受け止める
「ーーエル」
「アキさん!」
◆◆◆◆
逃げられなかった。 約束を守れなかった。
自分は馬鹿だと理解していて、アキさんの言葉を聞かなかった裏切り者かもしれない。
後悔はある。 怖いに決まっている。
なんでアキさんが恐れずに進むことが出来たのかが分からない。
アキさんが勇気があるのは、産まれた世界が違うから、育った価値観が異なるから、なんて言い訳したけれど、何故だか僕もアキさんと同じように無謀に向かって飛び込んでいた。
息が荒れる。 体格を言い訳にまともに運動もしていなかった身体ではどれだけ走っても追いつけない。
赤竜の口から吐き出される鮮血のような炎は熱を空気に伝導させて、燃えない空気を焼き散らす。
遠くで燃えているだけなのに、喉を熱で乾かして肺から僕の身体を熱されてしまう。
熱い。 暑いではなく熱い。 アキさんはもっと熱いのだろう。 まっすぐにアキさんを瞬きもせずに見ていた目が乾いて涙が漏れ出た。
遠くに見えるアキさんが火に、赤竜に向かって跳んだ。
その跳躍は地球では考えられないほどに速く高い。
跳躍、跳躍、また跳躍。 空を飛ぶ、否、駆ける疾走する。
跳躍の勢いに耐え切れずに割れたシールドの破片が舞い散り、上空の炎と地上の家事の光を反射して火の粉のように中空で爆ぜた。
天高くに疾走したアキさんを赤竜が見た。
風を無理矢理声にしたような重々しい声が響き、赤竜が炎を吐き出した。
死なないでと祈る。 死なせないと駆ける。
暴風が暴れまわり壊れるような吠え声が耳をつんざいた。 勝ったのか、そう思ったけれど、赤竜は荒々しく宙で暴れ狂いながらも飛翔している。
アキさんは、高くから落下した。
空を見上げる。 ほとんど真上、赤い血を撒き散らしながら、落ちてくる。
アキさんが叫ぶような声が聞こえる。 助けないと、どうやって。 どうすれば、どうなる?
方法をひたすら漁る。 魔法、魔法で受け止める。
「ーーエル」
「アキさん!!
図書館で見た本に書いてあった魔法。 風を起こす魔法で勢いを減衰させて止める。
ウィンド。
祈るように放出された魔力は指向性を持って上へと飛ぶが、風にはならない、ただの魔力が向かっていくだけだ。
ならば、僕が下敷きになれば、潰れてクッションにでもなり、もしかしたら生き残ってくれるかもしれない。
神頼みをしながら、上を見上げる。
パキリ、と音が聞こえた。 アキさんが割れたシールドを口に含み噛み砕いた。
ほんの少しだけの魔力がアキさんに戻り、アキさんが魔力を下へと放つ。 アキさんの魔力が僕の魔力に触れて混ざり合う。
異常が起こる。 混ざり合った魔力が、アキさんも僕も何かをしたわけでもないのに、一人でに動きが止まり、ガラスのような性質を持つ。
ーーシールド。
それがアキさんに触れるとともに割れてガラス片のような欠片が降り注ぐ。
勢いが減衰したアキさんに向かって手を伸ばす。血だらけのその身体を受け止めようとするが、ほとんど止まっていたその身体すら僕には止めることが出来ずに倒れこむ。
「いた、い」
そして重い。 でも、生きているし、軽い怪我しかしていない。 アキさんも、息をしている。
「悪い。 あと……」
僕の上から退こうとしたが、力尽きたようにアキさんが僕にのしかかる。
「アキ、さん! アキさん!」
意識を失っていた。 どうにかして怪我を治すか血を止めてあげないとと思うが、上に乗られているので身動き一つ取ることが出来ない。 なんとか身を捩りながら脱出して、安全な場所まで運ぼうとするが、アキさんの身体は重くて動かすことは出来ない。
魔法で治癒をしようと、図書館で見た本に載っていた魔法を発動しようとするが、魔力が垂れ流されるだけで何も起こらない。
