剣聖剣奴⑤
エルに呼ばれた二人が増えて、俺とエル、大山にロムという面子で勇争記録を囲み、表記の変化したエルの欄を開く。
「確かに変わっているな。 ……消すだけならオートとかも考えられるが、妥協案というのはある程度の柔軟な知性が必要だ。 AIのようなものだとしても、地球のAIよりも高度なものだな」
「……女神様とお話が出来るかと思うんです」
勇争記録を指で摘みながら大山は理解の出来ない言葉を話し、エルが尋ねる。
「考えられるパターンは2×3ある。 一つは女神自体と会話出来る、二つは女神以外の小間使いか人工知能……というか神工知能の女神に連なる奴と会話出来る。
んで、それが協力的なパターン、あるいは騙そうとしているパターン……それにそもそも目的が薄いパターン。
会話するのにリスクもある。騙される可能性がある。 協力的なパターンと言ってもほとんど命令とかだろうからな。 いっそ会話出来てもしない方がお前らにはいいかもしれない」
知らずにいるべきか、あるいはリスクを犯して知るべきか……,。 大山はそう語るが、どうにも納得がいかない。
「わざわざ隠していることが解せない。 利用するつもりでも、協力するつもりでも、どちらにせよ……話さなければどうにもならないだろう」
「あのアキさんが賢そうなことを……」
エルがつまらない茶々を入れるので手を引いて軽く腕に抱いて静かにさせる。 頭を撫で回して照れさせてからお茶を淹れてきてくれと頼んでから離す。
大山は察したような表情をして、エルがいなくなってから言葉を言う。
「神のルールに抵触するからというのは? 夢に干渉されたときに言われたが」
「エルも言われたらしいな。 ……複数の神がいて、女神がそれを裏切っていると考えられる。 まぁ、あくまでも頭の悪い俺の予想でしかないが、能力という瘴気、人格を勇者に分けて与えて、それを集めさせることで地上に出てくることが目的だと思う」
「……それで渡せるとか、殺せば吸収のルールか。 納得は出来るが、女神の台詞がおかしいな。 「勇者同士が近寄らないようにしろ」という助言がある」
「それは普通なんじゃないか、女神は止める側なんだから」
「いや、その台詞はおそらく他の神との規定通りだ。 勝手な行為だと勇争記録との齟齬が出るだろ、大規模な」
大谷と俺の話を聞きながら、ロムは赤い魔石を弄りながら呟く。
「本当に……その言葉は全員が聞いたの?」
「全員がいる場で聞いたが」
「音を変えることなんて、能力なんかに頼らなくても魔法で出来る。
他の人には規定通り、大山やエンブルク夫人だけ別の声を聞いていたとかもあり得るんじゃない?」
いや、ロトの勧誘を断ったときに……そう考えたが、経験値が分散するという事実は知っていたが、一緒にいるなとは言っていなかったかもしれない。
エルも経験値の分散と言っていたが、それにしてもおかしい。 知らない世界で、同郷の人間に会いたいという感覚よりもエル自身が戦えるわけでもないのに経験値の分散だけで出会うのを止めるのは不自然だ。
「……齟齬を見直すか。 ロム、月城を呼んできてくれ」
「あいあいさー」
しばらくすると月城がロムに連れられて、エルが月城の分以外の紅茶を持ってきた。
「あ、私はいいよ。 さっき飲んだし」
「いえ、僕はアキさんと一緒に飲むので」
「見せつけるねー」
「……もういいか?」
はーい、と月城は気の抜けた返事をし、大山が月城に尋ねる。
「召喚される途中の白い空間で、女神がなんて言ったか覚えてるか?」
「えっ、あんまり……簡単なルールを言ってたなーってぐらいかな」
「じゃあ、勇者同士で旅をするデメリットは?」
「えーっと、経験値の分散があるってことかな。 あとはこっちで結婚して戻ってオフ会したらなんか違くて微妙な気分になるとか」
「……経験値が分かれることで成分に偏りが出て病気になるってのは?」
「えっ、そんなことあるの? まぁ戦わないから関係ないけど」
ロムを見ると「ね?」としてやったら顔をしながら俺を見ていた。
「……エルちゃんは知っていたか?」
「あ、はい、僕からしたらこの前のことですから」
ほとんど決定と言っていいだろう。 大山が俺の方を見たので、許可をするように頷く。
「俺とエルちゃんだけ、女神から聞かされている内容が違うな。 ……より強く他の勇者と引き離そうとしている」
「この前、勇者の作った集落に寄ったが、無惨に滅んでいたな。 病気という様子ではなかった」
「俺たちだけ他の勇者から離れるように仕向けられたと考えた方がいいな。 正史を外れさせないため、保護のため、あるいはその両方だな」
「僕にも大山さんにも、正史を外れさせるためみたいな能力を渡していますから、多分保護ですね」
「……女神の目的は分からないが、他の神とは違って降りてくるためではないだろうな。 降りるために勇者をばら撒いているとしたら数が少なすぎる。 少なくとも他の神とは大きく数が違う」
総合すると……他の神の目的を破るためにと考えるのが自然か。
それ以外の何かをするにしては勇者が欠けている。 おそらく、大山が勇争記録で見つけて、何かしらの戦力で倒してエルが神聖浄化で封印する、か。
「一人、足りないな」
「ああ、そうだな。 戦力が欠けている」
「見逃したか、見つかっていないか、死んだか……」
それだけ言うと、エルの手が俺の身体を強く、強く、彼女の力とは思えないほどに痛いぐらいに握り締める。
分かっている。 イレギュラーは二人だけではない、勇者じゃないくせに、勇者と同じような力を持っている。 エルと同じく一千年前に布石を打たれていた物。
「戦力」とは俺のことだろう。 エルにもそれが伝わり、戦ってほしくないと伝えているのだろう。
「エル、分かっている」
「……はい」
その場凌ぎであろうと安心させられるのならば、そちらを選んでしまう。
「大山、女神との会話はなしだ。 お前個人でも連絡をしようとするな」
「それでいいのか?」
「ああ、だいたい要求される内容も分かるしな」
「……まぁ構わない。 俺としては先に進みたいが、アキレアに従おう」
軽く「悪い」と謝ると、大山は紅茶を飲みながらヘラヘラと笑う。
「まぁ、新婚に無理させるつもりはねえよ。 俺もそろそろゆっくりとしたいからな。 ……というか、そろそろこっちに移りたいんだが、俺の家事スキルかなり上がってきてるぞ、ロムが働かねえから」
「こちらも雑事をこなせる奴がいないからな。 来るなら多少はしてもらうが」
というか、ほとんど不審者メイド一人の手で保っているのがエンブルク家の現状だ。 あの不審者がいなければ最悪ゴミ屋敷が二つ生まれる。
「……まだあっちに住むわ」
「そうしろ」
話がついたので大山とロムが出て行き、月城が眠そうに目を擦りながらこっちを見る。
「何の話をしてたの?」
「大したことではない」
「もー、また私を除け者にして」
月城が怒ったふりをする。 最悪の場合、月城やロトが敵になる可能性もあるのだから、折を見て説明した方がいいだろう。 ロトには会うことが出来ないが。




