続・家造り日記①
騒がしくなってきたからか、続々と目が覚めていきすぐに廊下でバタバタと慌ただしい足音が聞こえる。
エルのカップに紅茶がなくなっていることを確認してから、乱れていた姿勢を戻しながらサイスに告げる。
「部屋がないからお前を置くことは出来ない」
「私が作ればいい」
「食事の用意も出来ない。 料理人は不足している」
「それも私がすればいいだろう」
「経験はあるのか?」
「よく食器作りを頼まれたものだ」
「まぁ食器も足りないが……」
サイスを利用する。 といったことはしたくない。
エルにでれでれとする様子は非常に腹立たしいけれど、エルの背丈に近いような歳下の少女を働かせるというのは気分が良くない。
真っ直ぐにこちらを見ているサイスの眼を見れば、無理矢理追い出すということもしにくく、エルに軽く目配せをしてから溜息を吐き出す。
「とりあえず。朝飯ぐらいは食わせてやる」
「いや、菓子で腹がいっぱいだからいい」
「朝ごはんは食べないとダメですよ。 大きくなれませんよ」
「魔法使いに大きな身体は必要ない。 むしろ小さい方が便がいい」
まぁ、朝飯を食べている間は飲み物でも飲ませていればいいか。 適当に食器を片付けてから食堂に向かう。
向かう途中、エルが小さな声で俺に話す。
「その、この調子で人が増えたら……やっぱり部屋が足りないですよ。 いつ、勇者の人が来てもおかしくないですし」
「追い返せたら楽でいいが、街に滞在されたら危険だろう。 下手に力があると狙われるかもしれない」
「女の子ですしね……。 んぅ、でも、婚約者とか……解消するにしても一緒にいたら……仕方ないですけど」
エルは心配そうに俺を見る。 俺はエルの頭を撫でて、羨ましそうにこちらを見るサイスの手を払う。
「俺のエルに触れようとするな」
「……先っぽだけ」
「駄目だ。 次に触れようとしたら手首を切り落とす」
「だ、駄目ですよ! こんな小さい子をいじめたらっ!」
サイスに恨みがましそうに睨まれるが、こいつは一度甘やかされればその味をしめてひたすら甘えようとするタイプだ。
分かる、俺もエルに一度甘やかされてから撫でてもらわないと不安が解消出来ない体質になった、似ているらしいこいつも同様だろう。
そのため、エルはサイスを甘やかしてはならない。
「最低限のルールだ、 エルには触れるな」
「アキさんが束縛すごいです」
そう言いながらも口元はニヤニヤとしてしまっていて、隠そうとしていても分かりやすい機嫌の良さが伺える。
俺もエルが俺を独り占めしようと躍起になっていたら嬉しいが、同時にやりにくさを感じて嫌なところもあるが……エルは純粋に喜んでいて変な子だ。
被虐願望というか、支配されることを望んでいるような節がある。 理解は難しいけれど、俺もエルを俺だけの物にしたいので都合は良かった。
しかし、どうなのだろうか。 このままでいられるとは限らない、いつか俺の手が回らなくなれば他の人と関わらせる必要が出るかもしれない。
「……アキレアは卑怯だ」
「何がだ」
「こんな可愛い娘を独り占めとは、卑怯だ」
「サイスちゃんの方が可愛いですよ」
エルの言葉を二人で否定してから、サイスを見て溜息を吐き出す。 やはり面倒である、親戚な上に子供ということもあれば完全に同じ扱いは出来ない。 何だろうか、勉強とか教えた方がいいのかと思ったが、流石に家庭教師を付ける余裕はなく、俺や他の人が教えられるとは思えない。
この屋敷にいる人間だと一番賢いのはエルだろう。 けれどこの世界の常識には疎く、エルは自分の頭が良いからか他の人に物を教えるのがあまり上手くないため頭はいいが教師役には向いていない。 何よりエルを取られるのは腹が立つ。
次点ではロム辺りか、よく分からない行動をいつもしているが暇そうではなくいつも何かをしている印象がある。 不適当。
