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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第三章:君を守るのに俺は要らない。
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衣替え

 肩を触れる柔らかい手が俺の身体を揺らす。


「アキさん、おはようございます。 朝ですよ」


 エルの心地の良い声が耳に入り込み、瞼を持ち上げて目を開ける。

 幼い顔立ちの少女が緩んだ微笑を浮かべ、長くない黒髪を垂らしながら俺の顔を覗き込んでいた。

 油断しきっている寝顔を眺められていたのか、気恥ずかしさを感じる。


 笑って誤魔化そうとする。 愛想笑いや、作り笑いは苦手だったはずなのに上手く笑顔を見せることが出来て自分で驚く。

 身体を起こしてエルの細く柔らかい黒髪を溶くように頭を撫でて、エルには恋慕以外にも親しみと愛着を覚えていることを知る。


 昔、母親に起こされたときも、こんな感じだったような、うろ覚えだけれど強い親愛の念が自然に笑顔を作る手助けをしてくれているようだ。


「おはよう、エル」


 表情だけで笑いあってから、立ち上がる。


「あの、寝ているときに女神様から色々教わって、レベルアップ分のスキルポイントの割り振りを考えたんです」


 そういえばそういうのがあったなと思い出し、頷く。


「僕の能力は効果に割り振っていくと瘴気っていうのを消せるんですけど、その瘴気は、魔物の元みたいなもので……僕の能力で魔物の発生を抑えることが出来るみたいなんです」


「それは、すごいな」


「だから、瘴気を実用レベルで払えるところまでスキルポイントを割り振ってから、飛距離を伸ばして瘴気を減らす範囲を広げてみようと思います」


「分かった」


 エルの言葉に頷くが、もしかして飛距離をあげるせいで浄化してもらうときに、触りまわされることはなくなってしまうのかもしれない。

 せめて今日だけでも、と言うことは出来ずに無情にもスキルポイントの割り振りが終わった。


「じゃあ、この部屋ぐらいは全部浄化出来るみたいなので、一気に浄化してみます」


 距離が伸びた分だけ光量が分散されたのか薄らとだけ部屋全体が明るくなり、元の明るさに戻る。

 少しかいていた寝汗とかもなくなったのか、さっぱりした。


「……いつもみたいには出来ないのか?」


「あっ、それも出来ますけど、こっちの方が手っ取り早いです」


 受け答えを失敗してしまったのではないかと少し落ち込むが、綺麗好きでそこら中を浄化しまくっているエルの負担が減ると考えるとそう悪いことではないのは確かだ。


 浄化の代わりに何か触れ合える方法はないかと思考を巡らせるも、あまり賢くない俺にはそんな都合のいい策は練ることは出来ない。


 せめてもの慰みにと、エルの顔や身体を観察する。

 見られていることに気がついたエルが恥ずかしがりながら身を捩るのが可愛らしい。


「どうか、しましたか?」


「いや、何でもない」


 それだけ答えると、エルは身体を縮こまして隠すようにしてから荷物の方に視線を向ける。


「あの、着替えたいです。 買ってもらった服に」


「ん、ああ」


 エルの言葉に頷く。


「だから、その、少しの間だけ、部屋の外に出ていただけませんか?」


 期待していたわけでもないが、何処か残念な気持ちになりながら外に出る。


 背を扉に預けるよりに立ちながら待っていると、朝で静かなためにエルが荷物を弄る音が聞こえる。

 小鳥が地から飛んでいく翼の音さえ聞こえる中、扉一枚挟んだだけのエルの立てる音は容易に拾うことが出来る。


 決して集中して聞いているわけでもないが、手持ち無沙汰な状況においては聞こえてしまうのも仕方のないことかもしれない。


 すぐに、衣擦れの音が聞こえる。 しゅるり、とでも言えるような軽快な音は、エルのなだらかな体型を示すようだ。

 扉一枚だけそれだけのところに、意中の女性が衣服を脱いでその肌を空気に晒しているのだろう。


 肌着や下着の類いは買っていないので、それまで脱いでいることはないだろうが、それでもエルが薄着な格好でいることに必要のない意識をしてしまう。

 首元から見える白い肌と同じ色であろう肌と、服の上からなんとなく分かる、なだらかで薄ぺらな体型を想像してしまう。


 また衣擦れの音が聞こえる、エルが服を着ているらしい。 衣擦れの音がなくなってからも、しばらく入ってよいという言葉はないが、それは変なところがないかと確かめ、身嗜みを整えているからだろうか。


