ゴブリンの巣
酒場に行けば会える可能性もあるかと思ったが、やはりそう都合よくいることはなかった。
入ってすぐに出ようとしたが、酒場の主人が俺に気がつき呼ぶ。 ポケットの中にある小銭を探ってみれば、なんとかミルクを一杯だけ飲める。
飯は一日抜きになるが、何か情報が手に入るならば仕方ないか。 諦めて主人の元に行き、カウンター席に着く。
「この前のロトって奴に伝言頼まれたんだが……。 大丈夫か?」
薄汚れている姿を見れば、多少は心配になるか。
「大丈夫だ。 支払いぐらい出来る」
俺の返答に呆れたような溜息を吐いて、主人は大きな皿を俺の前に置いた。
「そういう意味じゃねえよ。 死にかけに見えるから心配してやっただけだ」
いつも食べているようなパンの切れ端ではなく、ちゃんとしたパン。 焼き立てなのか、ちょっとした温かさが俺の唇を撫でて、唾を出させる。
パンは二つに切られていて、中には肉と野菜が挟まれ、香辛料の匂いが鼻から肺へと進入する。
「……悪いが、いただけない」
飲み込みそうになる唾を我慢し、目をパンから離して酒場の主人を見る。
少し赤みがかった頬は酔っていることが分かるが、その目は酔っておらず、真面目に見える。
「金は取らねえよ。 食え」
首を横に振り、パンを目にしないように目を閉じて口を開く。
「それで、ロトからの伝言は?」
怪我した腕を摩りそうになるが、頬を掻いてごまかしながら酒場の主人の言葉を待つ。
「いいから食え糞ガキ」
主人の手が俺の顎を掴み無理やり広げ、そこにパンをねじ込まれた。
最後に顎を無理やり閉じさせられて、咳き込みそうになりながらまともに咀嚼も出来ずに飲み込んだ。
残ったパンを皿に置きながら、恨みを込めた目で主人を睨む。 だがどこ吹く風といった様子で俺の前にミルクを置いた。
「ロトって奴からの伝言は「約束の時間、仲間になるならまたここで」だってよ。
お前らの話聞いてたけど、明後日の今頃だと思うぞ」
「ああ、そうか。 ありがとう」
無理やり食わされたパンの残りを見る。 食うのはプライドが許さないが、このまま食いかけを残すのは気が引ける。
空いている腹に無理やり詰め込みミルクを流し込む。
「また来る。 それまでツケといてくれ」
ロトのようなことを言うのはどこか馬鹿らしく、どうにも借りを作っているようで慣れない。
今日中にゴブリン共の巣を潰して、返せばいい。 一日で終わらせれたら、金を渡せるし最低限の手当も出来る。
ゴブリンの巣がある場所はだいたいの場所ではあるが、依頼に載っていたので、多少無茶すれば一日でも出来るかもしれない。
街の外に出て、ゴブリンの巣の位置まで歩く。
そろそろ、夏に差し掛かる季節で喉が渇いてくるが水筒なんて気の利いたものは持っておらず、小川のような都合のいい水場もない。
唾を飲み込みながら喉の渇きをごまかしながら草原を歩いていると、三匹のゴブリンの姿が見える。
「本当に狩っても狩っても減らねえな」
いつもなら嬉しいものだが、今は倒すのも面倒だ。 けれど放っておいてもどんどん出てきて対処が出来なくなるので今のうちに処理をしておかないと……。
剣を鞘から抜き、駆ける。 子供の時から駆けっこでは負け知らずだった俺はゴブリン相手でも子供の時と同じように距離を縮める。
振るい方をまともに知らない剣を振り上げて、追いついた一匹の頭に振り下ろす。
もう慣れた頭蓋が砕ける感覚をスイッチに走りから戦闘へと頭を切り替える。
ゴブリンは追いつかれて攻撃を入れられると逃げるのを諦めて戦いを始めるのは、この五日の間に学んだ習性だ。
