剣聖剣奴⑦
エルが調理場に付き、使用人に俺が一声掛けてから調理を開始する。
俺はまだ治りきっていない脚のため、持ってきた椅子に座って料理をしているエルの後ろ姿を見る。彼女は伸びている髪を後ろに一つにして結び、髪の毛が料理に入らないようにと頭に布を巻いて、エプロンを装備する。
女給のような格好で、あまり好ましくないけれどエルが楽しそうだからいいと考えよう。 テキパキとしているが、几帳面なところが出ていて作業が丁寧すぎて効率が悪い。
こうしてエルへの盲信を抜きに見ると、存外に不器用なところがある。 手先や手順の問題ではなく、完璧主義で手を抜くという選択肢が最初からないような性格だ。
「旦那様、奥様にそういう格好をさせて励むのであれば、本職の私に手を出してもよろしいかと」
「俺がさせているわけではない。 お前には興味が湧かん」
「そう言わずに……。 あの、せめて話している時ぐらい奥様から目を離しませんか?」
「後でな」
「すごくお尻見てませんか? 気のせいではないですよね、私の視線レーダーは見逃しませんよ」
「ほっとけ」
こういう時でもなければエルの後ろ姿をジッと見つめられる機会は少ない。 抱き締めるか、エルが振り返るかするので、案外こういう視点では新鮮だ。 細い腰や尻を見て、どうしても触りたくなるが触ったら危ないので我慢する。
「私触りますか?」
視界を遮ってくる変態を適当に退かして、エルの脚を見る。 膝丈の半ズボンと靴下の間の少しだけある膝の裏の皮膚のところがチラチラと見えて、思わず感嘆の息を吐いてしまう。
「エルは細かいところまで美しいな、そう思わないか」
「そうですね。 とても可愛らしいです。 エッチなお仕置きをされたいです」
「次にエルをそういう目で見たら斬るぞ」
「服だけをですか?」
「目玉と右腕を」
「……自重します」
エルの後ろ姿を眺め、肉付きの薄い尻に見惚れている内に料理が完成したらしく、綺麗に盛り付けられたそれが俺の前に置かれる。
「お待たせしました。 男の人だからお肉が好きかと思って……苦手なものとかなかったですよね」
「まぁ、特に食事には気を使ったことはないな。 金がなければパンの切れ端を食べるしな」
「……よく考えたら、アキさんは毎日専門のコックさんに料理を作っていただいているのに、素人の僕が作った料理を渡しても……僕が一人で処理しておきますね」
「いや、食わせろよ」
エルが回収をしようとしたので奪って、口に運ぶ。 数回咀嚼して頷く。 普通に美味い。
「美味いな」
「ほ、本当ですか? いひ、いひひっ、ひひ……。 す、すみません、喜びすぎて変な笑い方になりました」
「……落ち着け」
「はい」
「落ち着くの早いな」
エルはいつものように横に座り、頭を傾げて俺の腕に凭れかける。
「いひひ。 アキさん、ほんとに美味しいですか?」
「ああ、美味いな。 エルは何でも出来るんだな」
「そんなことないですよー。 んぅ、頰に付いてますよ」
エルが俺の頰を触ってから指を口に含むが、間違いなくそんな失態はしていないので、そういうことをしてみたかったから嘘を吐いてしたのだろう。
愛い奴と呼んでいいのか、まぁ可愛らしい行動だと思おう。
「あ、飲み物用意するの忘れてました。 すみません今用意しますね」
「別にいい。 あまり離れたくないから、後でいいだろ」
エルと共に朝食を食べ終えてから、飲み物を飲んで喉を潤わせる。 窓から外を見ればだいたい昼頃のようで、いつにも増して生活がおかしくなっていることに溜息を吐く。
昼からは、シシトと共に物作りをするか、エルと部屋に籠るか、サイスに文字を教えるか、エルと部屋に籠るか、エルの故郷の話を聞くか、リアナの訓練に付き合うか……。 まぁ最初に見かけた奴の手伝いをしてから、エルと部屋でいちゃいちゃすればいいか。
