女神様への質問
水を飲んだり、用を済ませたりなどの幾つかの行為を済ませた後に、エルが疲れて寝始めた。 まだ夕飯、もう晩飯と言った方が正しいか、その飯を食っていないので寝ている間に調達しようと思う。
少し軽くなった財布を持って適当に外に出る。 少し駆け足でパンと日持ちしそうな干し肉を買って、駆け足で戻る。
鍵ぐらいはしてあるが、少しの間でもエルから目を離すのが非常に心配になる。
俺が彼女のことを好いているということも当然あるが、それ以上に目を離してはおけない子供だからだろう。
見た目麗しく、所作は優美で、性格は潔癖で優しい。 それだけの魅力を持っていながら自分のことを「ちんちくりん」と卑下して、人見知りで臆病な癖に警戒心は少なく、力もなく技術も戦う意思もないので、もし誘拐などがあったらまともに抵抗も出来ないだろう。
ある程度自分の魅力に気がつき、警戒心を強めてくれれば多少は安心出来るのだが、それを気づかせようと思えば同時に俺が慕っていることにも触れることになってしまうわけにはいかないので難しいところだ。
行き帰りで五分と待たずに宿に戻り、すやすやと安心しきって緩めた表情で寝ているのは可愛らしく、17年間仏頂面で通してきた表情が緩む。
妹というのが出来たらこんなものなのかと少し思うが、どう考えても違うだろう。
エルの寝顔をおかずにパンを齧る。 夕飯ぐらいは食べさせようかと思っていたが、この寝顔を見れば起こすのが気が引けてしまう。
「ああ、可愛いな」
意図せずに口から言葉が漏れ出る。
エルが起きていたら大変なことだと少し焦るが、反応はなくちゃんと寝ているようだ。
買ってきた物を自分の分は食べ終わる。 エルの分も買ってきていたので余っているので、一応起こしてみようとエルの撫で気味の肩を持って揺する。
「んぁ、アキさん、それは僕ではなくマンボウですよぅ……」
訳の分からない寝言を言って寝返りを打つ。
干し肉はほったらかしでもいいとして、パンはパサパサになるのでそれをエルに食べさせるのも悪いかと思い、残ってる分も食べてしまう。
俺も少しは歩き疲れたので、もう少しエルの寝顔を見てから寝ることにしよう。
10分ほどエルの顔を眺めて、満足とは言えないが明日のことも考えて自分のベッドに入って目を閉じる。
明日は朝は武器屋、昼は来るかも分からない勇者との待ち合わせ、時間があればグラウを見つけたいところだ。
慣れない多忙な日の終わりにまた多忙な明日が来ることに少しの気だるさと喜びを覚えながら目を閉じて楽な体勢に変える。
◆◆◆◆
宿屋で寝たはずなのに、目が覚めたのは白い部屋だった。 一瞬だけ誘拐という言葉が思い浮かんだが、アキさんが近くにいてそれはあり得ないことに思い至り、清水さんが言っていた女神様への質問タイムであることに気がつく。
キョロキョロと周りを見渡すと、後ろに見覚えのある顔と服装の女性が豪華なソファのような物に座っていた。
「えと、お久しぶり、です」
「うん、久しぶり」
金と白色、白いワンピースと肌、金色の長髪と眼が美しく、少しだけ見惚れてしまう。
女神と聞けば「ああなるほど」なんて納得出来るほどの美貌ではあるが、女神というには優しげな友人に接するような親しみやすい口調と態度に安堵する。
「色々と、頑張っているみたいだね。
ずっとではないけど、時々見ていたよ」
悪意を感じさせない姿で正面のソファに座るように促され、頭を下げてからそれに座る。
「ありがとう、ございます。
でも、頑張ってくれているのは僕ではなくて、アキさん……アキレアさんです」
女神様が手を振ると紅茶らしきものが二杯現れて、それを飲むように促される。
「彼も頑張っていたね。 でも、あれだけ尽くしてくれているのに彼に頼りきらなかったのは君のいいところだ。
頼りきっていたら、こんないい状況には持っていけなかったよ」
