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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第二章:高みへと朽ちゆく刃。
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ミョウガ

 安堵すると同時に襲いかかる痛み。 何故だか胸の辺りだけは痛みが少なく感じる。


 身体から力が抜け出るように四肢を動かすことが困難になっていく。

 徐々に痛みが薄れる。 暖かい風呂のような液体に浸かっていることに気がつく。

 俺の血液であると気がついたのは、エルが叫ぶように俺の名前を呼んでいたからだ。


 エルのその柔らかい肢体は俺の血で汚され濡れていて、嫌な悦びを感じてしまう。

 自身の胸糞の悪いその気分のまま、血塗れ手をエルの頭へと伸ばして黒い髪を撫でる。

 不意に、やりたかったことを思い出す。 嫌われるかと思って


「エル。 唇、舐めさせて……」.


 視界が暗転する。


◆◆◆◆


 甘い匂いがする。 あと、重い。

 倦怠感と生温い気分の悪さ。 吐き出す息には血が混じっているような嫌な臭いがあり、口の中に残る。


 目を開ければ、木製の天井が見える。 昨日泊まっていた宿屋ではなさそうだ。

 身体を起こそうとすると、腹の上に何かが乗っていることに気がついた。


「んぅ、あれ? あっ、寝てしまって……」


 エルが目を擦りながら立ち上がる。

 俺が起きるのを待っていたら、寝てしまっていたといったところか。


 頭をボリボリと掻きながら上半身を起こす。

 軽く伸びをするが、痛みはない。


「おはよう、エル」


「あっ、おはようございます」


 エルは俺の顔を見ると、頬を赤らめて目を逸らす。


「昨日のこと、覚えていますか?」


「昨日……赤竜のことか?」


 尋ねるとエルは首を振って否定する。

 ベッドの上から飛び降りて、背を向けたまま話す。


「ご飯、もらってきますね」


 そのまま振り返ることなく、エルは部屋の外に出て行った。 何なんだ、いったい。

 ため息を吐き出しながら、身体の状態を見る。 誰かが治癒でもしてくれたのか、傷跡は大量に残っているが傷は塞がっていて、痛みも少ない。


 それでも、炭を握り潰して焼けて、竜の鱗を握って切れた左手は治し切れなかったのか包帯が巻かれている。

 それ以外は酷い箇所もなく問題なく動く、


「もらってきたので、一緒に食べましょう。

パンとサラダとお肉とスープとミョウガです」


「あぁ、ありがとう。

それから、ここはどこだ」


 お盆に乗せて運ばれた料理を机の上に置き、こちらを向かないようにエルは言う。


 肉の匂いを嗅いで、白くてフワフワしているパンを見ると、腹が空いていることを訴えるように腹が鳴る、

 エルが少し笑って、食べやすいように机の上に並び直した。


 白くて美味そうなパン、新鮮そうなサラダ、暖かい湯気を出すスープ、デカい皿に大量に盛られたミョウガ、重みがある肉。 実に美味そうで、唾を飲み込み喉を鳴らしてしまう。


