遠距離攻撃
ロトは虚空に仕舞うように能力で出てきた短剣を収めるように手を動かしてそれを消す。
エルの神聖浄化は魔力の使わない魔法と表現出来るものだったが、今の能力は魔法にはないものだ。
これが勇者の証左であり、魔王と戦うための力なのかと思うと完全にではないが納得が出来る。
まだ復活もしていないのに赤竜のような化け物が活発に動き出す、底知れない影響力から考えれば魔王は俺の陳腐な想像では計り知れないほどの力を持っている存在であると思える。
そして、それを倒すための存在が……ロトとエルなどの勇者であるのだろう。
無理な気がしてきた。
「剣を出すのと、人の長所を見る……の二つ、ですか」
エルが興味深そうにロトの剣があった中空の位置を見る。 仲良くなっていない時もそうだったが、エルは気が弱いが、疑問や考えごとがあればそちらに集中するおかげで話すことが出来るらしい。
「いや……相手の長所を、武器を理解し壊し封じるのが能力の本質だな。
それを行うために長所が見えて、この封じる事に向いた武器が出せるんだと思う」
「まぁ、敵に嫌がらせをすることに向いた、こいつらしい性格の悪い力だ」
エルの質問にロトが答えてリアナが纏める。
長所を理解出来るのは仲間の勧誘よりも、敵への妨害のためか、少しだけ納得が出来る。
長所を知り、その長所を封じるなり対処なりをしてしまえば相手は不得手な何かで戦うことを強要される。 それをしてしまえば、終始有利に戦うことも可能だろう。
「なるほど。
それで俺は速度と器用さが長所なんだな」
「そういうことだ。 お前を潰す場合は、狭いところに持ち込んで力勝負にするか、守りを固めて体力を切らせるかってところだな。
一応紹介しておくとリアナは迷いのなさと力がいいところだ」
確かにロトはリアナに迷いなく殴られているな。
エルの方を軽く見ると、ロトがエルを注視してから説明する。
「エルちゃんの長所は可愛いとこ……ッッ!!」
リアナに溜息を吐かれながら、また叩かれている。
「いや、お前じゃなくとも見れば分かる」
エルがロトを避けるように俺の陰に隠れてミルクをちびちびと飲む。
俺もロトにツマミを全部食べられる前に少しは食べておこうとツマミの豆を幾つか口に運ぶ。 不味い。
「記憶力と、集中力ってところかな。
まぁ、能力も含めてあまり戦えそうにない奴だな」
ロトの遠慮のない言葉に、エルが申し訳なさそうな顔をする。 慰めるというわけでもないが、軽く頭を撫でて気にしないように伝える。
「ごめんねエルちゃん。 またこいつにはしっかり言っておくから」
「いえ……戦えないのは事実ですから。 時間が出来たら魔法の勉強をして後方からの支援程度は出来るようになろうと考えています」
今のメンバーを見てみれば、俺は剣士、エルは特になし、ロトは剣士、リアナも剣士と剣士の比率が高い。 グラウも誘うことが出来たら、剣士が四人で、魔法使いがいない。 つまり遠距離からの攻撃手段がないことになる。
「魔法や長所と言えば、なんだが。
最悪このメンバーで旅に出ることになる。 見たところ、ロトもリアナも魔力は少ないようだが……魔法は使えるのか。
赤竜とは言わなくとも、鳥類の性質や飛虫の性質を持った魔物相手ならば遠距離からの攻撃手段は欲しいところだと思うが」
「俺は全く使えねえな。 こっちに来たばかりだし。
リアナもほとんど無理だったよな」
「ああ、無理だな。 最悪の場合でも剣を投げればいい」
なるほどとロトは頷くが、現実的ではない。
虫の魔物も鳥の魔物も群れで出てくる場合が充分に考えられる、何本かの予備を持っていったとして、一度の戦闘で遠距離に放てるのはその本数だけとなると少ない。
当たる保証もなければ、剣を投げても大した飛距離は出ないだろう。
楽観的な二人に少し呆れるも、エルが俺に聞こえる程度の小さな声を出す。
「剣を投げる、撃剣という技術は僕の世界にもありました。 アキさんの高みへと朽ちゆく刃と同じ勢いで投げ振れれば相当遠くまで出来ると思います」
