高い買い物
適当に丈夫そうな靴を買ったところで、エルに疲労が見え始めたので、朝の食事ついでに休憩を挟むことにする。
エルが好みそうな、小洒落た装飾がある店に入ってゆったりと席に着く。
「すみません。 まだ全然用事も済んでいないのに」
「いや、どうせ食事もまだだったからな」
何故か、エルの体調を気遣っての行動だとは言ってもいないのに、そうであることがバレているのが不思議だ。
買い物の荷物を横に置き、野菜が多く肉が足りなさそうな料理を注文する。
美味そうな匂いが鼻に入ってくるが、料理がやってくるまではしばらく時間がかかりそうだ。
「勇者を探すって話だったが、他の勇者がここにいるとは限らないのではないか。
この前の赤竜のときも、エルが黒髪だからと狙われていて他に狙われていそうな奴はいなかった」
「普通、狙われると思って出てくる人はいませんしね。 隠れてたんじゃないですか?」
「んと、お前の同郷の奴を馬鹿にするわけじゃないが、魔物に向かって行かないような奴……いるか?」
エルは顎に手を当てて、考えるような仕草をする。
少し考えた末に、小さく呟いた。
「正直……足手まといが増えるかもですね」
「いや、足手まといとは言わないが……。 まず、増えるも何もお前は足手まといではないからな」
戦力にはほとんど期待出来ないが、その物覚えの良さと応用は戦闘や旅や細かい行動を除けば大きく役立つ。
感情を抜いて考えても、俺が頭が悪いのを補ってくれるようで、エルがいなければ極貧生活を続けていたのだろうと思えば足手まといとは言い難い。
「そうですか? いひひ、褒めても何も出ませんよ」
「別に、褒めてるわけじゃないが。
それで、他の勇者に出会ったことはあるのか?」
「ん、召喚されてからはないですね……。 日本にいた時に、召喚されていた知り合いの方も勇者だと思うんですけど、召喚される場所はランダムだったのか、近くにはいなかったみたいです」
運ばれてきた水に口を付けて、喉を潤してからエルの言葉を考える。 召喚とやらの状況がよく分かっていないので想像で補完することになるが、だいたいの状況は理解出来た。
「俺があったことのある勇者は、エルを含めて三人だな。
まず、ロトって名乗る勇者に会った。 軽く勇者のことについて教えてもらったな。
あと、勧誘された。 俺を見ただけで、器用で速いとか言ってたから、そういった能力なのかもしれない」
「えっ、断ったんですか?
ステータス閲覧みたいな能力ですかね。 仲間集めが捗りそうです」
「あー、待遇も悪くなさそうだったから受けようと思ったが、承諾する前にエルを拾ったから」
エルは少し申し訳なさそうにほおを掻いて、小さく笑う。
「横から盗ってしまったみたいで、申し訳ないです」
「俺が勝手に決めたことだから、エルには関係ない。
二人目は、そのロトに勧誘されてからしばらくして見かけたな。
そいつは魔力の量が凄くて驚いた。 魔法が上手ければ戦力にはなりそうだ。
そういえば、そいつを勇者様って呼んでいた奴がいたな。 人付きの勇者って奴なのかもしれない」
今更だが、次に向かう場所を聞いておけば良かったと考えるが、今どうこう言ってもどうにもならないだろう。
「とりあえず……知り合いの奴を当たって探ろうと思う。 金の消費が酷いだろうが……」
アキレアという名を手に入れてから、生まれ変わったつもりで一切その交友やコネを使うつもりはなかった。 それでも、俺にとっては俺の優先順位は低い。
エルの意を考えると、ルトの物でも何でも使う他ない。
「お金、ですか?」
「あぁ、情報屋……とはちょっと違うが、だいたいそんな感じの奴のところに向かおう」
料理を運んできた店員に礼を言ってから、また水に口を付けて飲む。
「そんな人と、知り合いなんですね……」
エルの目には興味が浮かんでいる。 その目を抜きにしても、俺自身を語らなければこれからの動きに支障が出るかもしれない。
「色々あってな。 後で話す。ここでは話せないことだから、少し待て」
