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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第十二章:強くなりたい≒弱くなりたい
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空へと落ちる日⑥

 窓の外、星空がやけに近く見える。

 父が死んだのか、と、何の根拠もなく思う。


 エルの寝顔を見て、守らないとならないと思いが強くなる。

 柔らかい頰を突き、指が思ったよりも埋まって驚く。 ……柔らかすぎるだろ。


 父の遺体が帰ってきたら、母と同じ墓に埋めてやることにする。

 葬式は人任せでいいか。 どうせ嫌われ者だ。


 落ち着かない。 剣を手に取って息を吐き出す。 重い、剣が酷く重い。

 技術としても荒削りなところが取れてきて、身体も一年前に比べれば強く大きくなった。


 だから、大丈夫だ。 などと言い聞かせても不安感は拭えず、エルの頰を触っていた手を離して立ち上がる。 カーテンを閉めて、部屋から出て外に向かう。


 人がいないことを確認してから、線を滑らせるように剣を振るう。 脚を動かし、音を立てず、無駄な動きを消して、仮想敵を切り裂く。

 グラウの使っていた二式は俺のものと違い、身体への負担が小さかった。 何が違う。


 明確に違うのは得物だろう。 木剣と鉄剣では重量が遥かに違い、その分だけ返す時の負担が幾倍にもなる。

 かといって木剣では武器の強度が低く、斬るのはまだしも守ることには不向きで、エルを守る必要があるので向いていない。


 ものすごく軽くて硬い武器があればいいが、そんな都合のいいものがあるはずもなく、技術でどうにかする必要がある。

 いや、短剣と木剣を二つ持って、守るのを短剣で斬るのを木剣にすれば……片手で高みへと朽ちゆく刃を放つのはそれはそれで負担になるな。


 斬る時だけ刃が伸びるような便利な武器があれば……と考えて、そういう魔道具なら珍しくなくある気がする。


 また探すか探させるかするか。 とりあえずは鉄剣で十分だ。


 溜息を吐き出して、空を見上げる。 空に星が見える。 黒い中で浮き立つような星の灯りは、俺のような貧弱な感性しかなくとも、やはりそれでも美しい。


 手を伸ばしてみても掴めるはずもなく、エルに贈ることは出来ないと溜息を吐き出した。


 エルは産まれた世界も違うけれど、見て育った星空も違うのだろうか。


 今日は一段と綺麗な空だ。 エルにも見せてやりたいと思っていたら、少し離れたところにある扉が開く。


「あ、アキさん! ……起きたらいなかったので、心配しました」

「悪い。 少し剣を振っていた」

「ん、頑張り屋さんです」

「動かないと落ち着かないだけだ」


 俺の方を見ていたので、軽く何か見世物に出来ることでもないかと思い、不意に落ちてきた木の葉が目に入り、それを斬ることに決める。


 木の葉を斬るのは意外にも難しい。 軽いそれは剣の風圧で舞うせいで、ひらりひらりと刃を躱し、当てても重さがないせいで斬るではなく押してしまったり、と上手くいかない。 それを利用し、大したことではないけれど妙技のように見せることにする。


