空へと落ちる日⑦
玄関の近くで剣を振り回していると、懐かしい顔を見る。
事実としてはそう昔のことでもないけれど、大きく変わった状況や環境のせいか、やけに懐かしく感じてしまう。
長い金の髪に、負けん気の強そうな表情と携えた剣。
「リアナか、久しぶりだな」
「……ああ、久しぶりだ」
エルは俺は後ろに隠れて、リアナの様子を伺うようにする。
軽く頭を撫でて、他の勇者であるロトの仲間だと伝える。 元知り合いであると知り、エルはおずおずと頭を下げる。
「……あの、僕は……エル=エンブルク、です」
「それは知っているが、どうしたんだ?」
「エルは記憶喪失だ。 お前もどうした、ロトは……そう言えば、前にロトが来たときにいなかったな」
リアナは記憶喪失と聞いて目を丸くしながら、エルの目を見る。
「……目が黒いな」
「あまりジロジロ見るな。 ただでさえ気が強そうで怖い顔をしているんだから……。 何の用かは知らないが、とりあえず茶でも用意させよう。 ……いや、もう昼食にでもした方がいいか」
「……怖い顔しているのか……」
エルの手を握りながら屋敷に向かうと、リアナがキョロキョロと見回しながら小さく口にする。
「随分と様変わりしたな」
「人を匿うことになったが、部屋が足りなくてな。 今は多く余っているが」
リアナは少し笑ってから俺の後ろに続き中に入る。 ケトを呼ぶように不審者に頼んでから応接室に通す。
ケトとは俺より長い間旅をしていた仲だから会いたいだろう。 と思ったが、少し気まずそうだ。
「……記憶を失ったのなら、先に自己紹介をした方がいいか。
リアナだ。 アキレアとは……というかアキレアと以前のエルとは少しの間だが、共に旅をした仲だ」
「えと、エルです。 よろしくお願い、します」
「知っているけど……。 友人に忘れられるのは少し寂しい気もする」
「す、すみません……」
リアナはおどおどとしたエルの様子に顔を顰め、エルはまた謝る。
「……それで、ロトとは離れたのか?」
俺の問いに、リアナは答えを先延ばしするように調度品を眺めて、ゆっくりと何気ない風を装って答える。
「足手まとい。 だって」
「……ロトらしいな」
少しの笑うと、エルがぎゅっと手を握る。
「そうかもね。 ……守ろうとして遠ざけられた」
「……リアナもこれ以上戦う必要もないだろう。 心配して離されたのなら……それに従ってもいいんじゃないか?」
「貴方ならそうするの?」
「……まぁ、離れるぐらいなら死ぬが」
そうは言えど、現実問題として実力派では俺やロトは勿論のこと、レイにすら数段劣るだろう。 ロトも戦いが苛烈になるほど、非力な彼女を心配したに違いない。
かと言ってリアナの気持ちも分かる。 思うに……恋仲に近い仲だろう。 それが実力が足りないからと置いていかれて「はいそうですね」とは思えないだろう。
俺なら薬を盛って監禁してでも押しとどめる。
少し傷の増えたリアナの手足を見て、エルにふとももを抓られながら話を続けた。
「用はだいたい分かった。 ロトの手足を落として、動かないようにしてくれという頼みだな。 任せておけ」
「違う。 というか絶対に止めてくれ。 ……私に稽古を付けてほしい。
剣聖の元に行こうと考えていたが、独力ではそこに向かうことすら叶わない。 強くなりに行くために、強くしてくれ」
リアナは机に額を押し付けるように頭を下げる。 思いは伝わってきて、友人の恋人であることもあり無下にする気にはならない。
エルが俺の手を握り、彼女の身体を抱き寄せて膝の上に乗せる。
「あ、アキさん!?」
「大丈夫だ。 リアナの前でこれぐらいならしていた」
「そういう問題じゃ……ないです」
顔を赤くしながらもおとなしくしているエルの頭を撫でて、リアナの頼みを引き受ける。
「模擬戦の相手ぐらいにはなってやるが……教えるのは不得手だ。 元来の基礎ならばむしろリアナの方が優れているだろう。 所詮は剣を握り始めて一年やそこらの素人だ」
