他種族との交流⑤
おおよその用意が終わったが、それまで協力的だったエルが若干嫌がるような様子を見せる。
「協力してくれていたのに、嫌がらなくてもいいだろ」
「いや、アキさん一人に任せてたら何もしていないまま旅立つことになるからですからね。 やるだけやって、出来たら行きたくないからやんわりと止める。 そういう感じです」
「押しが弱すぎる」
「こっちに来るまで主張したことなかったですから、不慣れで」
割とわがままなところもあると思っていたが、状況によって変わるものか。
「……まぁ、無理な旅にはならない。 リアナもいるし、俺もおおよその奴には負けない。 魔王や国付きの勇者ぐらいになれば別だが。 ひとつ懸念があるとすれば……」
「言葉だったら僕が大丈夫ですよ? 今から向かう予定の国の言葉はアキさんの知識も含めて、だいたい理解出来ますから。 ただの方言ですし」
「……いや、聖石も神聖浄化がないからな。 魔王からの『命令』がくると、拒否は出来るが高揚はする」
以前よりも自分の意思を強く持てるようになったので命令に従い、暴走してしまうことはもうないだろうが……色々と興奮するんだよな、あれ。 不思議と。
「……えっと、うすらとしか覚えてないんですけど、あの鎖つけてするあれですか?」
「あれだな」
「……すごく楽しそうではありますが、今のテンションだとあんなにはっちゃけられる自信はないです」
「いや、暴走はないから大丈夫だ。 あと……瘴気を浴びてると、勇者の眼や髪色が変わるのがな。
せっかく綺麗な黒色なのにもったいない」
「アキさんと同じ色になれるのは嬉しいですよ。 出来たら旅はしたくないですけど」
エルはそう言いながら俺の足の上に脚を折り曲げて抱いて座り、くりくりとした丸い目を向ける。
「最近思ったんだが」
「何ですか? アキさんのことなのでおおよそバカなことだとは予想しておきますけど」
「俺とエルの意見が分かれて譲ればエルが傷つくから俺の意見を優先させたらいいのではないかと」
「……いや、まぁ……多少は罪悪感とか、わがままさに嫌になったりしますけど……」
やはりそうだったか。 これで今後のエルとの関係での憂いはなくなり、存分に旅に向かうことが出来る。
明日は早いので、早く寝た方がいいだろう。
しばらく入ることが出来ないからと、俺を一人にして長風呂をしてほかほかと暖かいエルを抱きしめて眠った。
◇◆◇◆◇◆◇
一通りの荷物と馬車、リアナとサイスに加えて御者役に志願してくれた使用人の男……名前はなんだっただろうか。 それに俺とエルの五人と必要なものが一通り揃った。
俺がエルの手を引いて三人の前に立ち、口を開く。
「今回の旅の目的は俺の友人で、リアナの仲間であるロトと会うことだ。 足取りは未だ掴めていない上にアイツは行動が分からないから多少時間はかかることになると思う。
多少は金銭も持っていき両替をする予定だが、足りなくなれば自分達で食い扶持を稼ぐことになる。
途中で抜けたくなれば抜ければいいけど、帰るのは送れないから自分で帰れ。 以上だ」
「あ、あと、今から向かうのはクルニシュという国で、方言のような違いはありますが、普通に言葉は通じるので気にしないで大丈夫です。 それ以降も僕がすぐに翻訳出来るようになりますから、気にせずにいてくださいね」
エルに働かせるのは……というか、知らない人の間に立って話せるのだろうか。 そう思っていると、心を読んだようにエルは言う。
「仕方ないですよ。 リアナさんは修行が忙しいですし、ナクルさんも忙しいですし、サイスちゃんとアキさんはエンブルクですし」
「まぁ……仕方ないか、手が空いてる二人がエンブルクだからな」
「エンブルクだから仕方ないです」
