再会
握りあっていた手を軽く引かれる。
「すみません、次の人のところに行きましょう」
エルがそう言い、俺はその言葉に頷いて歩くのを再開する。 エルの足取りは疲労からか軽快なものではなく、不規則で鈍い。
俺もまた怖がっているせいで上手い具合に足を動かすことが出来ずにどこかぎこちない動きになる。
どこか妙な歩き方をしながら、次の勇者が泊まっている宿に到着する。
半端にいい宿で、少し小さそうだが周りには酒場や店があり利便性が良さそうだ。
当然のように昼間っから宿で寝ているなんてことはなく、勇者は外に出ていっているらしい。 清水は例外だ、自堕落そうだし。
清水のボサボサに伸ばされた黒髪を思い出しながら、失礼なことを考える。
「じゃあ、また置き手紙を書いていきましょうか」
エルの言葉に首を横に振る。
予想でしかない、というか予想でも恐らく外していると思うが可能性は少しだけ感じる。
エルの手を引いて、近くにある酒場に入る。
見回せば、初めて入った酒場と似たような光景。 似たような机やカウンターの配置に同じような人の疎らな入り具合。
そんな酒場の中で目を引くのはボサボサとした短髪の黒髪を持った男。
並んで料理を食べている女は、彼の仲間だろうか。 エルの手を引いて、カウンター席に座っている勇者の横に座る。
「ん?」
男はミルクを嚥下しながらこちらを向いて、気怠げな目を開く。
「久しぶりだな。 ロト」
「おお、名前もない青年じゃないか、久しぶり。 元気にしてた?」
前見たときと変わらない気持ちの悪い笑みを浮かべてから、エルの方を見る。
「ああ、なるほどこりゃ俺の勧誘も断るか」
エルに向かって小動物にするようにこいこいと手を動かすが、やはりエルは小動物のように俺の後ろに隠れる。
「何がなるほどなんか分からないが、まぁ……悪かったな」
「いや、気にしてないからな。
こんなちみっこい女の子と懇ろな関係になれるなら俺でも野郎の勧誘とか断るね」
こいつ小児性愛者か? エルを後ろに隠して少し後ろに下がる。
その行動とともに、横に座っていた女がロトを軽く小突く。
「何また馬鹿な事ばかり言っているんだ」
「ばかりって……一個しか言ってなくね?
あと、軽く小突いただけのつもりかもしれないが、手甲が硬くてかなり痛いよ」
「……と、すまないな。 こいつが迷惑をかけたらしい。
私はこいつに雇われている傭兵、リアナ=ノガロッドだ。 よろしく」
凛々しい顔と芯を持った話し方。 鎧こそ着込んではいないが局部局部に鉄が見えていてきっちりとした装備だ。
男勝りな雰囲気も強そうに見える。
リアナが出てきたのと同じように、エルはおずおずと前に出てきて会釈をするが、少し怖いらしく俺の手を掴んだままだ。
エルは男の人が苦手といっていたが、男以外でも男っぽいと怖いのだろうか。
「僕は、エルです。 よろしくお願い、します」
リアナと名乗った女はまさに小動物といった様相のエルを見て破顔する。 緩くなった頬を無理に笑わせようとした妙に滑稽な顔のままエルの頭へと手を伸ばす。
俺は縮こまって動けなくなっているエルの代わりにリアナの手首を掴み、エルに触れないようにする。
「悪い。 人見知りをする奴だから、触るのは止めてくれ」
リアナが手を引こうとしてから手首を離して、またエルを少し後ろに下げる。
「すみ、ません」
誰にかは分からないが申し訳なさそうにエルは頭を下げる。
「ぬへへー、リアナ怒られてやがる」
悪くなっていた空気はロトの茶化すような言葉とともに払拭されて、友好的に話を出来そうな状況に戻る。
「エルちゃん。 俺はこっちではロトって名乗ってる。
同じ勇者同士仲良くしよう」
エルはその言葉に頷いて、俺の隣の席に座った。
注文もせずに居座るのも悪いかと思い、酒場の従業員らしき少女に声をかける。
