剣聖剣奴⑨
早速という訳ではないが、早いに越したことはないだろうと思い、リアナに声をかける。
「リアナ。 ロトのところに行くぞ」
「本当か!? ……それはそうとして、こいつはどうしたらいい? 他は撤収したようだが」
リアナの足元に転がっているエルフを見て、忘れていたことを思い出す。 あの魔王も忘れていたのだろう、完全に放って置かれている。
「……この世界の人って基本、あれですよね」
「やめてくれ。 俺達は俺達なりに頑張っていたんだ」
「この世は結果が全てなんですよ」
エルが厳しい。 少し怒っているようにも見えるのは勘違いではなく、勝手に色々と決めてしまったからだろう。
エルにしてみればロトは知らない人で、そのためにどれだけかかるかも分からない旅に出るというのは、楽しくないことだろう。 と、思ったが、エルの性格を考えるとそうではないか。
「……とりあえず、この猿轡外してやるか」
「……アキさん用の思い出のある鎖なのに歪んでる……買い替えないと……」
俺用の鎖ってなんだ。 買い換えるというか、普通に手放してもらいたい。
リアナがエルフの男の猿轡を外すと、男は俺を睨みながら吠えるが、何を言っているのかが分からない。 おそらくはエルフの言語なのだろうと思っていると、エルが俺に言う。
「仲間を解放しろ、ですって」
「仲間? ……というか、なんでエル、言葉が分かるんだ?」
「アキさんの知識でエルフの文字は知っていましたし、あれは表音文字だったので、いくつか言葉を聞けば、照らし合わせて翻訳ぐらいなら……」
「なるほど、よく分からないがすごいな」
エルに翻訳をしてもらえば、と思ったが、エルとこの男を会話させるのも気分が悪い。
「……勘違いで暴れているみたいなので、説得してもいいですか?」
「……いや、うーん。 ……仕方がないか」
暴れられても面倒だ。 頷くと、エルは手振りを合わせてたどたどしく話を始めるが、男の言葉に遮られて身体をびくりと動かす。
エルフの目の前に剣を落とし、床に突き立った剣に足を乗せて徐々に彼に近づけるように足を動かして黙らせる。
エルは俺を見て眉を顰めてから、口を開き、俺に剣を回収するように言う。 仕方なく剣を回収すると、エルがエルフの男と話を始める。
俺のエルが、理解出来ない言葉で他の男とばかり話していると思うと、嫉妬心で斬りたくなるが、剣を腰に納めて事を見守る。
「アキさん、家でライオン飼ってるって本当ですか?」
「すまない、意味が分からないんだが」
「この人が、エンブルク家のペットのライオンに仲間を食わされるって脅されていたそうなんです」
もしかして……と、彼の紅い目と赤黒い髪を見る。
「アキさん……大変です」
エルは助けを求めるような目で俺を見る。
「この人、馬鹿ですっ! エンブルクの皆さんと同じくらい!」
「……致命的だな」
エンブルク並みに馬鹿なんて、悪い奴に騙されて利用されてもおかしくない。 利用された挙句に捨てられても……。
「アキレア、お前はそれでいいのか? 否定しなくてもいいのか?」
「……リアナさん。 僕はどうしたらいいんですか? 会話が通じない相手二人の間に立って通訳する必要があるんでしょうか」
「エル、結構言うよね。 私も言おうか迷っていたことをズバズバ言ったりするところあるよな」
とりあえず、エルに頼むしかないので、エルフの男も落ち着いた様子をしていることもあり、通訳を頼むことにした。
「アキ……ちゃんと考えて話せよ?」
「任せろ。 こう見えても外国の言語は得意だ」
「いや、話せないんだろ」
エルフの男を軽く見下しながら、第一に告げるべきことを言う。
「お前、エルを変な目で見たら殺す」
「……これ、本当に僕が通訳しないとダメですか?」
エルがリアナを見ると、リアナが首を横に振る。
「アキのような趣味の人間は少ないから大丈夫だ」
「よかったです。 では気を取り直して、この人はエルフのエルーライというらしいです」
「そうか、エルと被っているから今日から名前はライでいいか?」
「…………ライと呼ぶって伝えますね」
名乗りからウダウダとしていると、赤黒い髪を二つ結びにしているサイスが奥から現れ、首を傾げながらサイスは言う。
