続・他種族との交流②
エルと共に街に戻れば、やはりというべきか雑多な種族に目がいってしまう。
一応はいくつかの人種は旅の間に目にしたことはあったが、それでも知らない人種は多く、トカゲのような特徴を持った者を見たときは一瞬だけギョッと目を見開いてしまった。
「こう、雑多な人種がいれば、歩いているだけで気疲れするな」
「……姿が遠いと、アキさんを見て驚いている人が多いですね。 なんででしょうか?」
丁度路地裏から出てきた狼頭の男が俺の方を見て一瞬だけ腰の剣に手をやり、すぐにそれから手を離してそそくさと俺から離れていく。
「んぅ……エンブルク領なら何度もやらかしているせいであの反応も分かるですけど、ここにはきたばかりで、前に来た時も……記憶は不確かですけど、ほとんど立ち寄っていないですよね」
俺たちに近い姿の人間以外からは少し遠巻きにされているのを感じ、ああ、と声を上げる。
「俺の髪や目が魔物と同じ色をしているからじゃないか。 似た見た目なら自分達と近い種族だから大丈夫と考えて、遠い見た目なら自分達と違うと感じて色から魔物に近いと思ってしまう」
エルは周りを見渡して、少し悲しそうに頷く。
「そうかも……です」
「そうなると、少し面倒くさくなるな。 旅をするにあたって、無駄な衝突がおきそうだ」
獣人が多い地域に入り込んだらしく、自分の周りを人が避けて歩いているのが顕著になる。 居心地を悪そうにしているエルを背に回しながらサッサと歩いていく。
「……アキさんは、避けられて悲しくないですか?」
「いや、特に気にしないな。 思えば、昔から避けられていることの方が多かったから慣れているのかもしれない」
エルは目を伏せて、俺の服の袖を握りながら歩く。
ここにはあまり長居したくないな、と、口には出さず胸中秘める。
俺自身は構わないが、エルは俺が避けられているのが嫌らしく、ずっと悲しそうにしていて、そんな顔は見たくなかった。
いつもは俺を独り占めしたいと言っているが、これはこれで嫌らしい。エルのワガママさを可愛らしいと思いながら、エルフ達の元に急いだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
剣を振るう。 剣を振るう。 剣を振るう。
闇雲に振るう。 明確に目的を持って振るう。 無心で振るう。 祈りを込めて振るう。
線をなぞるように振るう。 力一杯に振るう。
風を断つように振るう。 血豆を潰しながら振るう。
私は剣を振った。 女の身が恨めしいと思ってしまうのが自分の弱さだろうと自覚しながらも、それでもどうしても恨めしい。
剣を振りながら、馬を撫でたりとして遊んでいるサイスを見て羨ましく思ってしまう。 その奥にはイライラの発散という名目で作られた巨大な土の山。
地形を変革させられる、人の理を外れた魔力。
「……嫉妬」
剣を振るう。
私にもあれだけの魔力があれば、このような修行もせずにレイのように、ロトと……ケンと共に行けたことだろう。
「……怠惰」
剣を振るう。
ああ、彼に会いたい。 どうしても会いたくて、けれども面と向かって足手まといと言われてしまった。
「……恋心」
剣を振るう。
こんな馬鹿な修行で強くなれるのだろうか。 いっそのこと、アキレアのようにエンブルク家系や勇者のように何とかして魔物化を果たしてしまえば。
「……焦燥」
剣を振るう。
魔力が欲しい、筋力が欲しい、技が欲しい、能力が欲しい、才能が欲しい。
「……強欲」
剣を振るう。
あまりに理不尽だ。 生まれてからずっと剣の修行をしてきて、一年と少しだけのアキレアに手も足も出ない。
報われないのも、勝てないのももう散々だ。
「……怒意」
剣を振るう。
頭を下げて教えを請うたのに、無性で時間をもらったのに、何も成せていない。 高みへと朽ちゆく刃という技の基本すら出来ていないではないか。
「……失望」
剣を振るう。
断ち切るように剣を振るう。 剣のブレは精神的なものからきている。
あるいは高みへと朽ちゆく刃以外も含め全ての技術の習得において、思いというものは酷く邪魔をする。
人は考えながら何かに打ち込むことは出来ず、それが出来るというのも一つの才能だろう。
