グラウの昔話
エルの後ろに付いて、外に食べに出る。
この近辺には来ることが少なかったので知ってる店がないので、どこに入っても安心だ。
二日酔いのせいか少し頭痛がして頭を抑えながらエルを追い越し、扉を開けてエルの選んだ店に入る。
ぴったりと俺に付いていてくれたおかげで扉を開けてエルが入ってくるのを待つ必要もなく済む。
小洒落た店といった印象の内装だ。
何処か落ち着かない感覚を覚えながら、店員に机まで案内されてそこに座る。
「落ち着きますね」
エルと俺は席に着いてから、同時に小さく息を吐いたが、その感想は真逆だった。
「そうだな」
なんとなく嘘を吐いて、前の席に座るエルを見る。
可愛い。 ではなく、育ちはいいところの子供なのだろうか。
普通、もっと小汚い酒場みたいな場所の方が落ち着くような。 いや、俺もいいところのやつだったな。
「それでアキさん。 その、グラウさんの修行ってどんな感じなんですかね?」
「内容は分からないが、一日三時間を三日するだけらしい」
「なんか騙されてませんか?
僕の世界でもそういうのありましたけど、だいたい成績上がりませんからね」
成績と聞くと、学生時代のことを思い出してしまう。
思い出せば、実技だけでなく筆記も成績が悪かったな。
「まぁ、金を払うわけでもないからな。 どっかの流派の技を知るだけでも価値はある」
なんだかんだ言っても、俺の剣は適当に振り回しているだけだ。
黒装束の少女との戦闘を振り返ってみれば、俺の方が早く力も強いのに、最終的にはどうにかなったものの拮抗ないし押されていた。
「強く、なりたいからな。 ならないと怖いんだ」
エルの顔を見れば、どうしても恐怖が俺の身体を覆う。
「アキさんは怖がりですもんね」
エルは少しだけ笑い、俺の方に手を差し出す。
その手を掴むと柔らかく暖かくて安心する。
「あの……ご注文、取ってもよろしいでしょうか……?」
逃げようとして捩るエルの手を強く握り、メニューを適当に見る。
「じゃあ、このモーニングセット? ってやつで」
「んぅ、僕も、それで、お願いします」
エルの手を握ったり撫でたりしているうちにモーニングセットという洒落乙な物が来たのでエルの手を離す。
「いただきます」
そう言ってからエルは食べ始める。
思ったより量が多いが、エルは食べきれるのだろうか。
結局、1.5人前の料理を食べてから外に出る。 横にエルがいるから見ることの出来る時計塔を見れば、グラウの修行までの時間にはまだ一時間程の余裕がある。
「どうしますか?」
「どうするって言ってもなあ」
何かをするにしても、時間は足りないだろう。
特に欲しいものとかもなく、エル用の毛布は少しだけ欲しいが、旅に出るまでは宿にあるので充分だ、むしろ荷物が嵩張るので今はない方がいい。
「エルは行きたいところとかないのか」
「僕ですか? んぅ、そうですね、本屋さんを見てみたいです」
「行ってもいいが、買うのは無理だぞ。 あぁ、あと本屋ではないが、図書館があるな」
「なら、そっちに行きたいです」
図書館がある方に行くなら、俺の髪の毛を隠せるようなのが欲しいな。
元父親に似た髪色は珍しいので知り合いに見つかったら一瞬でバレてしまう。 何せ父親の友人であり面識のないグラウにさえ一瞬でバレたぐらいだ。
「その前に、背中に穴空いてる服を買い直しておくな。 そういう場所にこれでいくのは」
図書館に向かいながら服が置いてある店に入る。
男性物の服は少なく、少ししかないが充分だろう。
適当に目立たなさそうなフードの付いたを取り、会計に向かおうとしていたらエルが飾られていた一つの服を見ていた。
「欲しいのか?」
「えっあっ、違います。 可愛いとは思いましたが。
そもそも、サイズの差が違いすぎるので」
エルの言葉に納得して頷く。
「それを買うんですか?」
「あぁ、髪の毛を隠したくてな」
そう言ってから、言わない方が良かったと気がつく。
まぁいい、エルはそんなに探りを入れたりはしないだろう。
「エル。 お前の分も買うぞ。
ここなら問題なさそうだが、どこでも勇者なのが丸わかりなのは避けた方がいい。 それに夏は陽射しを避けれる服装じゃないと暑いぞ」
「えっ………。
はい! ありがとうございます」
エルは何が嬉しいのか分からないが、さっきまで見ていた飾られていた服のものすごく小さい版を取り出す。
……小さいサイズあったのかよ。
エルにそれを手渡されたのを持って会計に出す。 フードも付いていて、長袖で陽射しを避けることが出来そうだ。
会計を済ました後、試着室を貸してもらって服を着替える。
エルと一緒に店を出てから、フードを被る。
「思ったより時間使いましたね。 もうこのまま行った方が良さそうですね」
エルの言葉に従い、少し早いものの時計塔の下に移動する。
多い人集りの中で見つけたり見つけられたりするのは難しいのではないかと思ったが、来た瞬間にグラウの姿が見える。
「おお、やっと来たか」
酒瓶を持った手を振りながらグラウがやってくる。
エルは怯えながら俺の後ろに隠れ、煙と酒の酷い臭いを振りまくグラウの視線から逃れる。
片手に酒瓶、もう片手に葉巻とあまりに自堕落な姿をした初老の男は人集りの中にいても尚目立つ。 というか、一人だけ人集りの中にいるのに人集りの中にはいない。