「ありがたい」
しばらくは泊まらせた方がいいか、そう判断すると、不審者が呼んでくれたことでケトが来たので世話は任せることにする
昼飯は……部屋に持ってきてもらうか。 エルと二人きりの時間が減ってしまうので、少しでもマシにして我慢してもらおう。
ケトに一任したあと、応接室から出て使用人の一人に昼食を部屋に持ってくるように伝えてから自室に戻る。
「……アキさん、女の人の知り合い多いです」
「まぁ、知り合い程度だ」
「……可愛らしい人です」
「エルの方が可愛い」
「……綺麗な人です」
「エルの方が綺麗だ」
「……おっぱいが大きいです」
「エルの方が……いや、それはないけれど、エルの胸は好きだ」
エルはむっ、と表情を顰めて自分の胸を服の上からペタペタ触る。 当然ない。
「……アキさんって、僕のこと好きですよね」
「そうだな」
「……他の女の子と話したあとは、僕に好きって言ってください。 不安になります」
「エルは、嫉妬深いな」
「……嫌ですか?」
「それも可愛いと思う」
よしよしと頭を撫でて、甘えるように俺の膝の上に座ったエルを抱き締める。 小柄で、とても可愛い。
脳を溶かすような甘い匂い。 細く柔らかい髪の毛は触っているとふわふわさらさらと幻想的な感触がする。
「アキさんは奇特な人です」
「そうでもない。 ……エルに言いよる奴は多い」
「そうなんですか?」
「その度、不安で仕方なくなる」
「えへへ、大丈夫ですよー? 僕、アキさんが大好きですから、浮気なんてしません」
エルは俺が不安だと言えば上機嫌そうに笑みになり、バタバタと手を動かす。
「ずっと、僕が嫉妬してましたからね。 ちょっと嬉しいです」
「エルは好かれているが、俺は知り合いってだけだからな。 むしろ嫉妬すべきなのは俺の方だ」
「ん、それはないです。 みんなアキさんを取ろうと狙ってます」
「それはない」
俺が否定すると、エルは俺の目を見つめながら首を横に振る。 何か鬼気迫る勢いがあって少し怖い。
「アキさんはとても魅力的でかっこよくて優しいので、みんなアキさんを取ろうとしてます。 知ってます、隙あらばと狙ってます。 みんなアキさんを奪おうとしてます……! !」
エルは少し変だ。 そんなことはないと宥めながら触りまわし、腹から上に上がろうとした手をはたかれる。
「昼間から、そういうことをしないでください」
「夜ならいいか?」
「恥ずかしいので……んぅ」
ダメなのか。 エルも好きな頭を撫でて、彼女の機嫌を取っていると扉の近くに魔力を感じたので、エルから少し離れる。
「兄貴、昼食をもってきたッスよー。 扉を開けてッス」
シシトか。 扉を開けて盆ごと受け取り、軽く礼を伝える。
「あ、今ケトさんから聞いたんスけど、あのパツキンの姉ちゃんに剣を教えるんスよね」
「そうだな」
「教えろとまでは言えないッスけど、邪魔にならなければ見学してもいいっぽいか?」
「……同じく見ているだろうエルに近づくためか?」
「姉御に? 違うッスよ。 他の人のは何人か勇者さんと再開出来たッスけど、俺の友達の勇者さんはまだ戻ってこれてないんス。 探しに行きたいんだけど、何もなしで行くのも……」
そう言えばそうだったと思い出し、見学すること自体はエルに近寄らなければどうでもいいが、生兵法を身につけた方がよほど危険に思える。
「……見学は自由にしていいが、街へ行くのはダメだ」
「ッス……でも……」
「俺もいく。 それならなんとか危険も減らせるだろう」
「……ッ! 兄貴……!」
どうせ星矢を取り返す必要もあるのでいつまでものんびりとはしていられないだろう。 それなら、少しずつでも街の様子を探った方がいい。
感銘を受けたようにシシトは礼を言い、シシトのためだけでもないので若干気まずい気分になる。まぁいいか。
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