続・異種族との交流④
アホな種族であるエルフの元に向かっている最中、空気を裂く音が聴こえて剣を振るう。
「ど、どうしました?」
斬り落としてからそれが矢であることに気がつき、顔を顰める。
間違っても街中で流れ矢が飛んでくるなんてことはありえないだろう。
狙ってきた。 そう判断すると共に周りを見渡すが、視界にも魔力探知にも引っかからない。
「……矢、ですね」
「狙われているらしいな」
斬り落とした矢を拾ってエルに渡す。
「……毒矢ですね。 毒は付いてないですけど」
「じゃあ毒矢じゃないんじゃないか?」
「あ、いえ……毒を塗るための形をしてるので……。 エルフって、森に住んでるんですよね?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「毒矢を用いる文化があって、現状……今まで使っていた毒が手に入らない人。 他種族の方が放ったものかと思いまして」
それでエルフか。 魔法以外の知識には欠けるので、エルフ以外に毒矢の文化があるところがどこかは分からない。
ある程度、エルフの住居地に近づいてきたこともあり、彼女はエルフを中心に疑っているのだろう。
「……毒を塗ってない人間の可能性は?」
「低いと、思います。 元々人間の住処なんですから、今まで手に入る状況なら今も同じものが手に入る可能性が高いです。 食料と違って、人が増えたからと急激に需要が伸びるものでもないですから」
「エルフが最有力か」
俺の方を狙ってきていたので「滅ぼしてやる」とまでは思わないが、多少腹も立つ。
問題は、一人がやったことなのか、集団全体としてやっていることなのか……。
この街は無視して進むということも出来なくはない手だ。 敵意を持って攻撃してくるやつを説得する意味もないが、一人が先走ってやったことなら集団ごと見捨てるのは忍びない。
守りやすいようにエルをすぐそばにやりながら、抜剣した状態で進む。
数歩歩いた際に二射目が飛んでくる。 エルを動かしつつ剣で弾く。 また進むと同じ方向から矢が飛んでくるので軽く対処する。
「エルフの方からか」
「……ですね。 こちらが進むと、撃ってきてるみたいです。 ……んぅ……なんか、日本の作り物語のエルフっぽいですね。 住処に近寄ると撃ってくるのって」
「巣作り中の獣みたいだな」
「もしかしたら、僕たちはとんでもない思い違いをしていたのかもしれないです。 エルフって、ちょっと抜けた人よりも、気まずかしい人の方が多いのでは?」
「いや、それはないだろ。 エルフはアホだろ」
「んぅ……サンプルが少ないし、エンブルク家でしか見たことないですから、偏りが激しい気もします」
曲射で上から飛んでくるが、どうやってこちらを見ているのだろうか。 障害物がある状況で視認出来るはずはなく、俺の魔力感知以上の範囲を魔法が苦手なエルフが出来るとも、地獄耳のエルよりも耳がいいとも思えない。
それ以外の感覚だと、場所が曖昧すぎて矢を射るのに不向きだろう。
ぐるりと辺りを見回して、高い建築物を注視する。
「……あれか」
何らかの倉庫らしい一際高い建築物の陰に人影が見える。 流石に人種までは判別出来ないが、あれが犯人の仲間で間違いない。
拾った矢を全力で投擲し、人影が落ちたことを確認してから進む。
「何したんです?」
「ああ、俺たちの場所を見る役と射る役が別だったようでな。 監視してる奴がいたから落とした。 死んではないはずだ」
「……そうです……か」
エルは俺が人に攻撃したことが嫌だったのだろう。 けれど、反撃をしなければまた攻撃される以上、俺を咎めることも出来ずに黙ったのだろう。
俺はエルを抱き寄せて、軽く頭を撫でる。
「次はもっと上手く、人を傷つけないようにする」
「……んぅ、アキさんの身が、一番大切です」
そのまま剣を鞘に戻し、エルを抱きかかえて街を駆ける。 先程何者かが射った場所へと走ると、金色の髪をした耳の長い男が身を隠すように路地裏で駆けていた。
急いで追いかけようとしたとき、エルに服を引かれたことで足が止まる。
「エル、どうした」
「…………僕一人だと判断しきれません。 アキさん……一度馬車の方に戻りましょう」
「……構わないが」
