ち悪い人形
宿に戻り、買った武器を一通り置き、投擲用ではないダガーナイフを一本だけ懐に潜ませる。 エリクシルのぼうけんがあることを確認してからそれを入れた袋を持ってグラウの泊まっている部屋の前に移動する。
扉を叩き、俺が来たことを知らせと中から小汚いおっさんが出てくる。
「おう、早いな」
「もう昼だ」
グラウの自堕落さに呆れ、ため息を吐き出してしまうがグラウはそれに気にした様子もなく荷物を纏めて出てくる。
どこか偉そうにも見える笑顔で、さあ出発だと言い外に出た。
当然、グラウは待ち合わせの場所を知らないので、見当違いの方向に歩いていくので、慌ててそれを引き止め、横並びで歩く。
「なあアキレア。 これって俺も手を繋ぐノリ?
あと、これから会う奴ってどんな奴なんだ?」
エルと繋いだ手を見てから尋ねてくるが、掴もうとしてくる手を振り払いながら二つ目の質問に答える。
「勇者とその仲間だ。 勇者の方は黒髪の若い男で、気持ち悪い笑みを浮かべているがおそらく悪い奴じゃない。
仲間の方は金髪の若い女で、何かと暴力的だな」
「おっぱいは?」
「……馬鹿か」
真面目に答える気も起きず、グラウを罵ってからそのまま歩く。 少し遅れて、エルがグラウの質問に答える。
「どちらも、いい人そうでしたよ」
「そうか、なら何よりだ」
どうにもグラウの態度は「保護者」みたいにも思え、見た目が父親と同じ程の男ということもあり微妙にではあるが気まずさを感じる。
そんな俺以上に、エルも気まずいだろう。
恩があり、仲間と仲の良い知らない人。 と、どうにも話が弾むような関係ではない。 そもそも、エルは少しぎこちなく動いているので、どれぐらいかは分からないが怖く思っているのだろう。
気楽そうなのはグラウ一人で、ヘラヘラと軽薄に笑いながら少し前を歩いていく。
しばらく歩き、約束の酒場に入るとカウンター席に座っているボサボサの黒髪の男と長い金髪の女を見つける。
そのボサボサの頭の男、ロトは振り返ってこちらを見る。
「よう」
「ああ」
軽く返事をしてから、四人掛けのテーブルの方に座る。 五人もカウンターに横並びになって会話をするのも変だろう。 エルが近くの余っている椅子を引き寄せて俺のすぐ隣に置いて、そこに座り、グラウはそれとは逆の隣に座る。
ロトはカウンターから不味い豆とミルクを持ってこちらのテーブルに移動し、リアナもついてここに座る。
「えーと、こいつは仲間でいいのか?」
ロトの質問に答えようも口を開いて声を発するが、俺の声は、グラウがウエイトレスに注文する声に掻き消される。
「ねえちゃん、オススメの酒を五つ頼む」
「何さらっとエルにまで飲ませようとしてんだ!
