続・家造り日記③
エルの願い通り今日はほとんどこの部屋で過ごすことになった。 急な話というわけでもないので、適当にあれをしていて、これをしていてと頼むことも出来たので俺が抜けても変化があることはない。
久しぶりの暇に多少の焦燥を覚えるが、下手に動けばエルは嫌がる。 真面目な対策の話も「他の人」のためであるので振るべきではないだろう。
そういえばしばらくしたのにまだ勇者が来ていない。 最悪、尾喰が逃げられる前に……と始末した可能性もあるが、仮にも勇者がそう簡単に倒されまくるというのも考えにくい。 まぁ、能力がなければ性能がいいだけの人間か。
どうにも不安は抜けないが、勇者は死んだところで元の世界に戻るだけなので気にしなくてもいいだろう。
「いひひ、アキさん」
「どうした?」
「僕のこと、好きですか?」
「ああ、当たり前だろ。 好きだ」
エルは顔を綻ばせ、身を捩りながら、いひひと笑う。 可愛いと思い見つめていると、エルの手が俺の手に触れてにぎにぎと動かす。
「どうした?」
「僕、幸せです」
可愛らしい笑みを浮かべて、ぐりぐりと俺の手を押してくる。 不思議な行動に少し笑ってから、彼女の身体を抱き寄せて膝の上に乗せる。
幸せなら良かった。 俺もエルといられるのは幸せである。
膝の上に丸まっているエルの髪を梳くように撫でて、不安を誤魔化す。 エルは何の不安もないように顔を緩ませて俺の手を握っているが、本当に不安がないのかは分からない。 エルは嘘を吐くし、俺はそれをあまり見分けられない。
「アキさん、どうしました? お腹空きましたか?」
「いや、大丈夫だ。 ……可愛らしいと思って見惚れていただけだ」
「んぅ、誤魔化しました?」
「誤魔化してはいない」
まぁこの嘘もバレているだろう。 分かっているが、本当のことを言うよりかは遥かにマシだ。
エルの身体を抱きしめて、好きだと何度も呟く。
失いたくない。 そう思えば思うほど、この場所から逃げ出したくなる。 尾喰は怖い。
星矢の持っていたほとんど攻撃の通らない能力に加えて、物の破壊を出来なくする能力。 判明しているそれ以外にも多くの能力がある。
勝てる相手なのか、手も足も出ずに負けてしまうのではないか。
敵対しているのにまだ襲いに来ていなかったり、街中で潜伏しているといった現状を思うと誰にも負けない無敵のような勇者だとは思えない。
ほとんど話題にはならないが勇者はレベルやスキルポイントというルールに縛られているため、複数の能力があっても使いこなせないのだろうか。 少なくとも……勇者の能力はレベル1の時点では大したことは出来ない。
ああ、だから他の勇者に能力を使わせているのか。 持っている勇者のレベルに合わせて能力の強さが決まるから、レベルの高い勇者に持たせている。
ただ、なら魔王とはなんだ? 尾喰は魔王化しているらしいが、レベルの問題ではないのか。
……レベルがどうとかなら、とっくの昔にロトが魔王とやらになっているか。
レベルだけならロトより高い奴はいないはずなので、レベルの問題ではない。 魔王の言い伝えを考えれば、魔物を従える悪い奴で強い奴か、俺に命令をした魔物は魔物を従えさせていそうだが、尾喰はしていなさそうだ。
そもそも、定義付ける意味はあるのだろうか。 強い勇者、悪い勇者と表現したらいいだけではないのか?
というか……復活という表現はおかしいのではないか? 勇者が成るのであれば誕生だ、それこそ復活というなら……瘴気が集まって魔物になるとか……。
経験値、魔物化? ……魔王。
復活……などという言い方だと、それこそ別の存在が勇者の中に入っているようで……。 別の存在。 瘴気のことか? いや、あれは有象無象の元人間だから違う。
何を見落としている? いや、俺が分かるようなことはとっくにエルや大山が分かっているか……エルは隠す可能性もあるが、大山は違うだろう。
いや、違うな。 そもそもが俺と勇者では立場が違う。 分かることは違う。
……何を見落としている。 情報は多い、推測は立つはずなのに、エルも大山も分かっていないらしい。
何か間違った情報があるのか? 前提として間違えているものが……。
神の目的はなんだ?
