続・他種族との交流③
私自身の長所。 大抵の人間には負けず、竜を相手にでも立ち向かえる剣技……は既についていけない領域に差し掛かっている。
魔法も多少は使えるようになったが、息をするように瘴気魔法を使い、手足のように風魔法を扱うロトに比べて酷く稚拙だ。
「どうすればいい」
「まぁまず、自分に出来ることを考えればいい。 剣はアキレアより遥かに弱い、頭は雨夜より悪いし、魔法はサイスより使えない、俺の方が可愛いし、俺みたいな能力もない」
散々な言われようだが、否定のしようがない。
「その愛しの彼のことはよく知らないが、相当強いんだろ。 同格レベルのやつと戦うなら足を引っ張るのはまぁ間違いないな」
「……ああ」
「まぁ、俺はそいつがお前を連れていかなかったことは失敗だと思っているけどな」
星矢は何の臆面もなく、当たり前のことのようにそう言った。
サイスがまた魔法の無駄撃ちをしているのを横目で見ながら、眉を顰めれば、星矢は当然のように口を開く。
「サイスはかなり顕著だな。 次にアキレア、俺は多分まだほとんど影響がなく、雨夜はどうか分からないが、少なくとも表層には出ていない」
「……何の話だ?」
「察しが悪いな。 瘴気の影響による心理的な変化だ。 勇者やエンブルクは瘴気の力によって魔物化を起こしている。 当然、単純に魔力や筋力が増大されるだけではなく、内面にも影響が出るんだろ。 ……案外、アキレアがアホなのは瘴気の影響のせいかもな」
星矢の言葉を聞いていると、彼は立ち上がって私の肩をポンと叩く。
「ほとんど存在しないこの場所でも、影響を受けている。 瘴気の濃い場所に行けば、このパーティの中なら、御者のおっさんとお前……真人間だけがまともでいられるという可能性まで存在している。 そいつが強い奴だけ集めていったとしたら、セーフティのない状況で旅をしていることになるかもしれない。
正気でいられるのが、お前の利点の一つだろうな」
正気と瘴気をかけたわけじゃないと星矢は言いながら、女性のような容姿を老齢の男のように歪ませる。
「……よく考えろよ。 ただの一般人。 魔物化するという圧倒的な実力を持つ血族のエンブルクが繁栄してない理由を。 勇者の子孫が少ない訳を」
異世界人とは、全てがこんなものなのだろうか。
全てが万能なロト、感情に足を引っ張られているものの高い知能を持つエル、何故かは分からないが正しい道に向かえる大山、それに……愚かに見えていた星矢の言葉には人を信じ込ませる力があった。
「何を、すれば良い」
「まず、どんな敵を想定してるんだ? 魔物か、人か……あるいは、勇者か。 どれを相手にするとしても実力不足は否めないけど」
私の表情を見た星矢は当たりだと判断したのか、頷いてから私に指を差した。
「勇者を相手にするなら、二パターンだな。 一つは単純に能力を持っていて、魔力か身体能力が高い人間。 もう一つは魔王化した……謎の人格に乗っ取られている人間。
前者は単純なスペック差が大きいな。 後者は……あいつの口ぶり的にみんな部下を集めている可能性が高い」
あいつ、とは……アキレアが相手をしていた……魔王のことだろう。
「正直なところ、あまり話についていけていない」
「魔王のことだろ? ぶっちゃけ、俺とか雨夜もあんまり分かってない。 雨夜は予測に予測を重ねて、推理によって推理をするという方法で探ってるみたいだけど、まぁ情報のなさに行き詰まるだろうな。 あいつ自身感情的なのに、他人は合理的に動くと勘違いしてるところがあるからな」
「……それで、魔王とは」
「勇者の中の能力に入れられていた人格。 ある程度、集まったら身体を乗っ取るっぽい。 ……本人は【暴食】の魔王って自分を呼んでいたな」
「暴食? ……乗っ取られたら、どうすればいい」