エルの提案も一考の余地はあるが、あれは完全にグラウの真似をしているだけの技なので、オリジナルの動きを取り入れるのは難しそうだ。
そもそも、元の高みへと朽ちゆく刃でさえもう一度使えるかと尋ねられれば首を横に振らざるを得ない。 あれは完全にまぐれだったと思う。
とりあえず、グラウにあった時に、投げる高みへと朽ちゆく刃の話を聞いてみよう。
高みへと朽ちゆく刃のみしか技はないと言っていたが、赤竜のトドメを刺す時には連撃の高みへと朽ちゆく刃……長いな、高朽刃の連撃版を使っていたのでアレンジを加えたものは幾つかあるかもしれない。
そうなるとやはりグラウとは会いたいな。 まだ礼も言っていないのだから。
「まぁ、とりあえずは安定して使えるようにならないと改造版なんて言っている場合ではないだろう。
もしかしたら、弓矢を使った方が……いや、威力が足りないか」
対赤竜を考えると、生半可な攻撃方法では役に立たないだろう。
変に塩の味が濃くて不味い豆のツマミをロトが食べ終える。
「うーん。 銃とかならどうだろうか」
「銃?」
「こう、筒に火薬と弾を突っ込んで火薬を爆発させて射出する武器。 イメージ湧く?」
「いや、よく分からない」
「バーン」「ドーン」といった擬音語を交えながら説明をされるが、上手く理解が出来ない。
俺が頭を悩ませていると、エルが控えめに声を発する。
「火縄銃ぐらいなら……魔法と組み合わせて時間をかけると無理じゃないと思いますが、実用化まで漕ぎ付けるのは難しいと思います」
「なんで? 作ったらいいじゃん」
「えと、まず飛んでいる相手を狙うものだと命中精度を高める必要があります。
軍隊相手などだったらブレブレで飛んでも問題なくても、一体や二体しかいない魔物を狙おうと思えば、爆発の大きさににムラがないようにして、弾にも密度の偏りがないようにしないと……」
「うん、なるほど。 分からん」
ロトが何度も頷きながら言う。 まぁ、エルが言うのならば簡単に赤竜相手に役に立ちそうなものではないのだろう。
いや、また赤竜相手に戦うとは限らないのだが。
「うぅ、技術的に遠くの的に当てるのは難しいって、ことです」
エルが何故か分からないと言い張るロトの迫力に押されながら、簡単に纏める。
二人も金銭などなしに一時的な仲間になったのはいいが、ロトは無意味にふざけて、リアナは手が出るのが早そうで二人ともエルとは相性が良くなさそうだ。
それでも、エルも出来る限り歩み寄ろうとしていて、ロトもリアナもエルに好意的に接しているので、険悪な仲になることはなさそうで少し安心する。 リアナがエルの近くにいるときは警戒する必要がありそうではあるが。
「まぁ、とりあえずは諦めるか。 当面の遠距離攻撃は剣を投げまくる方向で行くしかなさそうだね。 魔法は各自練習として」
ロトの言葉にリアナは首を振る。
「私は魔法の才能がないから無理だ」
「俺も無理だ。 別の手段を探すことにする」
10年以上かけても無理だったことが一日二日でどうにかなるわけもないだろうと断る。
最悪でも、シールドを足場にして飛んでから空中で戦うことが出来るのだし、優先すべきは高朽刃のきちりとした習得だろう。
「もっと熱くなれよ!」
「えと、僕は、魔法の練習をしようと思っています」
その言葉にロトは笑みを浮かべる。
「おお! 同士よ! 共に、魔法使いの道を歩もう!」
「別にやるのはいいが、ロトの魔力は少ないから中級以上の魔法は難しいだろうな」
「……そうなのか? てか、分かるのか」
「ああ、魔力の感知は多少だが出来る。
お前の魔力は多少増えたところで魔法使いになれるほどの魔力にはならないだろうな」
それを聞いてロトは落ち込むが、慰めになるかは分からないが付け足す。
「生活に使う、攻撃にはならなくとも補助程度にならば使えるだろう。 覚えるに越したことはない」
その言葉を聞いてまた笑みを浮かべ直す。 表情の入れ替わりが激しい奴である。