一度事を構えて、相手の一人を倒してしまった以上は長引かせるべきではないと思ったが、エルの判断に間違いはない。
これ以上荒事になれば二人でお出掛けというような楽しい状況にはならないだろうとも思って、リアナ達の元に戻る。
おっさん、リアナ、サイス、星矢、それに俺とエルの全員が揃い、エルが可愛い顔を可愛らしく顰めながら可愛い声を出す。
「……えーっと、この街の未来のために町長さんと話に行ったら、現在治めていたのが勇者でした。 鈴木さんという方です」
「おっ、日本人見つけたのか。 俺も挨拶しにいった方がいいな」
星矢が興味なさげにしていたのから一転して、エルの話に耳を傾ける。
「これから増える人口増加による魔物害問題を解決する手段を話し合いまして、人工的に魔物を発生しやすい場所を作って、そこで発生させることで街で発生させないというのがいいという案が出まして」
「エルの功績だな」
「アキさんは黙っていてください。 それで山を作るのがいいということになったんです。 山を作るのに当たって、植林問題が発生しました。 それを解決するのにエルフさん達の魔法技術を使うのがいいと考えまして、この街にいるエルフさんのところに向かったんですけど、襲撃されました」
リアナは怪訝そうに眉をひそめ、エルに尋ねる。
「エルフに?」
「はい」
「アキレアが何かしたのか? 「エルと名前が似ているから種族改名しろ!」とか言い出したり」
「いえ、特に何もしてないです。 一方的に攻撃を受けました」
「……穏やかじゃないな」
「それでアキさんが撃退したんですけど……少し問題が発生しまして」
いや、今までの話も結構な問題だろうと思いながら聞いていると、エルは星矢の方を見る。
「……その、エルフなんですが」
エルは気まずそうに、ゆっくりと口を開き、全員が固唾を飲んでエルを見た。
「あっ、そ、その、そんなに見られると話しにくいです」
エルは緊張感と視線に耐えられなかったのか俺の後ろに隠れながら、星矢に言う。
「コンパウンドボウ……を、使っていました」
コンパウンドボウ……。 なんだそれ? と思ってリアナやおっさんを見るが首を傾げ、サイスに至っては馬車の近くにいたバッタを追いかけ出していた。
同じ日本人である星矢なら分かるかと、彼の方を見るが彼も同じように首を傾げて長い髪を揺らす。
「こ、こんぱうんどぼう?」
「……あっ、す、すみません。 分かると思って話しちゃいました。 近代になってから作られたすごい弓のことです」
「クロスボウみたいなもんか?」
「いえ、発射方法は普通の弓なんですけど…….滑車とか使って負担の軽減と威力の増加が出来てるんです」
「はぁ、まぁそれぐらいあるんじゃないのか?」
「地球で開発されたの、20世紀中頃です」
「……勇者がこの世界で再現したのか?」
「たぶん、そうかと思います」
二人の会話がよく分からないと思いながらも、すごい武器ということには興味があるので耳を傾ける。
「それって、そんなにすごいのか?」
「めちゃくちゃすごいですよ。 星矢くんの言っているクロスボウは有効射程がせいぜい30mぐらいですけど、5倍から10倍はあります」
「マジで?」
「下手な銃火器よりも遥かに強力です。 どう考えても下手な銃火器作る方が楽ですけど」
それ欲しいな。 あのエルフからぶん取ってもよかっただろうか。
そう考えていて、おかしいことに気がつく。
「……あれ、エル、おかしくないか? 鈴木って日本人探してたよな? それで、そんな難しいものをエルフが持ってるわけだろ?」
「はい……。 この街に来るまでにエルフが持っていたら、鈴木さんも気がつくはずです。 簡単な持ち物検査はするでしょうから。 そうなると、元々この街に日本人がいることになるんですけど……そう簡単に作れるものではないですから、人も時間も必要なので、隠れて製造するのは難しいです。 元々は小さな町だったわけですから。 関税をかける以上は行商人の荷物も調べてるでしょうし……。 隠れて持ってきてエルフに渡すというのも不自然です」
「別の勇者がここにいて……鈴木は他の勇者がいるのを知っていた?」
「その可能性が高いです。 それで、隠している」
どうにもきな臭い。 ……というか、半ば以上ダメだろうという状況だ。