私にはその才能がなかった。
こうして剣を振っている間も思考が続き、思考していても剣が惰性のように振るわれる。
ただ一つ、真っ直ぐな一振り。 基本的な高みへと朽ちゆく刃はただの振り下ろしでしかない。
アキレアは集中しろと言っていた。 剣にだけではない、怒りでも、目の前の敵にでも、あるいは恋心でも、何でもいいから集中しろと。
散漫な感情を統一しようと、溢れる思考を斉一しようと、ただ振り下ろす。
非才の私が、そう簡単に成るはずがなかった。
息を吐き出して馬車に戻って水を飲んでいれば、カリカリと紙に文字を書いている軟弱男の星矢が窓の外に見えた。
「何をしているんだ?」
「んー、魔法と能力の組み合わせを考えてるだけだな」
「能力、か」
こんな女か男か分からない、努力もさしてしていない奴でも私を遥かに凌ぐ力があるということに、心がさざなみ立つ。
戦っているところを見たことはないが、アキレア曰く「ロトより若干弱い」という実力の持ち主であり、その実力のほとんどが技ではなく能力と魔物化による身体能力の強化という……理不尽な強者だ。
「私にもあれば、よかったのに」
「能力がか?」
「ああ、そんなに強く便利な力があるならば、もっとよく生きれたと思えばな」
何を愚痴している。 こんな恨み言を聞かされても星矢も困るだろうと思っていると、彼は困ったように頭を掻く。
「……まぁ、便利だし戦いになれば強力なのも確かだけどな」
線の細い少女にも見える星矢は、恥ずかしそうに口を開ける。
「この世界に来てから、ずっと負けっぱなしなんだよな。 俺」
その言葉に驚いて目を開けると、彼は何度か頷いてから世間話のように負けた歴史を語る。
「まず、来た当初はこの能力じゃなくて変身みたいな能力だったんだけど、ぶっちゃけ役に立たなくてな。 付き人だった女に頼りっぱなしで。 それで筋力がついてきたと思ってたら、遠距離攻撃をしてくる飛んでる魔物にぼろぼろにやられて、やっぱり女に庇われて。
それの対策を練ったら、次にはその女が拐われて人質にされて従うしかない状況になって。 戦闘向きのこの能力を得たってのにアキレアに簡単にやられるしさ」
「……そう、か」
「ぶっちゃけた話。 武力が簡単に通じるのって魔物相手ぐらいの時だけだぞ?
人と戦うことになったら、まず闇討ち、夜襲、毒とか、一方的にボコボコにする方法があるし、そもそも剣とか魔法とか能力とか使って戦う前に勝敗が決してることがほとんどだ。
アキレアとかも、ぶっちゃけ雨夜がいなければ簡単に死ぬだろうしな」
何故、私が強くなれないことで悩んでいることを知ったようなことを言うのか不思議に思えば、バツが悪そうに星矢は口を開く。
「あー、俺、空気読めるタイプだから、旅の間に話してることから推測した。 気を悪くしたら悪い」
「いや、構わないが。 ……アキレアもエルも人に言うとは思えなくて不思議でな」
「例えばその雨夜なんだけど、お前の勇者が足手まといになるから連れていかないってすると思うか?」
エルのことを思い出す。 いつもアキレアにべったりとひっついている可愛らしい異国の……というか異世界の少女で、控えめに見えるがなんだかんだとこのパーティの方針をいつも決めているように思う。
それはアキレアと仲がいいからだけではなく、頼りになるからだろう。 少なくとも頭脳面としては。
「……いや、連れていくと思われる。 いれば、間違いを犯さなくなる」
「そりゃ腕っぷしが立つに越したことはねえけどな。 腕っぷしなんて強さの中の一部分でしかないわけよ。
……戦闘以外のことにも目を向ければどうだ?」
「……お前は、私の剣は通用しないと思うか」
「……まぁ、そうだな。 よしんば高みへと朽ちゆく刃が使えても、俺とかアキレアの下位互換でしかないしな」
確かにその通りだろう。 否定しようがないのが酷く辛く……だが、なんとなく気が楽になっている自分もいる。
「自分なりの強さを探してみるとかどうだ? 暇だから手伝うぞ?」
「……少し、考えさせてくれ」
剣を振るう。
剣を振るう以外の、自分の強さなど考えたこともなかった。