流れ続ける血。 動かせない身体。
そんな時に、アルコールの嫌な臭いが鼻に入り込んできた。
「よく頑張ったな」
白髪混じりの赤髪に、伸びっぱなしの髭、手には木剣が握られていて顔には気楽そうな笑みを浮かべている。
「治癒魔法はな。 そんなに強くしても発動しないんだ」
木剣を持っていない方の手をアキさんに翳し、優しい光を発した。
ああ、よかった。
◆◆◆◆
喉の奥にたまっていた血を吐き出す。
咳き込みながら立ち上がると、エルの太ももの上に頭を乗せていたらしく、エルが正座をしていた。
全身に酷い痛みを感じるが、死んでない。
「アキさん!」
腕は折れていたはずだが、特に問題なく動く。
周りを見渡すとエルぐらいしかいない。 何がどうなっているのかを思い出しながら空を見上げる。
赤竜が空を飛翔し、炎を撒き散らしている。先程の戦闘から、それほど時間は経っていないのか。
確か、最後は落ちて、エルの上に……。
「よかった、です。 目を覚まして」
「……何故、あそこにいた」
エルの動きが止まり、目を伏せる。
「逃げろって言っただろうが! 何故逃げなかった!」
自身の怒鳴り声で喉が痛む。 喉を抑えながら、エルを睨む。
「死んだら、死んだらどうするつもりだ!」
「アキさん、だって、死んだら……どうするつもりだったんですか」
エルが立ち上がって俺を睨み付ける。
「僕が来なかったら、逃げていたら、死んじゃってたじゃないですか! なのに、なんで僕のことばかり、自分は良くて! なんで僕は駄目なんですか!」
「当たり前だろうが!お前が死んでたまるか!」
怒鳴り合う。 俺の怒声に怯えながらも、エルは言い返す。 怒り返す。
「当たり前じゃないですか! アキさんが死んでしまったら嫌に決まってるじゃないですか!」
エルが涙を流して詰め寄り、俺の服を掴む。
「人は、死ぬんです」
「知っている。 だから、俺はお前を……。
いや、悪い」
エルも俺と同じことを、思っていたのか。
気が抜けて、倒れこむ。 ため息を吐いてエルを見ていたら、エルがそのまま俺の方に倒れていた。
「ごめん、なさい。 僕のせいで。 巻き込んでしまって」
エルの軽い身体を抱きしめる。 血の匂いと、汗の匂いが混じっていて、まともに動くことすら出来ない癖にどれほど頑張ったのかが分かるようだ。
気にしていない。 なんて言うつもりはない。
痛いし、死にそうになって気にしていないなんて狂人の類いでしかない。
「エル。
ごめん、それと、ありがとう。 仲間に誘って、お前を守らせてくれて」
生きているという実感を貪るようにエルの小さな肢体を抱きしめる。
「俺はお前を守りたい」
命に代えても、そう言おうとして口を無理矢理閉じる。
命に代えてしまえば、エルが泣いてしまうのか。 ちゃんと、生きて守らないとな。
「逃げ、ましょう。 逃げないと、アキさんが」
大丈夫だと頭を撫でて、エルの身体を抱きしめながら立ち上がる。
「安心しろ。 俺も、なんて言えばいいか……。
そうだな、生きたくなってきた。 死なずに、生きようと思う」
エルが強く俺の腹に顔を埋める。 逃げようと言っているのに逃がさないように強く。
「ここで逃げても、他の魔物に狙われる」
赤竜が狙ってきた事実を思い出し、神付きの勇者の囮である仮説を確信に変えながら言う。
「無理、です」
エルが俺の顔を見上げながら首を横に振る。
「頼む。 応援してくれ」
手を握ってエルの顔を見返す。
「馬鹿です。 アキさんは。
……頑張って、ください」
「ああ、頑張る」
半端に治った傷だらけの身体を動かして赤竜を見つめる。 俺のことはもう死んだと思っているのだろう。
勝って、エルを守ろう。




