続・異種族との交流⑤
「鈴木を問い詰めるか?」
「ん、んぅ……変にこじれるよりかはマシかもしれませんが……。自覚すらない可能性があります」
エルの言葉に星矢が首を傾げる。
「雨夜の言ってる意味が分からないんだが」
「魔王化です。瘴気が入って人格が乗っ取られた場合、どうなるのかが分かっていません。最終的には魔王になるのは分かっていますが、人格が混じっていくのか、それともバラバラの状況で主導権を奪い合うのか」
「……あー、中にいる魔王がやっている可能性があるってことか」
星矢は、元々魔王の一人に脅されて従っていた。
今も多少の影響は受けていることだろうし、その複雑そうな表情にも得心がいく。
「眼とか髪色はどうだったんだ? アキレアみたいな色になってたのか?」
「普通の色でしたけど……染髪してる可能性もありますから、判別する材料にはなりません」
「そんな技術こっちにあるのか?」
「地球でも紀元前からあります。文化レベルを考えると、ない方がおかしいぐらいです」
「雨夜、お前豆知識豊富すぎない?」
エルはやはり賢くて可愛い。
情報が少なすぎてどうするべきか判別しづらい状況だ。当然、エルの身を守るために放ったらかして先に進むという選択肢もあるが、それはエルが望まないだろう。
最後の手段としては、と、エルの幼い横顔を見ながら口に出さずに決意しておく。
「まぁ、それなら話は簡単だな。その鈴木について、街の人間に聞き出せばいい。人格が乗っ取られたりみたいな状況なら、話を聞けば分かるだろ」
「そ、そうですね」
星矢は特に気にした様子もなく言うが、エルにとってそれは酷だろう。
以前よりかはマシになったが人見知りはするし、気は弱いままだ。
「六人いるし半々で分かれて聞き込みをするか。 雨夜とアキレアはセットとして、戦力と聞き込みのアレを考えて……。あれ、まともに聞き込み出来そうな奴が俺とリアナぐらいしかいねえ」
「……エンブルクの関係者が四人いるからな」
「僕までエンブルクにカウントされました……。いえ、エンブルクなんですけど、エンブルクなんですけど……」
聞き込みが可能なリアナと星矢は離すとして、残りはエルと俺、おっさん、サイスか。
俺の次に強い星矢は、俺と離しておいた方がいいか。
「リアナ、お前はこっちだ」
「まぁ、そうなるか。言っておくが、私も口が上手いわけではないからな? むしろ普通の人間以下しか聞き込みなどなど出来ないぞ」
「そんなに難しいことを聞くわけでもない」
リアナは「それなら自分で聞け」と文句を言いながら、軽く装備を整えて、少し風で乱れていた髪を整える。
「馬とかはどうする?」
星矢の言葉を聞いたエルが俺を見て指示を待っていたので、適当に答える。
「鈴木を頼るか」
「敵かもしれないんだろ?」
「相手は領主だぞ? 街にいる限りはどの宿に泊まっても手のひらの上だろ。 それなら、反撃もしやすく金もかからない方がいい」
「野宿は?」
「あからさまに警戒していることを伝えるぐらいならさっさとどっかいく方がいいだろ。 あと、この街の瘴気の問題に対応するため結構滞在するかもしれない」
そういえば、それも話しておかないとダメか。
おっさんに声をかけて領主の屋敷にまで馬車を動かしてもらいながら、鈴木と会話した情報を共有する。
「……まぁ長期間の滞在もいいけどな。瘴気の性質は俺も気になるし。急いでるのは、リアナぐらいだろ」
「私は……構わない」
「いいのか? 早く会いたいんじゃないのか?」
「ああ、それは当然だが、ケンなら困っているやつを助けるだろうからな」
ロトが人助けか……。ヘラヘラ笑っている男のことを思い出し、リアナは何変なことを言いだしているのだろうかと考える。
屋敷に着いてから、鈴木と話をして部屋と馬小屋を借りる。
客室の一つに集まる。 客室はどの部屋もベッドが二つにソファが一つ。寝ようと思えばベッドを移動させなくても一部屋に三人はいけるか。
「贅沢に一人一部屋……とすると何かあったときにあれだな。俺とアキレアはそうそう死なないだろうけど」
「まぁ、ベッドの数通りに別れるのがいいか」