 舞う木の葉を切っ先で受け止める。 当然軽さのせいで切れることはなく、ゆっくりとそれを上に投げて、落ちてくる木の葉の下で剣を振って風圧で浮かせ続ける。


「アキさん、すごいです!」


 軽く息を整えてから、よく斬る技術を扱い、木の葉の側面に刃を通し、二枚に下ろす。


「あれ? 増えました?」

「薄く切った」


 またその二枚を半分に薄く切り、四枚にする。 それを風圧で飛ばしてから適当な形に切り、手で四つ受け止めて、エルに手渡す。


「お花みたいに……! ありがとうございます」

「まぁ、これぐらいなら難しくはないけどな」

「一生大切にしますね、アキさん」

「いや、すぐに腐るだろうし捨てた方がいい」


 そう言うけれど、エルは嬉しそうに持っていて、それ以上は強く言えずに諦める。

 剣を地面に置いてエルの手を握りしめる。 小さい手を握り潰さないように気をつけていると、エルの方が強く俺の手を握った。


「……そう言えば、エルにはあまり贈り物とかしてやれていないな」

「んぅ……アキさんが隣にいてくれたら、十分です」


 嬉しいことを言ってくれる。 思わず抱き締めて持ち上げる。


「アキさんって、小さい女の子の方が好きなんですか? 僕、言いたくはないけど、子供みたいじゃないですか」

「他の女を好きになったことはないから分からない」

「いひひ、僕だけですね」

「そうだな、エルだけだ」


 嬉しそうにエルは笑って、ニコニコと笑みを作る。


「アキさんも学校に行ってたんですよね」

「成績が悪すぎて退学になったけどな」

「可愛い女の子とかいなかったんですか?」

「いなかったな」

「今も周りにいっぱい女の子いるじゃないですか? 僕がいいんですか?」

「エルがいい」

「いひひー、大好きです」


 エルは俺に抱き着きながら、俺と共に空を見上げる。


「月が大きいです」

「こんなもんじゃないのか?」

「僕のいた世界だと、もっともーっと小さかったですよ。 この月は、振ってきそうなほど大きいです」

「……そうか」


 彼女と同じ景色を知らないだけで、こんなにも辛い。

 あまりにも広すぎる世界が、ここだけに収まらず、もう一つあるのだから、俺の知らない景色を彼女が知っているのは当然だ。

 何もかもが一緒でないといけないと思うのなんて馬鹿げている。


「不安なんですか?」


 見透かしたような、エルの声。


「まだ18歳ですもんね。 しっかりしていますけど」

「もう十分大人だろ」

「僕の世界だったら、20歳からですよ?」

「……遅くないか?」

「遅いかもしれません。 でも、それでも早いかもしれないぐらいですよ?」


 甘えてもいいと、エルは言い。 父親がいなくなって不安など、子供らしい感情を認めてもらえる。 気恥ずかしいけれど、かっこつけてエルに触れるチャンスを逃すのなど、馬鹿らしく、以前に使ったベンチに座って、隣に座ったエルの手を握る。


 黙って空を見上げ、綺麗だ。 と心中に思っていたら、エルが目をパチパチと動かす。


「どうかしたか?」

「……これ、幼稚園より昔にみたプラネタリウムと似てます」

「幼稚園? プラネタリウム?」

「星空を模した天井を見る場所です」


 エルは首を傾げながら、月を見る。


「月は……徐々に地球から離れている。 似ている星空……」

「どうした?」

「……でも、気温とか空気の成分が色々とおかしいけれど、でもやっぱり……」

「エル、どうしたんだ?」

「ここ、過去の地球です」


 地球といえば、エルのいた場所のことだ。


「未来の地球、とか……そういうのは想定していたんですけど、過去は考えてなかったです。 植生や動物が違ったので」

「……じゃあ似てるだけで、違うんじゃないか?」

「そうかもしれないですけど……。 可能性は高いです。

でも、僕の世界の過去には哺乳類がまだいないはずですし、人間もまだまだのはずなので、正確には過去ではなくて……。

僕の世界の過去の未来、あるいは僕の世界の未来の過去の未来ですね」


 全然分からない。


「僕の世界から過去に渡ると、元々いなかったはずの人が増えたりするので未来が変わるじゃないですか? その変わった過去に僕が来たみたいな感じですね。 テラフォーミングみたいなのされてますけど」

「……それはすごいことなのか?」

「……いっそ、人を生み出した神に近いですね。 やっていることは」


 すごいことなのか。 すごい、女神か、他の神かは分からないけれど、神はすごい。

 女神のことなど、エルに隠したままでいいのだろうか。 迷うけれど……優しいこの子に重荷は背負わせたくない。


 エルの膝に倒れこみ、鼻をエルの腹に押し付ける。 腹なのに柔らかい、不思議である。

 「きゃっ」と可愛らしい声が聞こえ、その後に頭を小さな手で撫でられる。


「まったく、仕方ない人です。 こんなところ、他の人に見られたら恥ずかしいですよ?

いつもキリってしてるフリをしてるのに、外で甘えて」

「……べつにいい」

「いつもかっこつけてる癖に……。 ん、見られないように見張っておきますね。 でも、寝たらダメですよ? 風邪ひきます」

「また看病してくれるか?」

「しますけど、わざと風邪ひくのはやめてください。 引かなくても看病? してあげます」


 べったりとエルに抱きつきながら頭を撫でられ、少し気分が落ち着いた。

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