待ち人来ず
エルが出来るといえば、出来なかったことも出来てしまい、エルはもしかしたらなんかすごい存在なのではないかと思ってしまう。
どうにも上手くいきすぎていて、俺自身の努力やら才とは到底思えない。
それでも礼を言うのもどこか気恥ずかしく、顰めっ面のまま黙ってしまう。
「では、行きましょうか」
エルが立ち上がり、また浄化を発動させてから俺に手を伸ばす。
その差し出された手を掴み、エリクシルのぼうけんをいれた袋をもう片方の手で持つ。
軽く返事をして一緒に外に出る。
「そういえば、前は人前で手を握るとか嫌がってたよな」
「ええ、まぁ……。 子供みたいに見られるのは、嫌でしたから」
そう言ってエルは遠い目をしてから、深い溜息を吐く。
「どうせアキさんもみんな、僕の年齢を信じてくれませんし、それならもうどうでもいいかなって思いまして。
結局、元の世界でも僕は子供だと思われていたので……大人扱い、なんてのは慣れないですよ」
エルは拗ねるように言ったあと、わざとらしくそっぽを向く。 その言い草にどう見ても子供だけれど、本当に17歳で同い年なのかもしれないと少し思う。
見た目を除けば、ヤケに賢くしっかりしているのでエルの言い分も納得出来なくはない。
「マジで、17歳なのか?」
「そうですよ。 ちんちくりんなのでそうは見えないかもしれませんが」
信じるべきか否か。
見た目はどう考えても10歳にも満たないような子供。 中身はエルの言い分の通り17歳ぐらい。
少し頭を悩ませた挙句、信じた方が得な気がしてきたので信じることにする。
本当に17歳ならば、同年齢の異性を好きになるのは普通のことであると、なんとなく自分の嗜好が正常であることを言い張れる気がする。
「考えてみれば、エルは見た目以外は、それほど幼くもない。 信じることにする」
「えっ……えっ?」
「どうかしたか?」
「いや、その、証明出来るものもなしに信じてもらえたのは、初めてだったから……びっくりしました」
繋いでいない方の手でにやけている口元を押さえて、それを戻してから手も元に戻す。
赤竜との戦闘で時計のなくなった時計塔に着いて、周りを見渡してみるがエル以外の勇者は見当たらない。 清水は乗り気ではなく、もう一人の勇者には会えてさえいなかったので来るとは限らないが、少しだけ妙に感じる。
エルやロトを見れば、勇者としての使命を出来る限り全うしようとしている。 その身近な勇者が二人共危険を顧みずに動いているせいで、他の勇者も同じようなものと思い込んでしまっているのだろう。
しばらく待つが、勇者がやってくる様子はない。
「アキさん。 僕のこと、子供だとは思ってないんですよね?」
エルの言葉に頷く。
もしかしたら時計塔の反対側に来ているのかと思い、時計塔の周りを勇者を探しながら歩く。
不意にエルが手を握る力を強めた。
「つまり、その……これって、そういうこと……ですか?」
エルの言いたいことが分からず、聞き返す。
なんでもないとエルは返し、それに合わせて溜息を吐く。
何か気に障ることを言ったかと不安に思うも、すぐにエルは笑顔に戻ったので怒ってはいないらしい。
深く安堵しながら、時間を確認するために空を見上げる。
「もう、来そうにないな」
昼飯時も過ぎてしばらく経っても来る気配はない。
夏も近づき、暑くなってきているせいかエルを握っている手が少し汗ばんできている。 ベタベタとして気持ち悪い。
もしエルがかいた汗ならば心地がいい筈なので、この手汗は俺のものだろう。
「そうですね……。
期待は薄かったけど、もしかしたらと思ってたんですけどね」
少しエルは残念そうに言うが、仕方ないといってすぐに切り替えた。
宿に戻る前に飲食店に入り、空いている腹に食べ物を入れる。
