良いこと悪いこと
ロトはあの不味いツマミが気に入ったのか、大盛りでもう一皿を追加で注文する。
「とりあえず……。 ロトとリアナには旅の準備をしてもらっていいか。 役に立つかは不明だが、その魔物避けの道具も含めて。
俺はエルとその魔物が狙ってくる物を確保しておく。 あと、他の勇者や無償で協力してくれそうな奴にも声をかけるつもりだ」
「おっけー。 待ち合わせとかはどうする。
また、ここにするか?」
ロトと初めて会ったときも酒場で待ち合わせをしていたことを思い出す。 よくよく考えてみれば、ロトも俺たちも仲間集めを目的として街を移動したのだから、辺りでは一番人の集まるこの街に来て再会するのは当然のことだった。
ロトのつまらない提案に頷き、少し笑う。 ロトも同じように笑い、エルに変な目で見られてしまう。
「また一週間後にするか? いや、それだとゆっくり過ぎかな。 二日後、この時間ぐらいにここで」
「分かった。 じゃあな」
これ以上長居をすれば、絵本を取りに図書館に行く時間はなくなるだろうとエルを連れて酒場を出る。
少し傾き始めた空を見上げ、エルの半ズボンからすらりと伸びる細い脚を見る。
長い靴下と膝丈まである半ズボンでほとんど肌は見えないが何故か色っぽく感じる。
唾を飲み込み、首を横に振る。
「足は大丈夫か。 これから図書館に行ってから帰るか、そのまま帰るかになるが」
「んぅ……大丈夫です」
強がりでなければいいがとは思うが、俺はエルではないのでエルの体調は分からない。
最悪でも背負ってしまえばいいと考え、途中でエルが根を吐かない限りは図書館に向かうことにする。
日が少しずつ傾き、夕暮れに前に図書館に着いたのは良かった。
料金を払って図書館に入り、エリクシルのぼうけんを戻した棚に向かう。 エリクシルのぼうけんがなくなっていないことに安堵し、それを破こうとしても破れないことを確認してから、エルに声をかける。
「入手するに当たって、二つ方法が考えられる。
一つは盗むこと、もう一つは従業員に金を渡して見逃してもらう」
どうする。 とは尋ねない。
「正規の方法とかは……」
「図書館の責任者に事情を話してってところだな。
時間は馬鹿みたいにかかるだろうから無理だ。 出来る限り筋を通したいなら、金を払って見逃してもらってから図書館に寄付ってところだろ。
それが限度だ」
エルの返事を聞かずにエリクシルのぼうけんを持って従業員のところに行き、ちらり本を見せてから金を手渡し、もう一枚手渡す。
「チップと、この図書館への寄付だ」
エルは俺の服を掴んで、ついてくる。
図書館から出た頃には夕暮れになり始めていて、前に見える夕日は嫌に眩しい。
「アキさん。 すみません、また押し付けてしまって」
なんて返事をしたらいいのかも分からなく、黙ってエルの顔を見る。
「戦いも、こういったことも、アキさんに押し付けてばかりです」
エルは次は僕がするといった表情を見せる。
俺がやるのだから、そんなことをする必要はないのに。
「エル。 こうやって金を握らせて物を持ってくるのは悪いことだろうが、人を救うのも救おうとするのもいいことだろう。
大事の前の小事とは言わないが、人を救うための行動は悪とは言えない」
善だの悪だのと似合わないことを語って、一息吐く。
「そう、ですね。 すみません。 アキさんが悪いことをしたみたいなことを言って」
エルは少し笑い、小さな頭を下げる。
その頭に手を置いて撫でながら、エルの言葉を少しだけ否定する。
「いや、俺ではなく、エルのことだ。
潔癖なエルには少し不満かもしれないが、エルは正義だと言いたかった」
「正義、ですか」
エルはその言葉を呟きながら、俺の後ろを追いかけるように歩く。
日が沈み切る前にエルの手を掴み、暗くなっても逸れないように気をつける。
「正義って、僕にはよく分からないです。
漫画とかゲームとか、そんな物語だと度々見て「かっこいい」だなんて思いはしましたけど、それが正しいのかは考えたりしません。 正義なんて遠いところの話で、悪なんて周りにはいませんから」
自分達の泊まっていた宿屋に近づいてきた。 エルの独白のような話を黙って聞き続ける。
違う世界にいたというエルと俺の価値観の差異は、酷く孤独感を俺に与え、それを誤魔化すようにエルの手を確かにあると持ち直す。
「正義の反対はまた別の正義とか、勝った者が正義で敗者は悪とか……。
そんなの、納得出来るわけないです」
「俺にも分からないが、エルは人を救いたくて、正しいことをしたいんだろ。 少なくとも、その考えだけは間違いではない。
正義がないとしても、正義であろうとして、迷いながらも考えているのならば善ではあると思う」
正直、本一冊でこれほど罪悪感を抱く感覚には共感出来ないが、エルがその感覚を持っていることが限りなく清潔で潔白な存在であることを感じて、エルに神聖さを覚える。
「そう、ですかね。
うん。 頑張ります」
エルは頷いて、俺の手を強く握り返す。
「ほどほどにな」
宿に到着して、取っていた部屋に戻る。
エルがベッドに倒れ込み、自身を浄化している間にコップに水を注いでエルに手渡す。
「んぅ……ありがとう、ございます」
礼を言って受け取るが、その水を飲もうとはしない。
長い間歩いたり、道中も話をしていたのでのどは乾いているだろうと思うのだが……。
「どうした、飲まないのか。 体調でも悪いのか?」
もごもごと口の中で呟くような声をエルが発するが、よく聞き取れずに聞き返す。
「うぅ……だってアキさん、すごく僕に優しいじゃないですか」
突然のほめ言葉に驚き、顔に血がのぼるのが感じる。
「そんなにでも、ないが」
それで、とエルは言ってから俺よりも顔を赤くしてまた口ごもる。 そんな大きな声で言えないことなのかと近寄ると、エルは俺から離れる。
「水を、飲むと……その、近くなる、じゃないですか」
エルは俺からジリジリと離れながら言う。
「それで、アキさん……近くまで、ですけど。 着いてくるじゃ、ないですか。
アキさんが、その、何て言いますか……えっちな考えでとかはないのは分かってるんですけど。 僕はちんちくりんですし、音とかどうしても……その…………はず、恥ずかしいんです!」
「………………悪い」
謝る。 正直ちんちくりんだからと興味がないわけでもなく、事実として恋慕の情を抱いてしまっている。
そういう如何わしい目的ではなかく聞こえないようにはしていたとは言えど、よくよく考えてみれば好いている女性のトイレの前まで着いて行くというのは、申し開きが出来ないようなことだ。
その上それが嫌がられていると分かればもう少し気を使わなければならないだろう。
「でも、アキさんが何かと心配してくれているだけなのも分かってますから……。
その、出来る限り、減らしていく方向で……いこうかと」
「いや、うん。 途中までいってから、聞こえないところまで離れることにしよう。
本当に悪い、気遣いが一切出来てなかった」
トイレがどうとかえっちな考えだとか言って、羞恥に耐えられなくなったのか、エルはベッドに潜り込み布団を被って身体と顔を隠す。
謝れば許してもらえるだろうか。




