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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第十二章:強くなりたい≒弱くなりたい
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剣聖剣奴③

 勝てるだろうか。 と一抹の不安が過ぎる。

 エルと死別したくない。 だから死ぬのは嫌だと思うが、そう思ったからといって屋敷に逃げ帰ることも出来ない。


 最悪、エルとどこまでも逃げればいい。 即死さえ避ければ他を見捨てて逃げることは出来る。

 この場にいるシシトは特に危険だが、天秤にかけるまでもなくエルの身の安全の方が重要だ。


 どういう状況であれど、エルを背負って逃げるだけの余力は残す必要があるだろう。


 能力に意表を突かれたが、単純な技量はリアナと同程度で身体能力は俺と同じほど……怪我や能力の分だけ幾分か不利だが、先の一戦でのことを思えば、若干の戸惑いが見えた。


 攻撃したくない、殺したくないという意思が見えて、それが隙になり得ることを考える。

 グラウの教えを思い出しながら、剣を握り、腕を下げて男が来るのを待つ。


「高みへと朽ちればいい。 煩雑なことを除き、敵と自らを見据える。 怒気、敵意、害意、戦意、無駄な感情は取り除き、心配事も忘れておく。

やるべきことは剣を振るうだけ、高みへと朽ちゆく、高みへと」


 口にしながら、確かにその感情を消していく。 思考のブレが失われていき、考えがいつも以上に単純になるのを感じる。


 足音に目を開ける。 俺がいることを知っていたかのように男が落ち着いた様子で歩いてきており、言葉は必要がないと言わんばかりに抜き身の剣を俺に向けた。


 いつも思う。 戦うのは嫌いだと。


 両手で欠けた剣を握る。 背にはエルがいる以上、後退の選択肢はなく、逃げることを選ばない限りは、前に進むだけだ。


 汗で手が滲む、靴底で地面の感覚を確かめ、膝を曲げる。 現状、最高速の攻撃、最効率の動きで地を蹴る四式──それから地面に着く前に足元へシールドを張り、それを蹴り再び加速。


 高みへと朽ちゆく刃の四式はどんな走法よりも速い。 瞬時に身体を高速に持っていくことが出来るが、当然、一度地面を蹴れば身体が浮かび上がり、それ以上の加速を不可能とする。


 俺の魔法、シールドは何者よりも早く展開が可能だ。 足が地面に着くことを待たずに出現したシールドを蹴り、再加速。


 剣は振らず、予め置くように剣を持ち、通りすがり様に当てるだけ。


 手に感じた感触、地面に足が触れ、ブレーキを掛けながら止まろうとするが、地面に長い線が引かれて靴の底がなくなって漸く止まることが出来た。


 遅れて、男の身体がズレるように斬れて地面に沈む。 勇者が異世界へ帰るときの光と共に、赤黒い瘴気が男から漏れ出て、エルの元に伸びていく。


 勇者に能力が移る現象と理解し、再び四式でエルの元に駆けて庇うように抱き締める。


「んぅ!? アキさん……?」

「……大丈夫か?」

「何がですか?」

「瘴気がエルに入り込もうとしていたが……」


 振り返るが、瘴気はなく男の身体も消えていた。 血が吹き出たのと勘違いしたのだろうか。 何にせよ、勝てて良かった。


 エルは俺を抱き締めながら、よしよしと俺の頭を撫でる。


「んぅ……今日はもう帰りましょう。 ケトさんに治癒魔法を掛けてもらわないといけないですし、ここからなら治癒院よりも家の方が近いですから、ケトさんにしてもらっている間に治癒魔法を使える人を呼んできて、治してもらいましょう」


 エルは俺に肩を貸そうとするが体格差がありすぎてどうしようもない。 仕方なくシシトの肩に寄りかかりながら歩こうとするが、足が動かない。


「……悪い、足の筋肉が断裂したらしい歩けない」

「すみません、俺が街に来たいって言ったせいで……」

「気にする必要はない。 俺がもう少し強ければ良かっただけだ」


 シシトに背負われて屋敷に帰るが、戦闘の興奮が切れてきたのか、徐々に全身の痛みが戻ってきてあまりの痛みに気を失いそうになる。


「……アキさん」

「なんだ」

「……もう、家から出ないでください」

「いや、それは無理だろう。 どうしても用事が……」

「出る度に……ボロボロじゃないですか。 アキさんが怪我をするところなんて、見たくないです、見れないです」


 鼻水を啜っているエルを見て、仕方なく頷く。


「……分かった、そうしよう」


 家から出ないなど、どうかしている約束ではあるが……エルにはどうしても弱い。 泣かれてしまえば、例えば、世界を滅ぼせと言われても、そこら中の人間を皆殺しにしろと言われても逆らうことは出来ないのだ。


 エルはずっと背負われている俺の手を握りしめて、少しでも魔力が回復する度に治癒魔法を使っていく。 そのおかげか、少しだけ痛みがマシに感じられる。


 むしろ浅く切られたことよりも高みへと朽ちゆく刃による自滅の方が怪我が大きいが、エルに怒られそうなので黙っておく。


 邸に戻ってきたところで自室に転がされ、多くの奴に見られながら治癒魔法を受ける。


「……鬱陶しいから出て行け」

「えぇ、みんな心配してるのに」

「いらん。 これぐらいならすぐに治る。 眠れないからエル以外出て行け」

「……無理したらダメっすよ?」


 狭い部屋からゾロゾロと人が出て行き、溜息を吐き出す。


「面倒だな」

「……それだけ、アキさんが好かれているんですよ」


 エルが不満そうに言い、なけなしの魔力を使って治癒魔法を使うが、まだ動けるほど治ったりはしない。 後で街の魔法使いに来てもらうが、それでも足りないだろうから、しばらくエルとケトに頼りきりになりそうだ。


「エル、俺はお前が好きだ」

「……知ってます。 でも、アキさんのことが好きなのも、僕だけがいいんです」


 不満そうな表情のままエルはベッドに入り込んでおれの身体を抱き締める。


「怪我、痛くないですか?」

「エルといたら、エルの方に集中するから痛みは分かりにくいな」

「……痛いんですね」


 誤魔化しが通じない。 エルは布で足を固定し、筋肉の断裂が悪化しないように処置をする。


「寝返りとか打ちにくかったら手伝いますから」

「手の方はそんなに怪我をしていないから体勢ぐらいなら変えれる」

「……ごはん、食べにくかったら食べさせてあげます」

「いや、それも問題ない。 部屋までは運んでもらわなければいけないが」


 動かないのは脚で、腕は問題がない。 そう伝えるとエルは目に見えてがっかりとした様子を見せる。


「……いや、今、手が痛くなってきた」

「そうです? えへへ、なら仕方ないですね」


 斬られた部分や焼いた部分は大方治ったが、脚はまだかかりそうだ。

 ……エルは夜になると不安が押し寄せてくる性格なので、今はまだ大丈夫だが、覚悟しておいた方がいいだろう。 最悪縛られても抵抗しない方がいいかもしれない。


 もしかしたら「他の人には斬られるのに僕に斬られるのは嫌なんですか」と斬られる可能性もあるが、その場合抵抗すべきか否か……。


「エル、俺は誰であろうと斬られるの嫌いだからな」

「……? そりゃそうですよ」


 とりあえず、早めに対処しておいた。

三歩動けば肉離れになる男

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