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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第十二章:強くなりたい≒弱くなりたい
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空へと落ちる日④

 ここのところ……エルの落ち着きがない。

 暇があればにゃん太を探し、様子を見てはソワソワと動いている。

 まぁ、妊娠していれば気になりもするかと思うが元々人の手がなくとも産むので問題ないと諭し、ロムからもお墨付きをもらったがやはりまだ気になるらしい。


 夜中に寝ていると、エルがモゾモゾと動き、ベッドから這い出る。 抱きしめていたこともありすぐに目覚め、トイレだろうと思い前まで着いていこうとすると、エルは驚いたように目をパチクリと動かす。


「あ、アキさん……」

「ん、どうした?」

「……な、なんでもないです」

「トイレなら、扉の前にまでは付いていく」

「……いえ、ちょっと目が覚めてしまっただけです」


 そんなににゃん太のことが心配なのだろうか。 エルは落ち着きのない様子でベッドに戻り、ソワソワとしながら俺に抱き着く。


「気になるなら、少し見てきてもいいと思うが」

「だ、ダメです!」

「ダメって? 見たら良くないか、大丈夫なら安心するだろ」

「ダメです! にゃん太がストレスを感じてしまうかもしれませんから、ダメです」


 昼間はずっとチラチラと確認しにいってたのに、今度はダメか。 まぁエルも反省しているのだろうと思い、エルの上に手を乗せて目を閉じると服の袖を通し引っ張られる。


「……どうした?」

「あ、あの、僕のこと、好きです?」

「ああ、当たり前だろ」

「……ちゅ、ちゅーしましょう。 アキさん、大好きですよね? ちゅーするの」


 不思議な様子だけれど、切迫したように見えてどうにか落ち着かせてやりたいと思い、抱き締めて背中をトントンと叩いた。

 ベッドの上で二人で横になりながら顔を近づけ、人形のような整った顔に見惚れながら唇を触れ合わせる。 細部であっても別の生き物であると感じられるほど柔らかく、落ち着かせるという目的も頭から抜けて、舌を出してエルの口の中に侵入させる。


 普段はされるがままにしているエルだが、今日は小さな舌を俺の舌に絡ませて、ぎこちなく動かす。 下手な動きが気持ちよく、水音を立てながら少女の口内を嬲っていく。


「んぅ……アキ、さん……」


 涙目になり俺の名前を呼ぶ彼女との間に唾液の線が伸び、ゆっくりと細くなり途切れる。

 今にも泣き出しそうな表情は、無理に彼女の口を犯したからかと思ったが、その考えを否定するように、もう一度エルの方から唇を合わせる。


 そこまではいいが、自分から舌を伸ばして俺の口の中に入れる勇気はないのか、啄むように唇を触れ合わせるのを繰り返すばかりだ。

 そういったところも可愛いと思っていると、エルの目から涙が溢れ出る。


「あき、さん……好きです。 大好きです。 大好きです大好きです大好きです大好きです。 僕のこと、好きですよね、好きって言ってください。 好きって……」


 エルは目を潤ませて、酷く狼狽えた様子で繰り返す。 あたまを撫でて、好きだと何度も繰り返し言えば、エルは少しずつ荒れた息を戻して、俺の胸に顔を埋めて「ひくっ、ひっく」と抑えるように泣き、しばらくしてからそれが寝息に変わる。


 安らかな寝顔と言うには、涙とキスで汚れているけれど少なくとも安心して眠れたらしく、怯えた表情は無くなっていた。 ベッドから立ち上がって顔を拭くための濡れ手拭いを用意しようと思ったが、非常に強い力で服が握り締められていて引き離せない。

 仕方ないので服の袖で目元と口元を拭い、エルの頭を撫でる。


 怖い夢でも見たのだろうか。 まだ少し落ち着いていないようなので、背中を軽くトントンと叩いてやり……子供にするやつだと小さく思う。

 エルは俺を子供と笑うけど、エルも似たようなものだ。


 少しダメなところも可愛いな。

 とりあえず、また起きたときに怯えないように少し寝るのは我慢しておくか。


 落ち着いた様子になってから目を閉じて、眠りにつく。


◇◆◇◆◇◆◇



 エルがモゾモゾと動くのを感じ、目を開ける。 すこし目が腫れているけれど、また泣いたという風には見えず少し安心してから軽く凝った身体を伸ばす。


「おはよう、エル」

「んぅ……おはようございます。 すみません、昨夜は取り乱して……」

「いや、大丈夫だ。 ……どうしたんだ、怖い夢でも見たのか?」

「そう言うわけではないですけど……」


 まだ少し怯えを見せており、余程怖い思いをしたのだと思ったが……夢でもないとなると、思い当たることがない。

 昨日は風呂もエルの浄化の魔法で済ませたので、離れたのはトイレに行った間だけで、それも扉の前に立っていたし、変な物音もなかった。 その後の様子もいつも通り恥ずかしがっていただけで……夜に急にとしか言いようがなかった。