「エルちゃん、おはよう」
「おはようございます。 もう昼です。 というか、結構な騒ぎだったのによく寝れましたね……」
「ふふん、そりゃ、エルちゃん達が部屋から出たあとに部屋に忍び込んで寝たからな。 昨日は寝てないから、ぐっすりだよ」
「アッサリと罪を告白しないでください……。 すみません、リアナさん、サイスちゃんをお願いします」
エルは疲れた表情でリアナに頭を下げる。
「いや、子供の面倒は見たことないが……」
「サイスちゃんは、エンブルクなので、適当に持って振り回したら喜ぶんじゃないでしょうか」
「……エルちゃん、私ももう大人だよ。 そんな振り回されて喜ぶはずも。 わーいたのしー」
リアナはサイスの手を持って小さな身体をぐるぐると振り回しながら去っていく。 我が叔母ながらアホである。
まともな人間とエンブルクが去り、後にはエルとエンブルクとエンブルクもどきが残る。
もどきが若干羨ましそうにサイスを見ていて、エンブルクであることが嫌になってきた。
「……この人、アキさんの遠縁とかなんでしょうか」
「何故アホだとエンブルク扱いするんだ」
「………………いえ、髪の毛とか、目とかが」
あまりにも長い間と、目を逸らして合わそうとしないエルを見て悲しくなる。 一度エルのエンブルク及び俺の印象を問いただした方がいいのではないだろうか。
「エンブルクの人は……その、アホの子とお馬鹿さんの間を異様な速度で反復横跳びしているような、そんなイメージです」
「……! ……?」
「あ、もういいです。 ……サイスちゃんも去ったので話に戻りましょうか」
エルは諦めた目で俺を見たあと、ゆっくりと男の方に向き直り、話を始める。
少し話をしたあと、エルは俺をチラチラと見て、溜息を吐く。
「アキさんが悪く言われて騙されているみたいです。 殺人鬼とか、ロリコンとか……アキさんはいい人なのに、酷いですね」
「そうだな。 人は極力殺さないようにしているし、小児性愛などでもない」
「とりあえず、誤解を解くために話して見ますね。 エンブルクの人に近いのか、何でも言うこと信じてくれるので」
「それは話すのが楽だな」
しばらくエルが話を進め、たどたどしかったエルフの言語も徐々に上手くなっていき、スムーズに会話が成立するようになって、話がまとまったらしい。
「アキさん、ライさんはこれから心を入れ替えて遊園地の建設をすることになりました」
「何故そうなった。 というか、囚われた仲間は」
「旅の途中で騙されたらしくて、多分あの人に適当を言われて騙されたって説が濃厚ですね」
「頭悪いな」
「それで、せっかく余った土地もあるから、夢だった遊園地の建設をするらしいです」
「そもそも遊園地ってなんだ」
「行ったことないですけど、多分遊ぶところです」
「なるほど、公園みたいなところか」
鎖を外すと、エルフの男は数度頭を下げてから、すごくいい笑顔で手を振って去っていった。 たぶんあいつはアホだ。
「……エンブルク系の人って、異様に僕に弱いですよね」
「変なまとめ方をしないでくれ、多分あれはエンブルクとは無関係のアホだ」
色々と疲れていると、サイスを振り回しながらリアナが戻ってきた。
「わーい」
「……疲れたんだが、もう話は終わったか?」
「……はい、終わりました」
「……お疲れ」
「……お疲れ様です。 その、うちの子の面倒を見てもらってありがとうございます」
「……なんだ……その、お疲れ」
エルとリアナはお互いに労い合い、サイスは振り回されすぎて酔ったのか、気持ち悪そうに地面に突っ伏す。
「ああ、サイスちゃんっ。 もう、こんなところで寝ちゃダメですよ」
「……吐きそう」
「大丈夫ですか? その、ここで吐いちゃうと絨毯があれなので……って、あっ、もうアキさんが剣で穴を開けてた……」
「うぷっ、オボロロロロロ」
胃酸の匂いが飛び散り、エルの服にサイスのそれが掛かる。
リアナが申し訳なさそうにエルに頭を下げて、エルが困ったように笑う。
「……とりあえず、酷いことになったのでお風呂、入りましょうか」
もしかして、エルってものすごく優しいんじゃないだろうか。 俺がそう口にすると、リアナが言う。
「お前の嫁になれるぐらいだからな」
納得する。