残りの二匹は同時に飛びかかってくるが、もう慣れたものだ。
魔法を使えば楽に対処はできるが、魔力は温存しておきたいので、一匹を剣を振り下ろして迎撃しながら、もう一匹のゴブリンを剣の鞘で受ける。
ゴブリンの子供のような体格では二体同時に受け止めても大して重さを感じることはない。
怪我をしている左腕を使ったせいで多少の痛みが走るが、歯をくいしばって力を入れて受け止めたゴブリンを押し飛ばし、剣を横に振るい近くにいる方を雑に殴る。
まだ死んではいないだろうが、明らかに動きが鈍くなったゴブリンを脚で蹴飛ばしてから残りの一匹に鞘を投げて怯ませてから駆け寄り剣で殴る。
切れた息を整えながら、まだ生きているゴブリン達のとどめを刺し、座り込む。
久しぶりにまともな量の食事をしたせいで、腹の調子が微妙に悪い。 胃が小さくなっていてパンパンなのに、消化する前に動いたせいで腹がしまって吐きそう。
嫌な血の匂いもそれを助長する。
吐くのももったい無いが、我慢する時間ももったい無い。 吐き出しそうになったが、喉を無理やり締めて立ち上がる。
ゴブリンの心臓の位置に剣を突き刺し、固いものに当たる時に手を捻って固いもの、魔石を抉り出す。
他の二匹も同じように抉りとり、血を軽く払ってからポケットに突っ込む。
同じように何匹かのゴブリンを殺して魔石を取りながら進む。 基本的に小集団で動いているために、いちいち戦闘の立ち回りを考える必要があり面倒だ。
太陽が真上に出た頃、ゴブリンの巣らしき場所を見つける。
いや、ゴブリンの巣と呼ぶよりか、人間の廃村と呼ぶべきか。
人間の捨てた建物や土地に住み着いたと聞いていたが、思っていた以上に規模が大きい。
これなら巣の排除ではなく、ゴブリンの討伐を受けて魔石を渡した方が割が良さそうだ。
あの金にがめついギルドが効率よく稼げる依頼を出すわけないか、失敗した。
頭を戦闘に切り替え、剣を抜き、鞘も左手で持ち、擬似的な二刀流を構える。 鞘は当然持ち手もなくもちにくいが、膂力のないゴブリン相手ならば充分だろう。
家の中にどれほどゴブリンがいるかは分からない。 外に出ているのは、見える範囲で七匹。 この位置からでは見えないだけで、おそらく十匹以上はいるだろう。
外に出ているゴブリンは、別に見張りというわけではなくただ外にはいるだけのようだ。
そもそも、知能こそ高いが巣を持つことがほとんどないゴブリンには見張りといった知恵はないのだろう。 ただ野ざらしで暮らすよりは安全で楽な場所として使っているだけといった様子が伺える。
よく見てみれば、いつものゴブリンより少し体格が良く、健康状態が良さそうである。
数も質も高いとなれば、同じゴブリンと考えると痛い目を見るかもしれない。
不意打ちで一匹殺すことぐらいは出来そうだが、それ以降が難しそうだ。
対処が難しそうなら走って逃げればいいか、といい作戦を考えるのを諦めてゴブリンの一匹に駆け寄り、振り向いたゴブリンの頭をかち割る。
俺の足音と打撲の音で気がついたゴブリン共がこちらに向かってくる。
やってきているのは七匹程、魔法を使えば……充分に対応が可能だ。
飛びかかってきたゴブリンを剣で受け止めてから後ろに下がり、次にきたゴブリンを剣の鞘で殴り飛ばしてまた後ろに下がる。
ゴブリンの攻撃を弾きながら囲まれないように動く。
防戦一方の状況を変えるために魔法を発動する。
発動する箇所は俺の左前と、右前。 魔力が身体から抜け出し、二つに別れて魔法の形へと変質していく。
発動するのは唯一使える魔法。 魔法を使うと共に剣を振り上げながら、その名前を叫ぶ。
「シールド!」