「……何かあったのなら、相談してくれ、エルが辛いのは見たくない」

「ん、んぅ……なんでも、ないんです」

「なんでもないということはないだろ。 大したことじゃなくてもいいから、教えてくれ」

「……ごめんなさい。 言えません」


 泣きそうな表情をしているエルを見ると、これ以上問い詰めることはできない。 非常に心配だけれど、甘やかせば多少は緩和するようなのでヨシヨシと頭を撫でてやる。


「アキさんは、優しいです」

「エルにはな」

「そんなことはないですよ。 とびきり優しくされてますけど、他の人にも優しいです」

「……それが嫌だったのか?」

「違いますよっ。 そこまで嫉妬深くは……ないです、多分、ちょっとしか、なんとか我慢出来る範囲です」


 ……嫌だったのか。 だが、それがあの怯えとは関係ないのは確からしいので、ひとまず置いておくとして理由を考える。 ……にゃん太の妊娠がよほどショックだったのだろうか? 他に気にしていることはないようだし……と思うが、驚くのは分かるがそんな不快な出来事でもないだろう。


「……あの、あまり理由を考えないでくれると、助かります」

「そんなに知られるのが嫌なことなのか?」

「……絶対に、知られたくないことです。 今後は、取り乱さないように気をつけます」

「いや、取り乱すことがダメなのではなく、エルが怖がることを防ぎたいんだが」


 エルは首を横に振って、ベッドから降りて鎖を取り出す。


「……縛っても、いいですか?」


 ……まだ取り乱しているのだろうかと思ったが、思い詰めたような表情だ。 鎖を持って俺ににじり寄り、俺は思わず後ずさる。

 目が座っている。 逃げたり抵抗するのは非常に簡単だが、それをすると何をしでかすか分からない恐怖がある。


 本当にどうしたのか。 女神やらの影響かと思ったが、今エルの持っている能力はグラウの物だけで、悪影響があるとは思い難い。


「……話し合おう」

「話せないことです。 ……アキさんを縛ったら、十分で戻ってきます。 そのあと、何でもしてあげますから……少し縛られていてください」

「……意味が分からない。 何があって、何をする気なのか……一つも分からない。

魔力は感じられないが、勇者の能力の影響も考えられる。 エルの頼みでも、それが本当にエルの思いに沿っているのか分からない」


 エルは押し黙り、鎖を置く。

 泣きそうな顔のまま俯いて首を何度も横に振る。


「……じゃあ、一ヶ月ぐらい……この部屋から、出ないでください。 僕も、出ませんから」

「……いつものようなのか?」

「いえ、一歩も駄目です」

「……飯やトイレはどうするんだ」

「ご飯は、頼んで運んできてもらいます。 トイレは……その、壺とかにして……僕の魔法で……とか」


 正気だろうか。 一般的に俺もエルも正気ではないのが基本ではあるが、それに輪をかけておかしな様子である。

 エルのそういう行為を見たいという思いもあるけれど、やはり様子がおかしく頷くことは出来ない。


「少し落ち着こう。 ……とりあえず、今はここから出ないからすこし話そう」

「……はい」


 椅子に座ったエルを見て、姿を変える能力とかでエルの姿を真似している別人ではないことを確信する。 若干、様子があまりにおかしいので疑ったが、姿形も小さな癖や息遣いも完全にエルである。


 神の乗っ取りや洗脳魔法のような能力かと疑うが、それも違うだろう。 表情の作り方や喉の震わせ方や口の開き方で、エル以外の意思があればすぐに分かる。

 それに少し安心するが、やはり変な様子なのは変わらない。


「……えーっと、落ち着くまで、撫でてやろうか?」


 エルは小さく頷き、立ち上がってベッドに入り、俺の膝の上に転がる。

 とりあえずエルの頭を撫でて、俺自身も混乱している頭をなんとか落ち着ける。


 エルは何かしら不安になっていて、それは俺に言えないことで、おそらく俺と一緒にいたときにその不安になる原因があった。


 ……何があっただろうか。


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