 すぐに席に座り、エルがその横に座った。

 急いでパンに齧り付き飲み込もうとするが、喉が乾いていたところにパンが水分を吸い取ってしまって、喉を詰まらせてしまう。


「大丈夫ですか? はいミョウガです」


 水を渡せよと思ったが、その余裕はなくエルから受け取ったミョウガを齧るが、やはり水の代わりにはならない。

 急いで机の上にあるコップを手に取って飲み込む。


「エル、喉を詰まらせているときにミョウガ渡されても困る」


「すみません。 間違えました」


 どんな間違いだよ。 まぁ責めるようなことでもないので、もう一度水を飲んで喉を潤わせてから肉を切って齧りつく。


「あっ、そのお肉にはミョウガが合いますよ」


 ミョウガを渡されたのでそれを口に含む。


 スープを飲む。


「ミョウガを共に摂取するとスープだけでなく、ミョウガが摂取出来て健康的ですよ」


 ミョウガを食べる。

 サラダを口に運ぶ。


「サラダにはやっぱりミョウガですよね」


 ミョウガを食べる。


「ミョウガには何だかんだ言っても、やっぱりミョウガが一番合うんですよね」


 ミョウガを食べて、ミョウガを食べる。


「なあ、気の所為かもしれないんだが。 ミョウガ率高くないか?」


「気の所為ですね」


 あれだけあった料理とミョウガも、空きっ腹の中にすっかり入り込んだ。


「まだお腹空いてるなら、デザートにミョウガはいかがですか?」


「いや、まだ腹は減ってないな。 ミョウガ多かったからな」


 腹が膨れたところで、現状を聞こうとエルの目を見て尋ねようとすると、口元を隠しながら目を逸らされた。


「汚れてるなら、浄化したらいいんじゃないか?」


「いえ、そういうわけではなくて……」


 言い淀んでいて、無理矢理理由を言わせる意味もないかと尋ねるのを止める。


「そうか。 んで、まずここは何処なんだ?」


「ここは、昨日とは違うところの宿屋さんです。

グラウさんがオススメしてくれた場所で、宿屋さんに払ったお金は赤竜の討伐でいただけた一部から使わせてもらいました。 アキさんが持っていたお金も、戦闘の最中に落としてしまっていたみたいだったので」


 エルの言葉に軽く頷く。


「昨日、俺が気絶してから何があったんだ?」


「大したことはなかったです。

ほとんど、グラウさんに任せきってたので、あまりよく分かってないんですけど、近くの方にアキさんを治療してもらって、赤竜を倒した報酬をもらって、グラウさんに運んでもらって。 みたいな感じでした。

色々と問い詰められそうだったんですけど、グラウさんが一通り躱してくれたので。 また後で見つかったら、質問攻めが来るかもですけど」


「そうか。 なんか色々と任せてしまって悪いな」


 そう言ってから残っていた水を飲み干して、一息吐く。 怪我こそ治っているようだが、やはり血が足りないのか疲れが溜まっているのか気だるさが抜けきらない。 もう一眠りするか。


「いえ、大したことは何もしていません。 本当に。

それでアキさん……どれぐらい忘れました?」


「忘れた?」


「言い間違えました。 どれぐらい昨日のことを覚えてますか?」


 小さく欠伸をしながら、ベッドの上に戻る。

 掛け布団からエルの匂いがするのがなかなか安眠を誘うようで直ぐにでも眠そうになる。


「昨日のことだから、だいたい全部覚えてるが。

起きて、飯を食って、服を買って……」


「あっ、もう良いです。 止めてください」


 エルが顔を赤らめながら言う。 そういえば、昨日せっかく買ったエルの服は燃えてしまったのだろうか。 買い直しに行かないとな。


 その後グラウとの修行をして、図書館に行ってエリクシルのぼうけんを見つけて、赤竜を倒して、気絶……。


「あっ」


 間抜けな声が漏れ出る。 エルが顔を耳まで真っ赤にして、涙目になる。

 『エル。 唇、舐めさせて……』なんて、何故言ってしまったのだ。 頭をぶつけて頭がおかしくでもなったのか。


「あ、アキさん……」


 涙目になりながら、エルは近づいてくる。

 謝ればいいのか、訂正すればいいのか分からずに、ただエルの柔らかそうな薄い唇を見つめる。


「い、いや……あれは」


 違うんだ。 そう否定する前にエルがフラフラと俺の寝ているベッドに倒れ込んで、じっと俺の目を見る。


「アキさんなら、ちょっと……だけなら……いいです」


 時が止まるような感覚を覚える。 エルの目を見る、舐めたくなるような唇を見る。

 エルの頭を溶くように撫でる。


 じいっと俺のことを見るエルの目を見る。

 見つめ合っていると羞恥の限界がきたのか、俺から逃げるように立ち上がって、パタパタと扉の方に走った。


「え、エル!

ミョウガ、食べよう。 食いまくろう」


 真っ赤に染め上げた顔を俺の方に向けて、少しエルは目を逸らして顔を伏せて小さく頷いた。


「……はい」


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