他種族との交流⑨
街に着いてすぐに物価を調べる。
とは言っても、俺に出来ることではないので、エルに着いてゾロゾロと回るばかりだ。
「どうだ?」
「んぅ、言うほどではありませんが、確かに多少は高いですね。 買えないぐらいではないのですけど……長居するのはお勧めできないですね。 最低限だけ買ってすぐに行った方がいいかもです」
「宿も無理か」
「無理ではないですけど……現状の僕達、収入がないですから。 魔物がいないので、お金が減るばかりです」
「諦めた方が賢明か。 国外や国境付近なら魔物も多いだろうが……」
「でも、積極的に、戦うのは反対です。 キリがないですし、危険ですから」
エルの言葉に頷く。
リアナとの訓練は戦闘の真似事な上に他の女性と親しくしているので嫌がられていると思ったが口出しされることはなかった。
エルの「嫌」はなかなか出てこない。
「それで、どうする?」
サイスがぺたりとエルにくっつこうとして、それを力づくで引き剥がす。
よしよしと頭を撫でているエルは俺の方に目を向ける。
「また俺か。 まぁいい。 物価とかそこらは分からないが……少し不思議なのは」
「獣人が多いな。 この街には幼い頃に訪ねたことがあったが、普通の街だと覚えている」
「それだな。 俺がエルと国内を回ったのは一年ほど前だが、ほとんど滞在しなかったが、こんな様子ではなかった」
「難民の受け入れですかね、坊ちゃん」
坊ちゃん時代を知らないだろうと思いながら、周りの獣人に目をやる。
「占領されたというようには見えないな。 かといって難民というには自由にしている。 私のお嫁さんであるエルちゃんの見立てではどうだ?」
「サイスちゃんのお嫁さんではないです。 ……日本人の仕業だと思いますよ。 魔物騒動でこうなったわけではないでしょうから、大きく変わる理由になるのは、先の戦争か、あるいは勇者かぐらいでしょうから。
たぶん、農業でまかなえる量が増えたとかでしょうか」
「……一年やそこらでこれだけ増えた人を養えるほど異世界の農業は優れているのか?」
「いえ、そんなに簡単に出来ることじゃないです。 作物は似ているものは多いですが、土壌の酸度を測る方法も、どの酸度なら最適なのかも分からないですからね。
効率を上げようと思えば五年十年……あるいは一生以上、一度土地を潰してもいい覚悟なら一年で収穫を増やすことも出来ますけど。
単純に魔物がいなくなったから、街の周りを開墾してって感じかと、魔法で簡単に出来ますから」
つまりはただの力技か。
「土をほぐして、元々あった植物の根を焼くなり凍らせるなりして取り除いて、って、魔法がなければ何年もかけるようなことでも、数週間もあれば出来ますから。ネックとなる魔物も今はほとんどいません」
「まぁ当面は問題ないってことか」
「……僕がいなくなってもおそらく聖石の効力は消えないので、多分百年ほどは問題ないと思うんですけど。 問題は聖石が壊れたり……まぁ多少粉々になっても大丈夫ですけど。
あとは、人が増えすぎて瘴気を吸える量よりも人が生み出す量が多くなったりした場合……取り返しがつかないかもです」
取り返しがつかないという言葉に少しだけ沈黙が生まれるそれこそ、街ごとあるいはそれ以上の消滅があり得るということだ。
「……仕方ないか。 もし勇者が主導しているなら、エルとの同郷のよしみで会えるかもしれない。行くだけ行ってみるか」
「無理だったらどうするつもりだ」
「一度諦めて、用事を終えて屋敷に戻った時にエンブルク名義で連絡すればいいだろう」
早くても何十年後のことだ。 当然連絡は早い方がいいが、無理を通すほどに急ぐ必要があることでもない。
「サイスちゃん、キョロキョロしてどうかしました?」
「いや、なんでもない。 ……空気が臭いと思ってな」
気にしていなかったが、確かに多少人間臭い。
人が多いせいだろうか、そう考えているとエルはため息を吐き出す。
「公衆衛生が向上しないと近いうちに病気流行りますね……。 治癒魔法とかは魔力効率悪いので一応ちゃんとしないとダメですね」
「エンブルクの領地は大丈夫なのか?」
「こんなに人間が密集していませんから、大丈夫だと思いますよ。 人を集めると出る問題なので……まぁ人が増えるのも時間の問題かもしれませんが」
「まぁ、そこら辺は元々いるやつがどうにかするだろうから、この街のは気にする必要もないだろう」
「そうですね。 ……とりあえず会ってみましょうか。 馬車は……場所を借りるしかなさそうですね。 お金はかかりますけど」
「あっ、奥方様よ。 それなら私が街の外で馬に草でも食わせて待っていようか?」
おっさんはそう提案する。 確かに無駄に金を使う余裕はないけれど、さっきエンブルク家に盗みに入ったと聞いたところである。
エルがジトリとした目でおっさんを見ている俺を見る。
「なんで俺を見る」
「いえ、アキさんは信用してしまうかと思ったので。 ……まぁ、大丈夫だとは思いますが」
「疑ってるんですかい?」
「そういうわけではないです。 馬は足がつきやすいですから」
「奥方、友達いないでしょ?」
「んぅ!? そ、そんなことないですけどっ」
とりあえずはおっさんに任せることにする。 足がつきやすいというのは少し意味がわからないが、エルが言うなら大丈夫なのだろう。
馬はずっと足をついているだろうに。
「リアナも訓練をしたいなら戻っていいからな。 おそらくつまらない話だろうからな」
「なら、見張りがてら戻ることにしよう。エルとアキレアは行くだろうが、サイスはどうする」
「エルちゃんから離れるわけがない。 ……と言いたいが、何かイライラするから戻ることにする」
イライラ? とエルはサイスの言葉を聞いて首を傾げる。
「大丈夫ですか?」
「なんとなく魔法撃ちたいから、適当に撃ってくる」
「……人の迷惑にならないようにしてくださいね。 すみません、リアナさんお願いします」
「……ああ、二人とも気をつけろよ」
二手に分かれて、エルと二人で向かうことになった。
歩いているうちに俺も身体が疼くのを感じ、それをエルに伝えようとして彼女を見る。
彼女の小さな肩を掴み、強引に引き寄せた。
「アキさん、どうかしました?」
「……いや」
エルから手を離すと、エルは小首を傾げて俺を見た。
どうにも自分の獣性を抑え難く、我慢が効きにくいことを感じる。
目を凝らせば赤黒い何かが空気に混じっていることが見える。
「瘴気があるな。 サイスも当てられたんだろう」
「……鎖、買いますか?」
「いらない。 ……暴れることはないから安心しろ。 というか、グラウもロトいない今、俺が暴れたら鎖があってもどうしようもないだろ」
「アキさんに攫われてしまいそうですね、いひひ」
まぁ、理性が欠けたら、エルが言うように彼女を攫ってどこか人気のない場所に潜むことなるだろうことは間違いない。
もしかしたらサイスもエルを襲いそうになって離れたのかもしれない。 そうでもなければ、素直に離れるとは思えない。 少しだけサイスの評価を上げ、エルの方に目を向ける。
「……この街に結構な時間が経っていると思いますが、街中に魔物が発生してないことを思うと、出てくる量と聖石が吸う量で釣り合っているのかもしれませんね。
5万人ぐらいだとして、平均寿命が50年だとしたら1年に1000人、毎日3人ほど……。 今から人が増えたら、ひどいことになりそうですね」
「結構切羽詰まっているのか。 面倒だな」
結局は人助けをしようとしてしまっていることに気がついてため息を吐き出す。