ふと思いついたことは、エルが俺の手を引いたことで霧散する。
エルは甘えるように惚けた目で、腹にぐりぐりと頭を押し付けながら俺の背中に手を回して抱き締める。
「どうしたんですか?」
「……こんなときに悪いが、神の目的はなんだと思う」
「アキさんは真面目ですねー。 女神様の目的ですか? 世界を救うとかですかね、やっぱり」
「何故そう思う」
「何故って、しても自分に得がないことですし、それなら良いことをしようとしてるのかなって」
……本当に女神に得がないのか? と いや、得があることを前提として考えるなら、勇者を送り込むことで何の利点がある。
エルの言っていたように瘴気を集めることが目的なら、能力を与えずにもっと多くの人を送り込めばいいだろう。 現実から逃げたい人間など幾らでもいるはずだ。
能力を与えた意味か。 勇者を長持ちさせるため……は違うな。 エルは死にかけていた、それも召喚されてすぐに、生き残らせたいならもっと方法はあったはずだ。
言い方は悪いが、死んでも良かった勇者だったのだろう。 …………特別扱いをされているのに?
「エル、確か……召喚された時、黒い手に引きずり込まれたんだよな」
「え、あっ、はい。 月城さん達が引きずり込まれてたのを見てたら、僕の方にもひとつきて、連れていかれました」
「おかしくないか? 基準がはっきりしているならそういうことは起こらないはずだ。 はっきりしていないなら、勇争記録を始めとした細かい部分が不自然だ」
「……まぁ、ちょっと変ですね」
考えられるのは……本来はエルを引きずり込むつもりはなかった。 だから勇争記録もエルだけ後付けになっている。
何故そのようなことが起こったのか、一番考えられるのは女神以外の神がいることと、それと女神の思惑が一致していないからか。 確か、エルの夢に出てきた女神は夢に出て干渉するのは「ルール違反」と言っていたらしい。
ルールがあるということは、他にも関わっている神がいる。 女神はルールを破る側である。
そのルールはどんなルールだ。 異世界に連れてくるのは良くて、少し話すのはダメというのは……やはり不自然だ。
エルを引きずり込んだ不自然な行動を取った腕は一つ……一つの腕が、決められた行動とは違う行動を起こしたと考えるのが妥当だろう。
エルと関わった神は女神だけだ。 エルが「ルール違反」によって出てきた存在なら、対処するだろう。 だとすると女神は他の神に隠れてエルを呼び出したのだと思われる。 そう考えると勇争記録も女神が勝手に用意したものだろう。
「アキさん?」
「……少し不安になっている。 一時間ぐらい抱きしめさせてくれ」
「いいですけど、どうしたんですか?」
何故、ルールを破るのか。 自分の利益のためか、他人の不利益を与えるためか。 この場合は他の神に不利益を与えるためか。
他の神は、エル以外の勇者召喚をしていた神にはやはり目的がある。 エルを送り込んだのは、その目的を壊すためだろう。
神の目的……それこそ、勇者の能力の元の存在だ、万能じみているのにわざわざ時間のかかるそれをする意味。 だいたいのことは邪魔をされるまでもなく目的を達成出来るだろう。
勇者には出来るのに、神に出来ないこと……そんなことあるのか? ふと思いつく。 俺は神を見たことがないと。
地上にきていないのだから当たり前だ。 地上にきているのは、代理人である勇者だけで……それこそ勇者には出来て神には出来ないことだ。
それが……神の目的? 神は地上に降りられないから、勇者を地上に落とす。 神はほとんど万能、神は地上に降りられない。
だとすれば……勇者がいたら、神は地上に降りられるのか?
だが、それは「ルール違反」ではないのか? 神が話すことは禁止されていて降りてくるのは許されるというのは変だ。 そもそも神が話すことが出来ないというのは、神から助言をもらえるらしい「神付きの勇者」の存在と矛盾している。
矛盾ばかりで嫌になるが、もう少しで、結びつく。
「……能力は神の一部だ」
「大丈夫ですか?」
「能力は瘴気で、瘴気は記憶であり人格でもある。 それを託した者を落とせば、それこそ地上に降りていると言えるだろう。 神付きの勇者、助言をもらえる……」
神の人格を伴った能力を与えられた勇者が、神付きの勇者? だとすると……神の目的は……地上に降りること、神付きの勇者の能力として降りたち分けて落ちてきた自分の一部である能力を集めている。 そうすることで……地上に降臨する。
予測でしかない。 だが、辻褄は合う。
それを阻止するために送り込まれたエルの能力……神聖浄化、瘴気を別の空間に閉じ込められる能力。 当然のこと、それは能力であっても瘴気である以上、効果の範囲内だ。
神聖浄化。 ただの浄化ではなく、神の力による聖なる浄化だから神聖浄化……だと思っていたが、これだと、逆の意味になるのではないか。
神聖を浄化させる。 地上に降り立つ神に対する特効能力。
※奪われました。
 