「ミルク二つと、軽く摘めるようなのを頼む」
「酒場なのに酒を飲まないのな」
ロトが馬鹿にしたように笑いながらミルクを傾けて口に含む。 お前も飲んでいるじゃねえかと突っ込みそうになるが、その言葉を発したら負けな気がして黙ってミルクが来るのを待つ。
酒場ならば酒を飲んで気持ちよく過ごしたい気持ちはあるが、俺は酔いやすい体質らしく、軽く酒を飲むと饒舌になるのはいいがエルに対して妙な行動を取ってしまうので飲むのは自制しておく。
従業員が持ってきたグラスについている結露で出てきた水滴を手で拭い、その中身を飲む。
「そういえば、名前は? 決まったら教えてくれるって約束だったよな」
そういえばそんな約束もしていたような。
軽く記憶を探っても思い出せないが、名前なんて勿体振る必要があるわけでもないとロトに伝える。
「アキレア」
名前を言うと、隣に座っているエルが少しだけ頬を上げて笑みを浮かべる。
「アキレアか、なんか聞いたことはあるような、ないような。
まぁ呼び名があるのはやりやすいからいいことだ」
エルの世界の花から付けた名前なのだから、同郷のロトならば聞いたことがあってもおかしくはないだろう。
「お前のところの言葉から取った名だからな」
ロトは俺とエルの顔を見て頷き、どこか不快な笑みを浮かべた。
「なんだ」
「いや、仲良いなって思っただけさ。 俺の故郷ならば事案だけど」
ロトはそう言ってからまた嫌な笑いをする。
少しそれに顔を顰めてから、勧誘をする。
「魔物がこの街を襲っている。 その原因らしきものを見つけた」
興味がありそうな視線を向けて頷く。
「それで安全な場所まで移そうと思うが、人手が足りない。
だから、手伝ってくれないか」
「お使いイベントっぽいな。 王道だし、なかなかいいね」
ロトは頷いて了承する。
どれほどの実力があるのかは不明だが、最低でも見張りなどの雑事に使える奴が二人増えたと考えれば都合はいい。
「他の勇者にも声をかけ、雑事を済ませてからになるから出発にはまだ日がかかる。
そちらもそちらでやることは迅速に済ませてもらうと助かる」
「おけー。 そのお使いイベントのお使いの中身は他の奴に取られる前に確保しておけよ。
俺も魔物避けになるものに覚えがある。 それを用意しておく」
魔物避け……。
そんなものがあるのか、なんかすごいな。 まぁ、常識すら危うい俺の知らないものなんて幾らでもあるか。
ロトは俺が頼んだツマミを口に含み、リアナに殴られている。
随分と暴力的な奴だが、ロトが仲間としておいているというのはある程度は優秀なのだろう。
「エル。 大丈夫か?」
俺がロトと話をしている間に、黙って俺の服の裾を掴んでいるエルを見る。
エルはこくりと小さく頷くが、緊張している様子ではある。 まぁ、旅に同行するならばここで我慢して慣れてもらった方がいいだろう。
「分かった。 悪いな。
もう少しだけ頑張ってくれ」
「はい。 ……すみません」
謝られても少し困るが、我慢してもらえるのは助かる。 まぁ、無理はさせたくないのだが。
ロトがツマミを半分ほど食べ終わってから、エルの方を向いて話しかける。
「能力とかレベルとか聞いていいかな?
一応知っておきたくて」
エルは少し戸惑いながらも、俺の服を強めに掴んでから口を開く。
「僕の、能力は神聖浄化という物で、雑菌とか汚れなどを消すことが出来る能力です。
レベルは……まだ4です」
「えっ、高いな。 俺はまだ2だ。
俺の能力は剣壊の才って名前だ。
相手の長所が分かるのと、ソードブレイカーという武器が出せる。 まぁそれだけの能力だ」
ロトはどこからでもない空閑から引き抜くように、深いノコギリのような形をした短剣を取り出す。
「まぁ、そこそこ強いから頼りにしてもいいからな」
ロトはそう言って、ニヤニヤとした不気味な笑みを浮かべる。