「ぶっちゃけ分からん。 俺としては、瘴気魔法ってやつに注目してるんだけどな。 能力の正体も瘴気だし、それを操れる技術なら、魔王を瘴気として引っ張り出すのも不可能じゃないかもしれないからな。
まぁ一番確実で楽なのは……ちゃんと手洗いうがいをするみたいに、下手に能力を集めないことだな。 予防が一番」
「お前は……二つも強力な能力を持っているが、大丈夫なのか?」
星矢は昼食の準備を始める。 能力により体から薪やら鍋やらを取り出しながら、何の気もなさそうに語る。
「いや、大丈夫じゃない。 これはそもそも能力を貸し与える能力によって渡されてる能力だからな。 多分、能力を与えることと、与えたやつに対する命令権を得るのがセットになってる能力だ。
力を与えて従わせる、いかにも王様っぽい能力だよな」
「……それってそんな雑に放っておいて大丈夫な状態か?」
「放っておいてねえよ。 アキレアについてきてるだろ。 アイツなら俺が操られても簡単にぶっ殺せるから安心出来る。 俺は死んでも戻るだけだからな」
迷いもなさげに言ってみせた彼は、手際よく調理を始める。
何かと何でも出来るところや倫理観、あるいは仕草などもケンの奴に似ているようにも思えたが、どうにも被っては見えない。
民族や文化が同じことで、性格の全然違うケンとエルが似て見えることもあるというのに、星矢はなんとなくはっきりと違う。
「正確に言えば、あっちが下手に何かしたら損しかしない状況にして自由を得てるってわけよ。 もちろん、同郷……というかクラスメイトだった雨夜がいた方が精神的に安心出来るからとか、アキレアの技を盗みたいとか、そういうのもあるけどな。
あと、雨夜がいたら三輪の奴が寄ってくるかもしれないしな。 あっ、三輪ってのは俺の友達なんだけど、雨夜の奴に片想いしててな」
「……随分とおしゃべりだな」
「人と関わる時は正直にってのが、俺のモットーだから。 ぶっちゃけ雨夜あたりは確信はしてなくとも分かってるだろうし、アキレアとサイスは知っても知らなくても気にしないだろ。 お前は隠してた方が疑心を強めるだろうし、おっさんに至っては割とどうでもいい」
匂いにつられたのか、サイスが魔法を撃つのをやめてトテトテと寄ってくる。
「おー、サイス。 ちょっと待ってろよー」
「ああ、分かった」
親戚だとかでアキレアに似ているが、あれよりも人懐こくて可愛らしい。
星矢が調理している様子を見つめているサイスを見ながら話を続ける。
「それで、瘴気魔法の話か。 ケンがよく使っていたが、私には適正がないのか瘴気自体見ることが出来ない」
「勇者の話になるが、瘴気を視認出来なくとも能力は使えていた。 つまりは、必ずしも必要ではないんじゃないか?
俺も協力するし、頼めば雨夜やアキレアも手伝ってくれるだろう。 アイツらは忙しくても俺は暇だから、旅の間は付き合ってやれる」
「……無理に剣を振るうよりかは」
「マシだと思う。 ……んで、瘴気魔法を覚えたら、俺の中の能力を取り出してくれ。 便利とは言っても身体の中に爆弾を抱えておくのは、気分が悪い」
それが本音か……と、溜息を吐き出す。
私に対する親切心ではなく、暴食の魔王に仕込まれた瘴気の除去を目的に私を育てる。
おそらく私よりも瘴気魔法に対する適正が高いだろう自分でしないのは、例の操られる事への警戒か。
勝手な憶測でしかないが、瘴気を仕込んで操るというのは可能性が高いように思える。 姿を見せずに魔物を凶暴化させている謎の魔王も、瘴気によって操っているからだ。
「お前にとっても都合いいだろ? 身に付けれたら、その勇者にとって必須の存在になるかもしれないんだ」
「……悪辣な魔王に騙されているような気分だ」
「魔王って、失礼だな。 まぁ悪いようにしないから安心しろ。 あと、飯作るの手伝えよ」
瘴気魔法か……。 魔物の元となっている力を利用するのは、少しばかり気分が悪い。
だが、手段は選んでいられないか。




