卑怯者と罵って
「それで、エルちゃん? とアキレアくんは何の用かな」
緩く毒気を抜かれる雰囲気のまま「まぁ、用がなくてもいいんだけど」と言って清水は頷く。
ゆっくりと優しい口調にエルが警戒心を解いているのが分かり、代わりに俺が警戒しておくことにする。
武器はないが、この年端もいかないような女一人ならばどうにかなるだろう。
「それにしても、こんな子供でも召喚されたんだね」
「子供……まぁ、子供ではありますけど。
清水さんも子供じゃないんですか?」
エルも釣られたように笑い、言い返す。 清水は俺と同じぐらいの年齢に見え、子供とは言い難いだろう。
「子供って言っても、もう16歳だからね。
こっちでは割りと大人扱いだよ」
「んぅ、なら僕よりも一個下じゃないですか」
一瞬、おかしな言葉がエルから発せられた気がする。
まぁ嘘だろうと思い無視をすることにする。
「えっ? あっ、嘘かな」
「いえ、本当ですよ。 僕の方が年上みたいですね。 一応、17歳です」
清水が俺の方を向いて真偽を尋ねるような目を向けるが、エルの年齢は言及したことも聞いたこともなかったので知らない。
エルの顔を見る。 幼い、可愛い、整っている。
エルの身体つきを眺める。 小さい、幼い、細い。
「まぁ……俺も年齢については聞いたことはないが、嘘だろう」
「本当ですよ! 前に言いませんでしたか?」
怒ったフリをしながらエルは言うが、俺には言われた覚えはない。
「いつのことだ?」
「ほら、あの時ですよ。 森で遭難していた時に……」
二人でわんわん泣いていたあの時か、あまり思い出したくはないが記憶を探る。 しばらくエルの顔を見ながら思い出していくが、そんな記憶はなかった。
「……まぁ、何にせよエルが俺と同い年ってことはないだろう」
「だね。 まぁ背伸びしたいお年頃なんだろうね」
俺がエルに言った言葉に清水が同意し、エルが不満気な声をあげるが、深い言及をすることもなく本題を話すことにする。
「それで本題なんだが、端的に言って、戦力になるならついて来てもらいたい」
清水は口を閉じてボサボサの頭を掻きながら不思議そうに首を横に傾げる。
「それはなんで? 経験値の分散とかあるからしない方がいいって女神様が言ってたよね」
清水の問いにエルが答える。
「経験値は魔物と沢山戦うことになるのであまり問題にならないと思います。
戦力、というか仲間が必要なのは、この街に魔物が集まってくる理由を見つけたので、それを守るだけの戦力があるところまで動かしたいんですけど、そこまで持っていくのも危険なので。
まだ本当にそれが理由なのかは確かめてないんですけどね」
「うーん。 ここに襲いかかってくるのと同じだけの魔物を倒しながらかあ。
無理じゃないかな」
清水は突き放すように言葉を発した。
勇者なのだから、なんて言葉は発するに発せず、その言葉が事実であることには変わりないために否定することも出来ずに口を閉じる。
エルはと言うと、そんな良く言えば冷静な清水の見て口を開く。
「移動しながらになるので、襲ってくる量は減ります。
問題は昼夜関係なく襲ってくることと、赤竜のような強力な魔物の対処です」
「私、君たちみたいにあんなのを倒したりは出来ないよ。
他を当たってくれると助かるかな」
相手をする気はない。 そう言外に清水は俺たちに伝える。
勇気あるエルとの落差にほんの少し責める気持ちが起こるが、口を開く前にエルが俺の方を向く。 任せろということか。 あるいは諦めろということか。
「危険があるので強制は出来ません。 そもそも強制させる権利はないんですけど。
でも、ほったらかしにしていたらこの街はいつか潰されてしまいますし、何より魔物が欲しがっているそれを魔物に渡すのは危険が大きすぎます。
僕達は他の勇者の方にも声をかけていくつもりです。 自身の身を守ることを優先するのであれば、一考してください。 考えが変わったなら、また明日の昼に時計塔の前に来てください」
エルに似合わない少し高圧的な台詞。 ところどころ目を逸らしながら振り絞って声を発するせいでその台詞も台無しだが、意味だけを捉えれば脅しにも近いものだ。
運ぶのに危険が伴ったとしても、放っておくことは出来ないのは一つの事実だ。
赤竜が人里を攻めるなんて、馬鹿げたことが起こることになった世界において、誰も何もせずに危険をこまねいていればいつかは破綻する。
「そうは、言ってもなあ。 まぁ考えとくよ」
俺としてはエルの意を尊重しながらエルを守れればいいので、エルが逃げ出してくれれば楽なのだが、そう上手くはいかないだろう。
「死んでも、地球に戻るだけだしね」
その不可解な言葉に反応したのはエルだった。 驚いたように目を開き、纏まらない言葉を発する。
「えっ、なんですかそれは。 そんなの、聞いてないんですけど……」
「あれ? エルちゃんのところにはまだ女神様来てないのかな。
質問とかを個別で受け付けるために夢の中で出てくるから、色々聞いたらいいと思うよ」
俺にはよく分からないやりとりが行われ、エルが幾つか清水に質問して頷いてから外に出る。 同郷の人とはいえ、友人や知人でもなければこんなものだろう。
宿の外まで見送りにきた清水に軽く会釈をしてから、次の宿に向かう。
「アキさん」
しばらく会話もなく歩いているとエルは可愛らしい端整な顔を歪めて俺の名前を呼ぶ。
「僕は、ものすごく、卑怯なことを……していたみたいです」
子供らしい小さな手で俺の服の裾を掴み、立ち止まって俺の腹に顔を押し付ける。
「何がだ」
「僕は、この世界で死んでも大丈夫らしいです。
元の世界で復活というか、元の世界に帰るだけで……死にはしないらしいです」
清水の説明で朧げに理解していたが、それの何がダメなのかが分からずに困惑する。
要は死んでも死なないのだ、エルの元の世界に帰り、簡単に会えなくなるのは想像するだけで胃が痛むぐらいだが、それでも死ぬよりかは遥かにマシだろう。
「怒ってください。 僕は自分の命を掛けずに、アキさんの命だけを使ってたんです」
「なんだ、そんなことか」
拍子抜けと共に声が漏れ出る。
エルは少しだけ首を上に向けて、瞳を使って俺の顔をまじまじと見詰める。
「都合がいいだろ。 そっちの方が。
万が一もないようにしたいが、エルを守りきれなくてもエルが死なないのは嬉しい。
気にするな」
そう言うが、エルの顔は晴れないまま、分かりやすく作った笑みを顔に貼り付けた。
それ以上慰めるにも言葉が思い浮かばない。
どうすればいいのかなどと考えるも、人付き合いが不得意なために気の利いた行動なんて出来るわけもなくエルの顔を見ながら口を閉じる。
「すみません。 また、困らせてしまって」
エルはそう言ってから、俺の手を引いて歩こうとする。
何を言うでもなく立ち止まってはと思い、一緒に歩き出す。
「困ってはいない。
思うことがあるならば、話してくれたらいい」
そう言ってみるが、恐らく話してはくれないだろうなと思い、溜息が漏れ出そうになるがそれを飲み込む。
俺は本当に役に立たないな。
「ありがとう、ございます」
エルの声を聞くとどこか、エルの感じているエルの命が軽くなってしまっている気がする。
離してしまえば、ふわりと空気のように吹かれて死んでどこかに行ってしまうような気がしてしまい、強く手を握りしめる。