手放しで褒められて、むず痒くて頬を欠く。 一時、頬が酷く痩せこけていたがもう普段通りの肉つきには戻っているのか、どこか慣れた感覚だった。
「それでね。 あの時には人が多くて説明とかが大雑把だったから、一人一人質問に答えていくことにしたんだ」
「はい」
そう返事をしてから、勧められた物を飲まないのは失礼かと、紅茶のカップの取っ手を摘んで持ち上げる。 鼻腔に慣れた匂いが入り込み、少しだけ懐かしいような気持ちが起こる。
義母に樹と呼ばれるのは辛かったが、嫌いという訳もなく、彼女が淹れてくれた紅茶の匂いを想起して心配な気持ちが起こる。
「義母は、今どうしていますか?」
息子の代わりだった僕が突然いなくなってしまうのは彼女に耐えられるものとは思いにくく、どうしても心配になってしまう。
「いつものように貴女の帰りを待っているよ。 あっちの時間とは流れが圧倒的に違って、こっちで一年以上過ごしてもあっちでは数瞬だから気にしなくても大丈夫だよ。
帰るときは、お望みで元の姿に戻してあげれるしね」
安堵の息が漏れる。
元の世界への心配がなくなり、本当に安心する。
「よかった……。
では、まず……勇者召喚について幾つか聞きたいんですけど……」
女神様の艶めかしい白い脚を見ながら質問を開始する。
「任せなさい! こう見えてももう千人ぐらいの質問攻めを答えてきたからね。 どんな質問でも答えきって見せるさ!」
「召喚された勇者の総数は、何人ぐらいですか? それと人間以外にはどんなのがいますか?」
「だいたい1500人ぐらいかな。 動物はペンギンと犬猫が数匹だね。 なんで日本にペンギンがうろちょろしてたんだろ」
やはりペン太さんもそのまま召喚されていたのか。
色々と適当な感じが抜けない。
「勇者として呼ばれる選考の基準は、何ですか?」
「本当に勇者としての才能がある人。 それとその周りにいた異世界に行きたそうな人」
ペン太さんと僕はないだろうから、あの四人の中の一人が本命の勇者で、他はおまけってことだろう。
誰だろう。 ……三輪君かな。
「その本命の人の名前を聞くことは出来ませんよね」
「うん。 ごめんね」
「いえ、無理を言ってすみません。
では、あの黒い手ってなんですか?」
「ーーちゃん、いい子!
あれは、魔法というか……能力というか、みたいなものかな」
不意に本名で呼ばれ、少し驚く。
出来ることならばエルと呼んでもらいたいけれど、それは不敬かもしれないと諦める。
「詳しく教えていただけますか?」
「うん、あれは能力に使ってるエネルギー……異力とかでも呼ぼうかな。 それを魔法みたいに意思の力で変質させて作ったものなの。
それ以上はちょっと無理かな、使い方とか」
つまり、使い方を知れば僕でも使えるということか、いや、可能性があるということだろうか。
「そうですか。 じゃあ、ここは何ですか?」
「ここは、まぁうん、神ワールド的な?」
疲れがなく、眠気もなくなっている。 魔力を出してみようとしても出なく、神聖浄化も使えそうにない。 僕の身体も宿からなくなくなってはいないだろうから、ここは精神のみがいるようなものなのかもしれない。
あるいはもっと単純に夢の中か。
「能力って、何ですか?」
「私の力の一部かな。 それがその人の精神性に合わせて変化したみたいな。 ーーちゃんは潔癖症なのかな?」
そんなことはないと思うんだけれど、そう綺麗好きという訳でもない。 綺麗なのに越したことはないけれど。
ロトさんの剣壊の才の場合は、人の長所を知ろうとするいい人なのだろうか。
「潔癖症でもないと思うので、他の要因かもしれません。
ならば、魔法って何ですか? なんで僕でも使えるんですか?」
女神様は少しだけ嬉しそうな顔をする。
もしかして答えにくい質問ばかりしてしまっていたのかもしれない。