そもそも、何か教える意味はあるのだろうか。適材適所というほどでもないが、向き不向きはある。 魔法の名家であるエンブルクである以上、戦闘従事者になることが間違いなく向いている。
……だが、小さく思う。 戦うのは嫌だ。
少なくとも俺は戦いたくない。 弱い相手を適当に蹴散らすのならばいいが、負ける可能性のある相手とは戦いたくない。 痛みは慣れたが、俺やエル、あるいは知っている、隣にいる人間の命を失う恐怖は慣れるどころか増すばかりだ。
何か他のことを教えた方がいいと勝手に思う。
他の人からエルを隠すように席を選んで座れば、エルの正面にサイスが座り、囲むように月城、シシト、アリアと周りを埋めてくる。
「……何故寄ってくる」
「えっ、そりゃ兄貴がいたらいくッスよ。 わざわざ離れたところに行くのも変じゃないッスか?」
「端に寄り集まって食うのも変だろ。 散れ」
「旅の間はいっつも顔を突き合わせて寄り集まって食ってたッスよ。 懐かしいッス」
旅をしていたのか。 そういえば、事情とかは聞いていなかった。 危険などを重視して個人のことはあまり考えていなかったが……元から旅をしていたりする奴なら勇者が戻ってきたら荷物を持たせて送り出したりも出来るのか。 いや、他の仲間もいるかもしれないので一人一人の事情を聞く必要があるか。
「それよりこの子、兄貴の妹ッスか? よく似てるッスね。 姉貴……いや、妹貴?」
「私は妹ではない。 親戚だ」
「ああなるほどッス。 可愛いッスね」
「……サイスだ。サイス=エンブルク」
無愛想なサイスに面々は自己紹介をしあって、名前だけを覚えたところでサイスは口を開く。
「ところで、こいつらはなんだ? 使用人には見えないが」
「うわー、本当にアキくんっぽい。 何これ、エルたんの妄想パワーで新たな能力でも目覚めたの? 萌えキャラ化する能力」
「目覚めてません。 でも、いいですよね」
「エンブルクの人って基本美形だよね。 コミュ力を代償に錬成したのかもと思う」
人数が増えたが人手は増えていないので、飯の用意を手伝って来いとシシトに言う。
「エルの方が整っているだろう」
「そうだな。 エルちゃんの方が可愛らしい顔をしている」
「えっ、なに、もう懐いたの? エルたんこわっ、エンブルクを寄せ付けるフェロモンでも出してるの? ちょうだい」
「出してないです」
いや、エルはいい匂いがするので出している可能性がある。
「それで、サイスちゃんのことはどうします?」
「勉強させようと考えている。 暇な時間にでも家造りを手伝わせるが。 基本はな」
「勉強、ですか?」
「ああ、学識めいたことを教えるわけではないが、ある程度の一般知識ぐらいはあった方がいいと思ってな。 ……あといくつかのイザコザが終われば、しばらくは戦うのは重要じゃなくなる。 領地やらが取り上げられることはないだろうが……何があるかは分からない学べるときに学んだ方がいい」
首を傾げているサイスを横に、シシトが運んできた料理にフォークを刺す。
「アキくんがマトモなことを……!?」
「とりあえず、差し当たって面倒が見れそうな奴はいないか」
「勉強といっているが、私は勉強などしたことがないぞ」
「別にそんな大変なことをしろと言っているわけではない」
「……文字も読めない。 だから無理だ」
まず文字が読めないのか。 ……まぁ、そこから順に教えていけば問題ない。
幸い、言葉ならばこの屋敷の大半は読み書きが出来るはずである。 何より、勉強を今までしてこなかったから読めないというのは大分マシだ、俺は幾ら学んでも魔法を使えなかったし数の計算が出来なかった。 それらとは違い、覚えられる可能性がある。
まあ覚えられないかもしれないが、その時はその時で別のことをさせればいい。
「とりあえず帰る気がないなら従ってもらう。 どうせ居座るつもりなら暇だろう」
「それはそうだが……」
渋々といった様子で頷く。 またやることが増えてしまった。