エルとほとんど同時に食べ終えてから、宿に戻る。
「明日はロトさんとリアナさんと合流ですね。
どう思います?」
「戦力的には、明らかに足りていないだろう。 どれだけロト達が強いとしてもな。
絵本が魔物を引き寄せるせいで夜も眠れないかもしれないのが問題だ。 下手に小さな村や町に入れば絵本のせいで潰してしまうかもしれないので一辺には入ることも出来はしない」
「うう、考えるだけで大変です。
ロトさんの言う、魔物除けの道具に期待するしかないですね」
エルの言葉に頷く。 ゴブリンぐらいの下位の魔物でも来ないでくれるならば一気に旅は楽になるだろう。
それをあてにして準備をしないわけにはいかないが。
「あとはグラウがなあ。 そういえば、この宿はグラウの紹介なんだよな」
「あっ、そういえばそうですね。
あちらの方から来るかもしれませんね」
グラウがいれば、陸上の魔物相手ならば遅れを取ることはなさそうなのでいてくれた方が心強くはある。
だが、代わりにといっていいのか、酒飲みで常に酔っ払っているような人物なので、旅においてならばいない方が楽かもしれない。
貧血気味の身体を休ませるために少しゆっくりしていると、扉が乱雑に叩かれた。
「おーい、アキレアー、いるか?」
「噂をすれば……ってやつですね」
俺が立ち上がり扉に向かえば、エルは俺の背中に隠れるように移動する。
軽く返事をしながら扉を開ける。 酒ではなくヤニの匂いがする、予想とは違う匂いに顔を顰める。 グラウではないのかと思ったが、白髪混じりの赤髪で、酒を飲んでいないからか、顔が赤くなっていないグラウがいた。
「おう、元気にやってたか?」
「血が足りないが、それ以外には特に問題ないな」
グラウはその返事を聞いてから満足したように頷き、遠慮のかけらもなく部屋の中へと入り込み地べたに座る。
「それで、何の用なんだ?」
ヤニの匂いに顔を顰めながらグラウの次の言葉を待つ。
「普通に見舞いだよ。 元気そうなら修行の続きでも付けてやろうかと思ってな」
「そういえば、まだ途中だったか。 一応出来るようになったが」
「あー、そういや赤竜切ってたな。
でもほら、二式の方とかあるし」
そう言ってグラウは食い下がる。 そんなに修行させたいのか。
だが、実際に一撃のみで終わるのより連撃の方が使えることは間違いないのも事実だ。
「近いうちに、この街を発つ予定だから……。 ここでは無理だな、着いてきてくれないか?」
「弟子の都合に合わせて旅立つって聞いたとねえよ……。 どうにかならないのか? 俺もヴァイスのところに行きたいんだが」
「ああ、無理だな。 それに、修行のことがなくともグラウにはともに来てもらいたい」
「えっ、もしかして俺に惚れた?」
「それはない」
これまでの経緯をグラウに説明する。
俺の服を掴む力が強くなっているエルの頭を撫でながら、グラウが答えを出すのを待つ。
「行っても、いいんだが。 ずっとお前らがベタベタしてるの見るのが辛いな。
アキレアはヴァイスの生き写しみたいだし、その勇者の方は性格がハクっぽいし」
振られた思い出がー、とグラウは頭をかく。
いい歳したおっさんが二十も前のことを愚痴愚痴言っているのは嫌な気分になるが、俺もエルに捨てられてしまえば似たようなおっさんになってしまうかもしれないと考えると否定する気も起きない。
「まぁ、行くがな。 やばい状況のアキレアを放っておく気にはなれない」
「そうか、助かる」
冗談ではなく本気で「息子」と思われているのか、グラウは俺の頭をゴシゴシと乱雑に撫でて笑いかけてくる。
「ありがとう、ございます」
俺がグラウの手を跳ね除けるのと同じ時にエルが俺の背中から出て、グラウに頭を下げた。