ルトについて話してしまえば、何かあれば元父親に迷惑がかかるだろうが、元父親よりもエルが優先なのは当然のことだ。
「んぅ、そうですか。 嫌なら話さなくても」
「いや、話す方が都合のいいことだ」
自身の過去を語ることを決意すると、やっとルトを吹っ切れたような気分になり、ある種の清々しさすらあるのが不思議な気分である。
料理を食えば腹は膨れるが、やはり肉が足りない。 俺には物足りない代わりに、エルからするといつもの物は油濃かったのか味が濃かったのか、少しいつもよりも食が進んでいるように思える。
食べ終えて、金を払って外に向かう。
「とりあえず、情報を買えるところに向かう。
大丈夫だとは思うが、あまり治安がよくないところに行く、俺から逸れないように」
店から出たところでエルの手を取り、エルが俺の手を握り返す。 しっかりとその手を話さないように見慣れ歩き慣れた道を歩く。
いつものようなうじうじとした心持ちではなく、真正面から向き合うことが出来る。
路地裏に入り込み、表通りから奥へと進むその道を歩き去って、一つの裏口にも見える扉を開ける。
建て付けが悪くヤケに固い扉を乱雑に開けて中に入り込むと、ヤニの臭いが鼻腔に入り込む。
その音で起きたらしく、眠た気な瞼をゆっくりと開けながら男は椅子の上に座り直す。
「久しぶりだな」
白髪混じりの汚らしい茶髪をした初老の男、ヤニのせいで黄ばんだ歯や白髪が、昔に見た時よりも酷くなっている。
ヤニの臭いに混じった獣臭さはこの男が汗や汚れをそのままにしておいたせいで発せられているのだろう。
「あー、えーっと。 あーあの坊ちゃんか。 久しぶりだ」
普通ならば、何年も昔の客のことなんて覚えていないだろうが、この男は背が伸びて顔付きも変わっているであろう俺を容易に見分ける。
それにより、彼が老けてはいても、情報屋という記憶力頼りであるら仕事の能力に衰えはないことを示す証左であり、小さい安堵を覚える。
旧知の仲ではあれど、旧友とは言い難いその男と、想い出話に花を咲かせることなどは当然なく、少なくない額の硬貨を一つ投げ渡す。
手慣れた様子でその硬貨を受け取った男はポケットにそれを突っ込んで、話が出来るような体勢に移行する。
書類やら本やらが乱雑に積まれた机に右腕を置き、左手で火の魔法を使って咥えた煙草に火を点ける。
「んで、なんの用?」
俺の顔を見て、エルと繋がれた手を一瞥してから、少し笑う。
舌打ちをしてからもう一枚の硬貨を机の上に置く。
「ルト=エンブルクは死んだ。 いいな?」
「いや、これじゃ足りないな。 後二枚」
交渉するなり、ケチれば平気で裏切るだろう。 俺の生存している情報を売られれば堪ったものじゃない。
言われた通りにそれを差し出して、本題に入る。
「本題に入るぞ。 こいつ以外の勇者を探している。 居場所を教えろ」
「勇者なら、誰でもいいのか」
まだ一般的ではない筈の勇者という単語に男は何もないように対応する。
「いや、近場だ。 この街に滞在している奴がいるなら、そいつのことを教えろ」
「あー、お前はつまらんね」
こう言わなければ、どこか遠いところの情報を持ち出して、無駄に金を毟ろうとしてくるだろう。
馬鹿にするように笑いながら男はポケットからペンを取り出して、机の上に乱雑に置かれていた紙に何かを書き込む。
「ところで、なんで勇者を探しているんだ?」
「お前に言う訳がないだろうが。
早く教えろ」
「泊まってる宿でいいよな。
何人いる? 全員ならあと三枚、一人なら一枚、二人なら二枚な」
「当然全員だ」
また金を払う。 どんどん軽くなるが、まだまだ大丈夫だろう。
男は紙に宿の名前を三つ書き込み、俺に渡す。
「はいはい毎度あり」
そう言った男にもう二枚硬貨を渡す。
「俺と、こいつの情報は売るな」
「あいよー。 任せとけ。 それが本業だしな」
そう言ってから、灰皿に煙草を押し付けて火を消し、姿勢を崩して寝始める。
俺はそれを一瞥してからエルの手を引いて外に出た。




