続・家造り日記②
サイスの参加により一気に家造りが加速した。
当初の予定では板を貼り付けるだけの壁や天井はより堅固な石の壁になった。 家として住むのは適さないと言われたが、倉庫としては充分な物だ。 換気のための窓なども取り付け終わり、俺がエルの切った木材をシシトと不審者が組み上げて棚を作り、物置になっていた部屋から不審者と俺が荷物を新しい倉庫へと動かす。
埃や残ったゴミを不審者が掃除して、やっと空き部屋が二つ出来る。
一番働いているのが不審者なのではないかと思い、若干の悔しさが出てくる。
サイスに文字を教え始めて30分。 早速飽きたらしいサイスを連れて適当な木材で工作をすることになった。
「サイスちゃんは結構アクティブですね、アキさん」
「まぁ、俺たちに比べるとな」
「……やることがないと、僕たちって一日中ベッドの上ですもんね……」
サイスはよく分からないが一日家に籠るといったことは苦手らしく、こまめに外に出なければ不機嫌になることが判明した。
鬱蒼としていた屋敷の周りも連日の伐採で少しは開けており、子供が適当にブラつく程度なら出来そうである。 屋敷の周りを回っていると、使用人が作っているという畑か目に入る。
「……本当にあったんだな」
「アキさんから聞いていましたが、思ったよりも広いですね」
柵もあり、農具などを置いているらしい小屋も傍に見える。 案外ちゃんとしているという感想を抱いたが、ちゃんとする方向性がおかしい。
「アキレア。 水とかはどうしているのだ。 あれは」
「さあ、俺がしているわけではないからな」
「なら、何処かの川から水を持ってきて水やりを楽にするのはどうだろうか」
「……あの、川の流れを変えたら……木が枯れて雨が降ったときに土砂崩れが起きちゃったりするかもしれないので……」
エルがおずおずと言い、サイスの計画は途絶えた。
結局、とりあえずベンチでも作るかという適当な話になり、木材に剣を振るう。
「アキさん、面倒見よくなりましたね」
エルがつまらなさそうに言い、俺は動かしていた手を止めてエルの方に顔を向ける。
剣を腰に戻して首を横に振る。
「悪い。 エルが不快なら今すぐにでも止める」
俺がそう言うとエルはにまにまと笑みを浮かべて首を横に振り返す。
「いひひ気にしてませんよ」
無理をしている。 そう思ったが、エルが木の方に目を向けて急かすようにするので、聞くことも出来なかった。
とりあえず横目で確認しながら木材を切り、サイスの土属性魔法で作った杭を打ち込ませる。
形だけ出来たそれを、エルの指示に従って油を塗って布で拭ってと繰り返してから雨に濡れない場所に放置して工作が終わる。
「案外やることがないな」
「そうだな。 ……地下室でも作るか」
「地盤が緩んだりしたら怖いので当面はダメです。 ちゃんとしないと空気が澄みますしね」
「なら、街までの道を整備しよう。 私の魔法であれば、石畳の道をを生み出すことも可能だ」
変にやる気だな。 そう思いながら、エルの方に向き直る。
「エルが疲れるからダメだ。 ……日差しも強いしな」
「なら仕方ないな。 可愛いエルちゃんのためだ。 中で添い寝でもしよう」
「しません。 とりあえず、お勉強の続きをしましょうか」
サイスは露骨に顔を歪めてエルに向かって尋ねる。
「……したら、触ってもいいか?」
「駄目です。 サイスちゃんの身のためにも駄目です。アキさんすぐ怒るんですからね」
「エル、触る、斬る」
「ほら、もう怒りすぎてカタコトになってます。 ……ほら、アキさんも落ち着いて下さい」
エルによしよしと撫でられて、サイスの反応を伺う。
すごく羨ましそうだ。 三輪よりもしつこいな。 三輪と違って恋愛感情ではなさそうなのでまだマシだが、どちらにせよ気に入らない。
「羨ましい。 私もナデナデされたい」
「他の奴にしてもらえ」
「愛が欲しい」
「他の奴にもらえ」
「私は結婚させられると呼び出されたと思ったら何故こんな目にあっている」
「帰ってもいい。 出来れば帰らせたほうが楽だからな、こちらも」
中に入って、水を飲みながら文字の読み方と書き方を教えていく。 表音文字なので、簡単な読み書きは二ヶ月もあれば出来るだろう。
軽く文字を教えたところでサイスを解放すると、フラフラとした様子で屋敷の中を歩き始めた。
俺はベッドの縁に座り直して小さく欠伸をする。 教えるのは案外気をつかう。
エルは勉強に使った紙を見て不思議そうに首を傾げたので、エルの頭を撫でながら話す。
「自分と同じようには考えるなよ。 俺たちは、基本的に他の人が百を学べるときでも五、六でも学べたらいい方だ」
「……んぅ、ごめんなさい」
「いや、謝ることじゃない。 俺たちの頭が悪いだけだからな。 あまり期待してやると可哀想というだけだ」
エルは気まずそうに俺の身体に背を預けて、顔を見えないようにしながら小さく言う。
「……僕も人との距離間、分からないです」
拗ねたようにエルは続ける。
「必死に練習しても、50m走は10秒切れません。 友だちも全然出来ないですし、最近は一人だと寝れません。
僕、アキさんが思っているような超人じゃないです。 だから「俺たち」の区切りは僕のところまで広げてください」
「……そこにまで嫉妬するのか」
「します。 すごくします。 ……仲良さそうなのも嫌です。 同じ血が流れているのも羨ましいです」
流石に血縁関係はどうにもならない。 子供が出来てもエルとは血縁としては結局他人だ。 俺としては全く気にならないどころか、エルがエンブルクの血筋だと多少嫌に思うが、エルはそうではないらしい。
「無理は言わないでくれ」
「……無理なことじゃないならいいですか?」
「ああ」
「……じゃあ、明日は……僕の許可がない限り、この部屋から出ないでください。 他の人と話すのも禁止です」
べったりとエルは俺の身体に抱きついて、座っている俺の身体を押し倒そうとしながら言葉を続ける。
「予定より早く完成したので、時間はあります。 アキさんが絶対にしなければいけないこともないです。 無理ではないです」
「サイスに文字を教えるのとかは」
「他の人にも出来ます。 ……最近、人が増えたからって僕以外の人と関わりすぎです」
「……悪い。 これから気をつける」
べったりと抱きつかれて、ぐいぐいと身体を押される。 抵抗するのも悪いと思い、そのまま押し倒されてベッドの上に転がされる。
「……好きです。 貴方が好きです」
俺を押し倒したエルは目元に涙を溜めながら、俺に言う。
何故泣きそうなのかが分からずに困惑していると、エルは俺の頰を撫でながら続ける。
「僕は、アキさんだけいたらいいのに、アキさんは他の人と話します」
「それはエルが過ごしやすいように」
「いらないです。 それでアキさんといられる時間が減るなら、他の人は一切いらないです。 僕とアキさんだけでいいですから」
エルの言葉を聞きながら、彼女の頭を撫でる。
間違っている、ということは分かっていた。 分かりきっている、俺もエルもを
けれど、それを口には出せない。 それを否定出来るほど、俺とエルは強くない。
……人は助けたい、エルも俺も思っているが……どうしても浅い。 優先すべきことは分かりきっていたが、明日ぐらいはいいだろう。




