続・他種族との交流①
歯の隙間に紅茶スライム(仮称)の魔石が詰まっていて気持ち悪い。 軽く舌を動かして取ろうとするが、結構ガッツリと詰まっている。
エルの手前、口の中に手を突っ込むという品のない真似はしたくないので少しの間は我慢することにする。
「えーと、まぁ、その、魔物が発生してしまうので人が多すぎると後々困るんです」
「なるほど、と思うところもあるんだけど……。 うーん、どうにも難しいっすねえ。 移民を受け入れておいて、追い出すわけにも子供を産むなというわけにもいかないっすから」
「それもそうですよね……。 でも、何か対策を講じないと、被害が出るので……」
俺が歯に詰まった魔石に四苦八苦している間に、話が行き詰まったのか二人して項垂れていた。
「その石ってどれぐらい効果あるものなんっす?」
「あっ、細かくは計測出来ないのでざっくりになるんですけど、一個で一日三分ぐらいですね」
「何個ぐらいこの街にあるんす?」
「えーっと、たしか五個ぐらいだったと思います。 撒くのにも魔力が結構必要だったので……国中回っていましたし」
「一日十五人までっすか」
「……他国に近い街なので、流入してくる瘴気もあって……多分、十人分ぐらいになると思います」
「ということは、だいたい六十歳まで生きるとして……えーと、計算出来るっす?」
何故か鈴木がこちらに視線を向けたので首を横に振る。
「百を超える数字は俺の力を超えている」
「……?」
「アキさんはお勉強が少し苦手で。 あ、60歳まで生きるとしたら二万二千日ぐらいですよ。 なので、だいたい十倍の二十万人ぐらいが瘴気吸収の限界になります。 ……それ以上は……街に魔物が発生する可能性が出てきます」
「まだ五万人ぐらいは余裕はあるっすね……結構、他種族を受け入れてて……ほら、人を増やさないとどうにもならない種族もいるっすから……うーん、難しいっすね」
鈴木はぽりぽりと頬を掻きながら、立ち上がって棚から何かの地図を取り出す。
「地図など、何に使うんだ?」
「んー、瘴気って存在が事実だとして、例えば風に乗ってくるなら、風の動きを利用して集めたり出来ないかなぁって思ったんっすよぉ。 ほら、わざと魔物化させて殺しても処理出来るわけだから、ビル風みたいに集中させたりね」
「……なるほどです。 でも、性質の研究が出来てないんですよね。 ……立地の問題か、それともそういう技術なのか、全然瘴気のない土地も存在はするみたいなので不可能ではないと思いますが」
エンブルク家の周辺のことか。 確かにあそこはほとんど魔物が発生しない。 あと、王都の周辺も規模の割には少ないか。
エルは鈴木の持っていた地図を覗き込み、何度か頷いて俺に目を向ける。
「アキさん、解決するかもしれないです。
今までそんな視点で見たことなかったんですけど……改めて地図を見てみると、水場ではなくただ広いだけの草原とかに街が多いみたいです」
「普通そうじゃないのか?」
「魔物がいない場合の世界……僕のいたところでは、大きな文明が出来たのは川沿いです。 生活をするにも運送をするにも、あれば大規模なものでも簡単に行えるので」
「あー、あれっすね! メソメソ文明!」
「メソポタミア文明ですね。 と、まぁ普通は川沿いに作るのに、その利点を捨ててまで草原を選んだのは単に魔物が発生しにくいからでしょうね。
この世界と僕のいた世界の差異は、魔法と魔物ぐらいですから。 ……魔法があるから、川沿いじゃなくてもなんとかなってるのかもしれないですね」
とりあえず意味が分からないが適当に頷いておくと、エルはそれを察したのか簡単にまとめてくれる。
「風通しの良い場所は魔物が出にくいってことです。 ……思えば、山とかひっきりなしに魔物出ますもんね」
「……山っすか」
「物の例えですけど、それぐらいでもないと難しいかもです」
「流石に地形変えるのは……無理矢理魔法で作っても、土砂崩れが起きるだけだろうっすからね」
「植林するにも、ノウハウも時間も足りないですね。 そもそも、人の手で山を作るのはどだい無理な話ですか」
エルは俺が話についていけていないのを察し、事細かに分かりやすく教えてくれる。
「つまり、山を作ればいいんだろ? 普通にサイス辺りに頼めば数週間もあれば出来そうだが」
「んぅーっと、アキさんって砂山作ったことってあります? 砂場とかで」
「いや、ないな」
「……じゃあ、木の根っこに土がめっちゃくちゃ付いているのって知ってますよね?」
「ああ、それなら」
「単に砂山を作っても、物は下に落ちていくので簡単に崩れちゃうんです。 普通の山なら、木の根っこで支えられてたりするんですけど。 ……つまり、木が生えてない山はすぐに崩れるんです」
なるほど、とあまり分からないながらも頷く。
「普通にそこらへんの木を持ってきたらいいんじゃないか?」
「足りないですよ……。 それに無理矢理持ってきたら他のところの生態系がめちゃくちゃになりますし……そもそもそこに根っこを埋めただけではちゃんと育つかは分かりませんから」
「こういうのばっかりは魔法じゃどうにもならないっすからねえ。 畑とかも人力っすし」
勇者が二人で頭を抱えている横で、この二人は何を言っているのだと首を傾げる。
「普通にあるぞ? 植物を育てる魔法」
「……えっ、あるんですか?」
「そんなの聞いたこともないが……あれば住人も使うだろうしな」
「ああ、人間にはあまり馴染みがないか。 ほら、エルフという種族は知っているだろ。 あれの使う、治癒魔法の亜種があってな」
俺の言葉を聞いたエルが目を丸くしたあと、納得したように頷いた。
「そういえば、アキさん魔法に詳しいって死に設定ありましたね……」
「死に設定?」
「なんでもないです。 んぅ……エルフさん達しか使えないんですか?」
「確かな。 ここらにはいないが爺やに頼むなりしたらいけるかもしれないな」
「爺やさんに頼むという選択肢はないです。 エンブルクを増やしてどうするつもりですか」
最近エルのエンブルクへの当たりが強くなっている気がしてならないが、おそらく気のせいだろう。 めちゃくちゃ可愛いのに辛辣なことを言うはずがない。
「エルフならこの街に移住しているっすよ? 森に住めなくなったとかなんとかで」
「あっ、森って魔物とか増えてますもんね。 当然、受け入れてるところがあればそうなりますか……。 んー、エンブルク領でも考えないといけないところですね」
エルが難しいことを考えている。 ここのように受け入れても良いだろうと思ったが、同じような問題が発生するだけか。
「とりあえず、そいつらに頼んでみればいいか。 エルが教えなければ話にならないだろうから俺たちが行こうか?」
「……エンブルクさんは、エルフと話したことあるっすか?」
鈴木の言葉に頷く。 爺やとは古い付き合いだし(覚えてはない)この前も魔物化したらエルフに襲われ、エルの翻訳越しではあるが会話した。
「ああ、あるな」
「なら、エルフの特徴は分かるっすね」
二人ともアホだったので、アホだから気をつけろという意味だろう。 頷いてから立ち上がる。
アホの相手は慣れている。 エンブルクで長年過ごしている俺よりもアホと関わっている奴はいないだろう。
自信を持って、エルを連れて外に出た。 エルフ達の場所はエルが聞いていてくれた。
 




