自己紹介
店から出て数歩歩いたところで、エルの手を繋いだまま長い溜息を吐き出した。
実際は早く勇者を探すために溜息なんて吐いている場合ではないのだが、エルを連れてきてしまったミスに思わず声が漏れ出てしまう。 無駄に金を払ってしまった。
「え、と……そこに行けばいいんですね?」
「ああ、とは言ってももう動きまわっているだろうから、宿にはいない可能性が高いがな」
宿にいなければ、宿の主人や従業員に手紙でも書いて預かっていてもらえばいいだろう。 後日どこかで落ち合うようにすればいいだけだ。
宿の名前と簡略な場所を示すその紙を見れば、どれもバラバラな方向に泊まっているらしくて移動だけでも半日使ってしまいそうだ。
エルを背負うのは街中だと出来ないので、エルは宿で休んでもらって俺一人で……。 半日以上エルを一人にするのは不安だな。 そもそも、勇者じゃない俺が相手にしてもらえるかどうか。
ロトにもらったあの異国の硬貨を失くしてしまったのが痛いな。
「エルはあとどれぐらい歩ける」
「……すみません。 一時間ぐらいなら、頑張れます」
エルが歩けるのは残り三十分といったところか。 俺たちが泊まっている宿に着くことは出来るが、他の勇者が泊まっているところまで行くのは無理そうだ。
太陽を見て、大体の時間を知ったところで、とりあえず宿に戻ってちゃんとした休憩を挟むことにする。
グラウといつ落ち合えるかは運次第になるが、エルが休んでいる間に【高みへと朽ちゆく刃】の練習ぐらいはしておこう。
エルの歩調に合わせてゆっくりと移動し、宿に着く。
ベットに倒れこむエルを横目に見ながら、置いていた荷物から水の魔道具とコップを二つを取り出して注ぐ。
「あ、ありがとうございます。
これ本当に便利ですよね」
「魔力がないと役に立たないがな」
調理や飲料として用いる程度ならば問題ないが、それ以上となれば、それに使えるだけの魔力を持ってない。 俺の魔力は少なめだからだが、俺よりも少ない奴もいることにはいて、飲み水程度にも出せない奴もいるので一概に便利なだけでもない。
喉を潤して、エルに自分のことを話すためにエルの方へと顔を向ける。
「とりあえず、聞くだけ聞いていてくれ」
エルは一瞬だけ目を逸らして、頷く。
「ルト=エンブルク。 それが俺の昔の名前だ」
顔色を伺うようにエルの顔を見ていたことに気がつき、見ないようにと顔を伏せる。
「割と有名な家の長男として産まれ、そこで育ったんだが、魔法が下手で追い出された。
単純にそれだけの話だ」
いざ話してみると、長々と語ることもなく短く単純だ。
俺の人生がこんなものかと溜息が漏れ出すが、ただ魔法の練習を続けて延々と過ごしてきた時間は語るほどのことはなかった。
エルはぎゅっと、抱き締めるように俺の頭を抱いて、エルの肋骨に顔が押し付けられる。
エルの匂いと、抱きしめられている感覚のせいで頭がくらくらと揺れるようになる。
エルの抱擁を剥がしてから続けて話す。
「いや、特に後悔や、感傷があったわけではない。
今の生活、エルとの旅には満足していて、昔の時よりも気分はいい」
「僕のせいで、怪我ばかりしているのにですか」
気を遣わなくていいとばかりにエルは言うが、気を遣ったつもりは一切ない。
何故か俺の代わりに泣き出しそうになっているエルの頭を撫でて、大丈夫だと呟く。
「家から追い出されて、僕のせいでしなくていい怪我をして、僕の世話を焼いて……すみません」
「俺の感情を勝手にするな。
怪我をするのも、エルを背負うのも好きでやってることだ」
エルの甘い匂いが鼻腔に入り、ゆっくりと息を吸う。 代わりに傷ついてくれる優しさに少し助けられながら、自分の感情を話す。