悪い、それ一つに変更してくれ」
直ぐに訂正してから、ロトの方に向き直り口を開こうとする。
「俺はアキレアの父親みたいな?」
「お、おう。 保護者同伴か」
「違う。 最近知り合ったおっさんだ。 実力は確かだから連れてきた」
エルになら未だしも、ロト達には家のことを教える気にはなれないので適当な説明で済ませる。
ニヤニヤ笑みとヘラヘラ笑いの嫌な笑い方をする二人が同じところにいるせいか、ほとんど何も話していないのにもう面倒臭い気持ちでいっぱいになる。
「グラウだ。 一応剣士をやっている」
「おう、よろしくな。
俺はロト、まあ偽名だが。 俺も一応剣士だな。 こっちのローランドゴリラみたいな女はリアナ、こいつも剣士だな」
軽く名乗り合っている二人を見て、エルは俺の手を少し引っ張る。
振り向くとエルは小声で俺に向かって話す。
「えと、僕も自己紹介した方がいいんですかね?」
「いや、いらないだろ」
ロトがリアナに殴られてから、ブツブツと文句を付けながら旅の仲間になる四人を見る。
「なんつーか、あれだな。 剣士、剣士、剣士、ロリ、剣士。
バランス悪いな」
「まぁ、有り合わせだから仕方ないだろう。 空を飛んでいる魔物は赤竜程の魔物でもなければ俺が跳んでいって仕留めれる。 昨日エルが治癒魔法を覚えたのもあるから、どうにもならないような自体には遭遇しないだろう。
尤も、魔物が昼夜問わずにひたすら襲って来たらどうにもならないがな」
「そんときはお父さんに頼ってもいいんだぞ」
誰が父親だ。
「とりあえず、魔物が大量にやってきた場合はグラウに任せて逃げればいいんだな? おけ、任してろ。 人に押し付けて逃げるのは得意だ」
ロトが適当なことを言い、それで挨拶は済んだとばかりに本題に入る。
「んで、こっからの行動だが。
その魔王サイドに渡してはいけないレアアイテムを防衛に適した場所に移すってことでいいんだな。
決めるのは、移す場所と出発の日にち、それに移動手段か?」
考えている情報に差異はなく、頷く。
「一番の問題は移す場所だな。
あまりに遠いと旅がしんどいし、奪われる可能性も上がるが、近場で済ませるには頼りないところが多い。
どこか意見はあるか?」
特に考えもなく黙ってウエイトレスが渡してくれた水を飲む。
酒を飲み、ご機嫌になっているグラウが口を開いた。
「やっぱ、ここは王都じゃねえか?」
「……遠くないか? 魔物がそこまで多くなくとも半ヶ月近くはかかるぞ」
「まぁ、遠いがその分、道は分かりやすく馬車とかでも通りやすい。
それに道中にも町村が多く補給が容易、最悪助けを求めることも出来るからな。
べ、別に王都に観光に行きたいわけじゃないんだからな!」
グラウの意見に反対は出ず、すんなりと王都行きが決定する。
ロトは不味い豆を口に放り込みながら、次の話題に移る。
「いつ出る?
今日、馬車やらを手に入れてとかして、明日発つのも俺たちは出来るが」
「俺も問題ないな。
アキレアと勇者の嬢ちゃんは?」
「僕も、大丈夫ですけど。
アキさんは、怪我の後遺症とかないですか?」
心配症のエルの頭を撫でてから問題ないと伝える。
少し血は足りないが、高朽刃も使えるし、気合いでなんとか出来る範囲だ。
馬車でも容易に通れる道なのもあり、大量の荷物を持ち歩くのも難しいと判断し、当然のように馬車を買うことを決める。
「でも、御者とかはどうするんだ? 私は一応真似事のような程度には出来るが、日中ずっとは無理だぞ」
リアナの意見を聞き、グラウが自分も簡単には出来るといい二人で交代しながらやることが決まった。
あとは金の問題だが、ロトは何かと溜め込んでいたのか結構な量を持っていて、エルと俺の金と合わせればなんとか足りそうなぐらいである。
グラウも出すと言いだしたので十分に馬車を買う金と食費などの旅費を工面出来そうだ。
「だいたいの計画は経ったな。
んで、前に言ってた魔物避けの道具なんだが、これだ」
ロトが袋から取り出したのは、奇怪な形をした、大口を開けた姿の人形。
その口には小さな魔石が詰められている。
「くるみ割り人形……?」
エルはその人形に覚えがあったのか、不思議そうな声を発しながらそれを見る。
「いや、魔石割り人形くんだ。
この魔石割り人形くんは魔石を割って、割った魔石の中にある魔力を溜め込む性質がある。
魔物は強い魔力を持つものに怯える性質があるから、魔石を割りまくれば魔物避けになるってことだ」
「なるほど?
魔力は感じられないが、実際に使ったりはしたのか?」
「ああ、溜め込むって言っても結構出て行っちゃうんだよ。
祭りの時の風船ヨーヨーの空気みたいな感じで。
試した結果は、魔石割り人形くんで魔石を割ってからゴブリンとかホーンラビットに翳しながら駆け寄ってみたが、超逃げてったよ」
「魔力が怖いのか? なんか普通に見た目が奇怪で嫌な感じなんだが」
ロトはやれやれと言う。 なんとなく腹が立った。