「アキさん、お待たせしました」


 朝っぱらから無駄に疲れるエルの着替えが終わり、言われた通りに中に入る。

 白っぽい服だった。 だから当然だけれど、今のエルの格好は全体を通して白いところが多い。


 けれど、髪や眼、靴下は黒色で、薄い黄土色をした半ズボンもあるので真っ白ではない。 白と黒色が妙に目立っていた。

 似合っては、いない。 一番小さなサイズだったはずだけれどほんの少し大きかったらしく、それがまたエルの身体の小ささを強調していて、似合ってはいないのにぴったりのサイズで似合っていた以前の服装よりも可愛らしく見える。


 白と黒が多い格好で、ほんの少し赤みを足しているエルがチラチラと俺の視線を追うように見て、これ以上見ていたら変に思われるかと見るのを止める。

 するとエルが、少し恥ずかしそうにしながら言う。


「あの、これ……似合ってます、か?」


 自信がないように見えるが、それでも聞くのは何を期待してだろうか。

 嘘を吐くのもエルを否定するのも嫌で、似合っているかの質問には答えない。


「まぁ、可愛らしいとは……思う」


 より恥ずかしい答えをしてしまった。

 エルはその言葉に顔の赤さを増しながら、顔を隠す。


「ありがとう、ございます」


 とりあえず嫌がられてはいないようなので、正解だったらしい。 その小さな肢体を抱きしめたくなる衝動に駆られるが、何とか我慢して、ベッドを椅子代わりにして座る。


「それでだな。 今日はどうする。

早めに武器は持っておきたい、昼には時計塔の下で勇者が来るかを待つとやることは二つあるが、エルは脚大丈夫か?」


「実は、筋肉痛です」


 エルに尋ねると、やはりというか、昨日は一日中歩きまわっていたために辛そう答える。


「脚が一番で、腕と、あと腰も少し……。 歩く時に脚以外にも色々と負担かけてたみたいで、すみません」


「なら、とりあえず今日は武器は止めて勇者を待つぐらいにしておこう」


「ご迷惑をおかけします」


 迷惑だとは一切思っていないのだが、エルは申し訳なさそうに頭を下げる。

 出来ることならば、もっと仲良くなり気を使わないようになってもらいたいのだけれど、どうすれば仲良くなれるだろうか。


 こういうことになるなら、魔法の練習なんてせずに友人を作って遊び惚けていればよかったと後悔するも、先に立つことは当然ない。


「エルは、何かしたいこととか、食べたい物とかないか? 欲しいものでもいいが」


 出来る限りエルに媚びを売ることにし、機嫌を取ってみる。


「え? いや、特に……ないです」


 だがエルは無欲だった。 最強の仲良くなる手段のつもりだったそれが失敗して、どうしたらエルと仲良くなれるのかが分からなくなってしまった。


「今日、やりたいこととかないのか?」


「今日は魔法の練習と……。 あと、能力……もどきみたいなのを出来ないかを試したいと思ってます」


 真面目だった。 エルはもしかしたら聖人とか何かの類いなのかもしれないと、本気で思ってきた。

 俺だったら、もっと欲しい物とか、食べたい物とか、やりたいこととか……。 俺も考えてみれば、エルしかなかった。


 無欲というわけでもないが、物的な価値に興味を抱けないのかもしれない。


「まぁ、そうだな。 俺も高朽刃の練習でもするか。 結局一度しか成功していないしな」


 遊んで過ごすのは性に合わない。 それに気がつき、大人しく技を磨くことにする。

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