「今の生活を辛いとは思わない。 楽しいと感じている。
生き甲斐もある。 だからーー」
ーー捨てないでくれ。
意識もなく言おうとした言葉を飲み込む。
エルが申し訳ないからと、俺を避けるようになれば耐えきれない。 だから、エルに依存してへばりついているのだろう。
情けないと思い、頭を掻く。
「ありがとう、ございます。
嘘でも嬉しいです」
嘘ではないのだが、それを信じさせるためには恋慕を伝えることになりそうで、口を噤む。
「嘘じゃない。 辛いなら、一緒にはいないだろ」
いや、辛くとも離れるつもりはないが。
また水を飲み、ゆっくりと体勢を崩す。
エルも俺と同じように楽な体勢に変える。
「そう、ですね。
これからも、アキさんって呼んだ方がいいですか? それとも、ルトさんと呼んだ方が……」
「アキレアでいい」
「分かりました、アキさん」
エルが柔らかく笑み、それに見惚れる。
大きな苦しみだった自身の出生と才のなさは、エルとの出会いで小さな悩みに変わり、エルのおかげでそれも解消された。
「エル。 これからもよろしく頼む」
「こちらこそ、ご迷惑をおかけしてばかりですが……お願いします」
エルの手を握りしめて、離さない。
エルの疲れがマシになり、腹が鳴った昼までその手を掴み続けた。
そろそろ、腹が減ったかと思い手を離そうとするときに、ふと頭に嫌な考えが過る。
他の勇者が仲間になったら、お役目御免とかないよな。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
そんな訳がないと頭を横に振って考えを消して、エルを連れて外に出る。
適当にエルが好みそうな店に入り、エルのペースに合わせて食べ終える。
他の勇者に会いに行く。
歩き慣れた道を人が増えてきた時間に歩きまわって、情報屋の書いた宿の場所に移動する。
着いた場所は少々高級そうな宿だ。 宿の従業員らしき人に黒髪の人間の有無を聞く。
いないと聞き、とりあえず簡単な手紙を書く。
明日の昼に時計塔で待ち合わせをしたいという旨を書き記して、次の場所に向かう。
エルの足が震えてきた頃に二つ目の勇者が泊まっている宿に着く。 今度は少し安っぽい宿である。
「人の足音が聞こえますね」
そう言われて耳を澄ませてみるが、俺には分からない。
中に入り、従業員らしき人に黒髪の人間がいるかを尋ねる。 いると言われたので泊まっている部屋を聞き、そこに向かう。
勇者が泊まっている部屋の扉を叩く。
「ん、はい。 親父さん?」
扉の向こうから聞こえてくる女性の声に「いや」と否定するより前に、扉は開かれた。
まず目に入ったのはエルの柔らかそうな髪とは違う、長くボサボサとした黒髪。 身長は俺よりも少し低い程度で、眠た気な顔が目に入る。
「あ、あれ? 誰?」
少し驚きを見せたその眼は黒く、勇者であることを示していた。
「えーっと、こっちの勇者の付き人」
その言葉に合わせてエルが前に出て、頭を下げる。
「勇者の、エルと言います」
エルの姿を視認した勇者の女性は少し安心したように息を吐き、部屋の中に俺たちを招き入れる。
「まぁ、話は聞くよ。 まだ他の勇者には会ったことなかったし」
「ありがとうございます」
少し散らかった部屋に入り、女性がベッドの上に座り込んだのを見ながら二人で立って待つ。
「私は清水 葵って名前。 よろしく」
朗らかな人の良さそうな笑みを浮かべて清水と名乗った勇者は椅子にかけろとジェスチャーをする。
椅子は一つしかないのでエルを座らせ、順番に名前を名乗る。
「俺はアキレアだ。 まぁ、よろしく」
「あっ、僕はエルって言います。 よろしくお願いします、清水さん」
満足そうに頷いた清水の顔を見て、早速本題に入ることにする。