他種族との交流②
膝の上に少しだけ感じる重みと、毛布よりももう少し暖かい感触に夢うつつとした気分になりながら、鈴を転がしたような少女の言葉に耳を傾ける。
「──そもそも、あり得ることなんでしょうか? エンブルクとして、あるいは家柄のある者の振る舞いとして」
質問の相手は目の前の椅子には座っておらず、何故かずっと傍に待機している爺さんだ。
「その問いを答えさせていただきますと、答えは二つになりますな。 はい、そしていいえでございます。 フォッフォッフォ」
「……予想はしていましたけど、めちゃくちゃですね。 エンブルク」
自分が止めなくても他の人が止めて、俺と言い合いにならずに旅に出なくて済むと思っていたらしいエルは、そうならない現実に若干焦りながら古くからいる爺さんに尋ね、溜息を吐き出した。
「して、奥様は一つ勘違いをされているのでは?」
フォ爺さんの言葉はその普通では無礼とも取れる言葉だが、この家では最もマシな言動だろう。
「何をですか?」
エルが興味を持ったのか、誰もいない机に向かっていた身体をよじって、扉の前に立つ爺さんの方に目線を向けて小首を傾げる。
「こちらの世界において……いえ、この国においての貴族、そして民衆のありようは、奥様の故郷のものとは必ずとも一致しておらぬのだと愚考します」
エルは直ぐに納得がいったようで、身体を俺に密着させながら頷いた。
「よく考えると、多くの人が魔法ないし魔道具の扱えるこの国は、全員が武器を持っているようなもの……。 そうでなくとも魔物を国ではなく民間で退治しているほどに武装が認められているとなると……。 最悪、国軍より小規模な民衆の武装蜂起の方が強い可能性すらあり得ますね。 いや……そもそも厳しい税の徴収が出来ないから、軍の規模も僕が想定しているより、遥かに小さいのですか」
「その通りでございます」
エルが気まずそうに頰を掻いてから、俺に言う。
「今更ですけど、旅に出るの止めていいですか?」
「いや、止めるのはやめてくれ」
エルに本気で止められたら俺には抵抗することが出来ず、ひたすらエルを可愛がることしか出来ない。
「そもそも場所も分かってないんですよね」
「……まぁ目立つ奴だから聞いていけばいつかは見つかるはずだ」
「つまり無計画なんですね」
そう言われると否定出来ない。 そもそも計画などほとんど立てたことがないので、常にその通りだ。
エルは俺の膝の上で飲み物をこくこくと飲み、少しだけ紅茶の匂いのする息を吐く。
「アキさんと二人なら新婚旅行みたいで良かったのに……」
少女はベタベタと俺を触りながらそんな言葉を口にして、べったりと俺にもたれかかった。
新婚旅行……旅行か。 必要に駆られて旅をすることになったが、それほど急ぐ場面でもない。
エルが望むのであれば、ゆっくりと観光をしながらでもいい。
「そうするか。 二人ではないが、観光しながらというのも悪くないだろう」
「いいんですか?」
「あれはそう簡単な奴でもないからな」
面倒ではあるけれど、エルと同じ景色を見て、同じ体験をするのも悪くない。
爺さんに訊いて隣国の情報を教えてもらう。
「どうせどの方向に行ったかも分からないのだから観光目的にでもいいな。
リアナはおそらく闘技場のある国に行きたがるか、俺も技を参考にしたいが……エルは血生臭いのは嫌だったよな」
「好きな人の方が少数派だと思います」
観光名所になるぐらいだから結構多いのではないだろうか。
まぁ、女子供だと好きじゃないのだろう。
「海沿いの国はどうだ?」
「海産物を食べれるのはいいですね。 僕の故郷だと頻繁に食べていましたが、こっちに来てからはほとんど食べてないので、ちょっと食べたいです」
「じゃあ候補に入れておくか。 問題は言語が違うことと水棲人種がいることだが……それはまぁいいか」
「良くないです。 ……水棲人種ってなんですか」
「水ん中で生きてる奴等」
水が魔法頼りで大きな川や海がないこの国ではまず見ることの出来ない種族のため俺は見たことないが、人の一種である。
「人魚のようなものですか?」
「そうだな。 まあ俺たちと似たようなものだな」
「……アキさんって基本的にものすごい器が大きいですよね」
「そうか?」
エルが少し人魚に興味を示したのを見て、他に良いところがなければここに行こうと決め、彼女の頭を撫でながら爺さんの言葉を待つ。
「もう一つの隣国は、私の故郷でもある国ですな。 方言のようなものはありますが、こちらと同じ言葉ですので行くには楽ですな。
生活様式も似通っていることですし」
「人探しをするなら、こちらの方が良さそうですね。 もし外れていてもすぐに分かりますし」
「ああ、そう言えば彼等と共にいた王女殿下は流暢にこちらの言葉を話しておられたので、方角としても大凡はそちらであっているかと」
「初めから選択肢なかったな」
そう思ったところで、不意に不思議に思う。
「爺やは祖父の代に、爺さん役として来たんだよな?」
「フォッフォッフォッ、そうでございますよ」
「昔から爺さんだったのか?」
「フォッフォッフォッ、そうですな」
フォッフォッフォッとうるさい爺さんを他所にエルに目を向けるが、エルも分からないらしく首を傾げる。
「儂は人間ではないので、と……そうですな……」
爺さんは俺の手を取り、その上に指輪を置く。
「森の中で人と会えば、これを見せると話ぐらいは聞いていただけると思いますよ」
あまり飾り気がなく、伝統工芸といった様子の指輪だ。 俺には小さく、エルには大きすぎるので適当に持っておく。
「爺さんは……まさか……」
俺がそう言うと、爺さんは髪で隠していた耳を見せる。 その耳は人のものとは明確に違い、長く細かった。
「はい、その通りです。 エルフですよ」
「っ!! エルフだと!?」
「えっ、気がついて言ったんじゃないんですか!? 「まさか」ってなんだったんです!?」
「いや、すごい長生きなんだなぁ、と」
「そっちがまさかですよ!」
エルはそう言ったあと、息を整えてから爺さんを見る。
「アキさんのせいで驚きそびれましたが、人間じゃなかったんですね」
「フォッフォッフォッ」
「アキさん、お爺さんの真似をして僕と話そうとするのはやめてください。 騙されませんし、話も進みません」
「……そうか」
「よしんば騙されても何の解決にもなってないです」
「……いや、別にどうでもいいんじゃないか? エルフでも何でも」
エルは「妙なところで心が広い……」と口にしてから俺の頰を指でツンツンと突く。
声真似を練習すればエルが他の人と話そうとしたときに、代わりに俺がエルと話すことも出来るのではないのかと、革新的なことに気がつく。
「それで、エルフの物なんですか? この指輪は」
「そうですな。 私の名前と共に見せれば話も出来るでしょう。
同族はどうにも頭が硬いものが多いもので」
爺さんの言葉に頷く。 エルフは爺さんとこの前のアークエルフぐらいしか見たことがないな。
「……エル、エルフって頭が悪い印象しかないんだが」
「アキさんに言われたらお終いですけど、今のところ否定出来なくて辛いです」
とりあえず行く方向も決まったので、爺さんに礼を言ってから部屋を出る。
エルフか……。 確か、高貴で頭が良く気高いと聞く……。
とりあえず気にしないことにした。 エルフの頭が残念でも、エルの可愛さに変化はないので問題はないのである。
活動報告も更新しました。