そうしてやっと旅に出た。 結局、あいつ……星矢の奴には会えなかったが、使用人に星矢がきたら神聖浄化の能力を月城に渡しておくように伝えろと言っておいたので、多分問題はないだろう。
馬車の中でリアナがサイスと共に魔法の修行をしているのを横目に、膝の上に座らせたエルの髪を梳いて、小腹が空いたので飯を食べようと袋に手を突っ込むと、ふわりとした柔らかい毛と固い何かに触れる。
「……なんだこれ?」
その毛の何かを引きずり出そうと思い切り引っ張り……。
「あだだだだだ!? ちょっ、やめろや!」
異様に重い感触。 見た目より遥かに多い体重、一見すれば麗しい少女に見えるような姿に赤い目。
「抜ける! 髪抜ける! 離せよ! 気づいたら離せよ! 痛いいたいいたいいたいいたたたたたたた!!」
エルのことを売女と罵り、助けてもらっておいて雲隠れしていた人物、星矢だった。
「アキさん、離しましょうよ!?」
「……仕方ないな」
袋から出てくる星矢を見て、この前サイスも似たような登場をしていたことを思い出す。 流行っているのだろうか。
「痛え、髪抜けてね? 見た目美少女の俺の髪を抜けるまで引っ張るとかヤバいだろ、お前」
「うるさいな。 エルの足元にも及ばないだろうが」
「いや、可愛さなら俺のが上だわ」
「ぶっ殺すぞ。 ……何しに忍び込んだ。 あと、飯どこやった」
星矢は手から乾パンを取り出して俺に手渡す。
「ちゃんと能力で保存しているから問題ない。 むしろ腐らないから都合いいだろ?」
「……いや、お前から出てきたもの食うのは気持ち悪い」
「別空間に保存してあるだけだから俺は関係ないから気にするなよ」
とりあえず乾パンを齧り、星矢を睨む。
「何で着いてきた」
「……謝ろうかと思ったが、ほら、爪剥ぐとか言ってたから、密室で雨夜がいるところでだったらしないかと思って……。 しないよな?」
「後でする」
「しないでください。 何でそんなに怒ってるんです? 僕と数分離れ離れになったからですか?」
それもあるが、問題はエルへの罵りだ。 それを追求したいが、エルの前で売女とは言えないので、今は怒りを収めるしかないか。
「悪かった。 それと、ありがとう」
「分かったから飯返して降りろよ」
「いや、恩返しをしたい」
「そういうのいいから、場所ないし、人が増えればエルといれる時間減るからな」
「こういうのは敵が仲間になるパターンだろ。 空気読めよアキレア」
「いや、敵ってほど敵でもないからな。 そう言われても困る」
「それに可愛いから目の保養になるだろ?」
「ならねえよ失せろ」
こいつめんどくさい。 今までの性格と若干違うような気がするのは、人質がいなくなったからか。
「そういや、人質はどうしたんだ?」
「普通に解放してもらった。 別の街に行くらしい」
「そっちに着いていけばいいだろうが」
「昨日振られたから気まずい」
「……そうか」
振られたのか。 可哀想だな。 ……後で売女を訂正させたら、優しくしてやろう。
「まぁ、迷惑をかけなければついてくるぐらいはいいが……」
「お菓子食べます?」
「気を使うな……虚しくなる。 何でこんなに俺はモテないんだ? こんなにも可愛いのに」
「男に可愛らしさはいらないからだろ」
「馬鹿かアキレア。 可愛い方がいいに決まってるだろ」
そうだろうか……。 いや、まぁたしかに俺が女でもエルがいいし、サイスもエルを好いていることを考えれば、可愛い方がいいのか。 生えていたら子供も作れるわけだし。 あと、エルも俺の子供の姿を見て可愛いと喜んでいた。
「……なるほど」
「な? 可愛い方がいいんだ。 可愛いは正義」
「確かにエルは正義だ……」
納得してしまった。