そう思っていると、窓からサイスとリアナが使用人と共に農作業をしている姿が見えた。
「あれ手伝うか」
「ん、そうですね」
彼女の手を握り、外に出ようとした時になって気がつく。 顔を上げて、エルを背に回す。 手に武器がないことに気がつき、エルの手を持って部屋に走る。
「ど、どうしたんですか!?」
「知らない勇者が来た。 敵かもしれないから剣を取りに行く。
ッと、おい、そこの! 通常業務は全部無視でいいから、ケトを呼んで、二棟にいる連中に警戒するように伝えろ」
とりあえず、本調子ではない脚を治さなければならない。 まさかここまで堂々とやってくるとは思わなかったせいで、対応が遅れる。
安い剣を二本腰に挿して、投げナイフを幾つか隠し持つ。
「アキさん……」
「逃げるつもりもないのなら、止めないでくれ」
エルは押し黙って、泣きそうな目で俺を見る。 窓の外に見えた赤黒い髪の毛をした──長い耳の人がこちらに手を向けて、魔力を手先に集中させる。 窓を蹴り割りながら投げナイフを投擲し、長耳の手に刺さり魔法が中断されたのを確認し、そのまま飛び出して長耳の首を掴む。
「アキさん! ここ二階……!」
長耳を腰から地面に叩きつけ、昏睡したことを確認してからよじ登ってエルの元に戻る。
改めて長耳を見下ろすと、赤黒い髪の毛に、今は確認出来ないが紅い目をしており、魔物化、あるいは魔物の特徴を備えていた。 魔力の量も非常に大きいので、まずまともな人ではないだろう。
「……エルフ?」
「エルフは、金髪翠眼……いや、魔物化したエルフか?」
特徴としては、エルほどではないが美形だとか、長く尖った耳だとか、エルの足元にも及ばないが整った顔立ちや、細く華奢な身体つきと聞きに及んだものの通りだ。
「まぁあれも気になるが、まだ幾つかいるな」
「……状況を考えると、色々不自然ですね。 ……アキさんに勝てるはずもないのに」
「別とは思いにくいがな、エルフに恨まれる覚えもない」
「……扉の前で待っている人がいますね。 先走った、人が……といった可能性がありますね」
交渉ごとになるかもしれないのか。 とりあえず起きられても面倒だが、エルの前で殺すわけにもいかない。 別の方向の窓から顔を出して、リアナに拘束するように頼む。
「エル、鎖持ってるよな、貸してくれ」
「……あれは、アキさん用なのに……」
俺用の鎖ってなんだ。 リアナがエルの鎖で縛り終えたのを見るが、まだ他の相手に動きはない。
慌ただしい屋敷の中、ケトがやって来て治癒魔法を使い、ほとんど完治した脚を軽く動かしてから、魔力に感覚を澄ませる。
「動きがないな。 屋敷を囲んでいるが、ある程度の距離を保っている。 攻撃の予兆はなく、一番大きい魔力は扉の前に……」
「単純な人数なら、こっちの方が多いですか?」
「戦闘出来る奴なら若干多いぐらいだが、守らなければならないなが多いから多少不利だな。 それに、こちらの方が全体的に弱い」
一番マシなリアナであっても先程のと同じくらいの強さに感じ、サイスは魔力こそ同じ程度だが、実践や体術に難がある。
頼りに出来るのは自分ぐらいなものだ。
「出方が分からないな。 ……招かれるのを待っているようだな」
「……動きがないのなら、ある程度こちらの配置を変えて、戦っても倒しやすいようにしますか」
「任せる」
エルはケトに策や配置場所を通達してから、それが通るまで待ってから、扉の前に立つ。 この扉越しに何か強い奴がいることに恐怖を覚えながら、ゆっくりと扉を開ける。
赤黒い髪の毛に、紅い目。 まるっきり魔物化した男、顔のつくりから見て勇者の男が、緊張感もなく口にする。
「おせえよ」