人の波をを割るようにして移動してくる。
「ここで始めるのは悪いから、適当に移動するか。
夜と違って人が多いんだな」
酷いダメ人間を見た。
エルを後ろに隠しながら、グラウに着いていくと、グラウは自慢気に昔の話を始める。
「実は俺、ここの学校の卒業生なんだよ。 俺は天才すぎて他の奴より一年早く卒業したんだ」
「退学させられてんじゃねえか」
俺も同じなので強くは言えないが、何故自慢気に言っているのだろう。
「あいつ等と出会ったのもここの学校でな。
授業をサボってよく酒場に入り浸ってた時に、いつものようにサボろうとしてたら、雷の魔法をぶつけて注意してきたのが、俺の初恋の人だった」
俺の母親のことか。 幼い時に死んだのでよく知らないんだよな。
一応、俺とは無関係の話のように語ってくれているのは、エルがいるから気を使ってくれているのか。
「いやぁ、あの時は電撃が走ったね」
「物理的にな」
「恋の炎が燃え上がって、煙の臭いが身体から出てくるようだった」
「電撃で焦げてんじゃねえか」
修行に使う場所は街の外らしく、楽しそうにフラフラと歩いていくが、人にぶつかることはない。 明らかに人が避けて通っている。
グラウの背負っている袋からは木剣の柄らしきものが見えていてそれで修行をするらしい。
「それから、俺とあいつは愛を育んだ。
授業をサボろうとする俺と、その俺に電撃を放つあいつ……。 あぁ、懐かしいな」
酒を口に含み、まともに味わう様子もなくそれを嚥下してため息を吐く。
「電撃を撃たれた回数が千を超えるほどになった時のことだ。 あいつに婚約者が出来たんだ。
まぁ、貴族の間なら、在学中に結婚やら婚約も珍しくないがな。 当時は驚いたもんだ。
気になってた女と、気になってた男がくっつくってんだからな」
「えっ、詳しくお聞かせ願えますか?」
「何に食いついてるんだ!」
俺の脇の下から顔をひょっこりと出したエルの顔を手で押し戻す。
何故俺は父親と母親の両方を好きになっている変態に師事を仰いでいるのか、ものすごく不安になってきた。
「そんな中のことだ。 あいつ等が、二人で家出をしたいと俺に相談してきた」
「家出を……本当か?」
「ああ。 男の方が気になってたのは嘘だが、他は本当だ」
あの堅物男が家出か。 あり得ないと思うが、グラウが嘘を吐いているようには思えない。
「確か「惚れた女が、その人生が勝手に決められるのは許せない」だったか。
格差のある家柄の結婚だった。 男の方に比べて女の家柄は悪かった。
だが、あの女は美しかったからな。 貴族でも美しい女を息子の嫁にするのは、羨ましがられる。
女側は家柄を高めることが出来て、男側は息子に美しい妻だ。 お互いに得があった」
エルが小さく「かっこいいですね」と呟いた。
「俺は男を馬鹿だと思ったね。 惚れた女を迎えれるのに、逃がそうって言うんだから。 お前もそう思うだろう?」
俺が答えないと、面白そうにグラウは笑う。
お前はあいつの息子だよ。 そう言っているような笑い方で愉快そうなグラウとは反対に不快に思う。
「確かに馬鹿だな。
どうせ家同士の取り決めなんだ。 結果、そのまま結婚することになるのは決まっている。
無駄なことをするのは馬鹿だ、そこは同意する」
ムキになって言い返すように話すと、グラウは俺の顔を見て豪快に笑った。
「そう思うだろ? そう思ったんだな。
ざんねーんながら、違うんだよ。 悪事と剣の天才である俺が協力した結果、なんと一年間だ。
その両家から逃げ通すことが出来て、家が折れて婚約は破談になったんだ。
まぁ、前衛に天才の俺で、後衛に優秀なのが二人いれば、ギルドでも傭兵でもどこでも通用したからな」
結果を知っている俺はその話に苦笑するが、エルはその話に引き込まれていた。
急かすようなエルの視線を見て満足したようにグラウは頷き、語りを続ける。
「家が折れた結果。 俺の目論見は失敗した。
逃げてる間に女と懇ろな仲になろうと思ってたんだがな……。
婚約が破談になったのを機に、学校も一年留年だが復学してしばらくしてから、俺と男。 一緒に女にプロポーズをしたんだ。
「君が大切だ。 これからも守らせてくれ」
「お前と旅をしていて、幸せだった。 助けた恩に報いると思って俺の嫁になれ」
って感じでな」
当時の父親のことは知らないが、どちらが父親であるかは考えるまでもない。
「グラウ、お前最低じゃねえか」
「知ってる。
んで、俺が振られてしまい。 破談になったはずの二人が結婚してな。
美形で有名だった二人がフリーになって、それで狙ってた奴等がキレたり泣いたりしてたのは傑作だったな。笑いすぎて涙が出たよ」
泣くのを笑うので誤魔化すのはその時からだったのか。
「素敵な話ですね」
「素敵なもんかよ。 あんだけ苦労した挙句に俺は豚箱行きからな。
平民が貴族の坊ちゃん嬢ちゃんを誘拐したってことでよ。 両家の親がブチ切れたんだ。
あいつ等の結婚式で、呼ばれていた筈の俺がいないってことで、すぐに二人が気がついてくれたから、すぐに出ることが出来たけどよ。 式には結局出られなかったしな。
後で、旅の時に知り合った友人とかも呼んだ小さい披露宴を開いてくれたが。
っと、着いたな」
グラウは街の外に出たのを確認してから、俺に背負っていた木剣を手渡す。
修行の始まりだ。