星矢は邪魔だと思っていたが、戦力にはなるし雑事を決めてくれるしで、結構有用だ。
となりに座っているエルの小さな指を弄りながら話を聞いていく。
「私とエルちゃん、アキレアとおっさん、リアナと小娘、でいいんじゃないか」
「却下だ」
サイスの言葉を否定すると、星矢が俺に続く。
「サイスは腕は立っても隙が大きいからダメだ。不意打ちに対応出来るのは俺とアキレアとリアナだろ。リアナは戦力として一段下がるから、サイスをくっつける。 おっさんとアキレアのアホ二人をくっつけたら面倒くさいことになりそうだから。……俺、おっさんとかぁ」
俺はエルと一緒なら他はどうでもいい。
旅の疲れもあることなので、一度休憩をしてから、また聞き込みを開始しようということになり、一度解散することとなった。
星矢たちが出ていったのを見て、すぐさま部屋に鍵をかける。
歩き疲れたのか、気疲れしたのか、ぐったりとベッドに寝転んでいたエルは、俺が鍵を閉めたことに気づいて、顔を赤らめて身体を強張らせた。
柔らかそうな……いや、柔らかいと知っている身体がベッドの上に転がっている。ごくり、と生唾を飲み込む。
エルも俺が鍵を閉めた意図が理解出来たのだろう。身体を小さく丸めさせながら、潤んだ瞳で俺を見つめていた。
「あの……アキさん。 その、みんな、まだ忘れ物して戻ってくるかもしれませんし……」
「少し触れるだけだ」
ベッドに寝転んでいるエルの身体を抱き上げる。軽いのは、エルの体格が小さいからだけではなく、彼女が抵抗せずにいてくれているからだ。
幼げなかんばせが、互いの息がかかるほどに近い。
閉じた瞼と長いまつ毛、それに強張っている唇。 エルにとってはまだ不慣れで、緊張が残っているらしい。
それは俺にとっても同様だった。 いつ触れても、壊してしまわないか不安になるほど細く華奢だ。 身体だけではなく、その心も弱い。
だというのに、人を助けようとしている。
「ん、んぅ……あの、は、恥ずかしいので」
目を閉じたままのエルが小さく口を開けて言う。
「少し、見惚れていた」
何かを言おうとしていたエルの唇に触れる。
愛おしいという気持ちが、俺の動きを制限していた。
彼女はあまりにも魅力的で、抵抗しないと分かっていても、無理矢理に襲ってしまうところだった。
傷つけないように、と、繰り返し思いながら、ついばむように何度も口づけをしていく。
顔を真っ赤に染めたエルは、うるうるとした瞳を俺に向けて、小さな手を俺の後ろに回した。
「我慢しなくて、いいですよ?」
甘えるような、甘やかすような、俺を見透かした言葉。
彼女を捕らえる腕に力が篭り、ベッドへと仰向けに押し倒して、ベッドに小さく広がる髪を見る。
細く綺麗な髪だ。
「……あまり、誘惑しないでくれ。耐えられなくなる」
エルの着ている服を掴む。後先すら考えずに破り裂いてしまきたい。丁寧に剥がす時間すら惜しいほど、気持ちが逸る。
必死に理性で抵抗しながら手を動かす。 エルの細い腹と形の良いへそを見て、自分の息が荒くなっていくのを感じる。
あばらの見える胸部に差し掛かった瞬間、コンコン、とノックの音が聞こえた。
「…………俺なら留守だ」
「いや、いるじゃん」
星矢の声を無視してエルの服を脱がそうとすると、エルが両手で服を抑える。
「あ、アキさん、ステイです。 す、ステイ」
「……ステイ」
「待て、です。 待て」
仕方なく手を離して、着衣を整えているエルを見る。彼女はパタパタと手を動かしながら、扉の外の星矢に声をかける。
「ど、どうかしましたか?」
「ああ、仕方ないし、食料品買い込もうかと思ったんだが、そのまま食うのも不安だから雨夜に浄化魔法を頼もうかと思ってな」
「は、はい。分かりました。 今行きます」
エルは急かすように俺を押して、仕方なく扉を開ける。
星矢は少し乱れたエルの髪を見てから、じとりとした目で俺を見た。
「……ないとは思うが、敵陣の真っ只中かもしれないのに、二人きりになった瞬間、変なことはしてないよな?」
「し、してませんよ!」
星矢は頭をかいてから「じゃあ行くか」と玄関に向かって歩き始めた。




