家造り日記⑨
何故か仲良く三人で紅茶と茶菓子の用意をしてから、応接室に戻ってサイスと対面しながら紅茶を飲む。 よく考えたら朝食がまだなので腹も空いていれば喉も渇いているし、エルとキスもしていない。
「……えと、自己紹介から始めますか? 多分、アキさん以外は状況がよく分かってないみたいですし。
僕はエル=エンブルクです。 その、異世界から来た勇者で、今はアキレアさんの妻をしています」
「アキレアさん?」
「ああ、俺のことだ。 名前を変えたから、アキレアと呼んでくれ」
サイスは不思議そうに俺を見てから、小さく頷く。
「私はサイス=エンブルクだ。 そこの男の婚約者であり、叔母であり、従妹である。 よろしく頼む。 あと、飴をくれ」
「……さっき厨房にお湯を沸かしに行った時に言えよ」
「忘れていた」
「……んん? 従妹で叔母ってあり得るんですか? あれ?」
「気にするな。 近い親戚と思えばいい」
俺の家が特殊な家系であり、普通の人にはあまりよく思われないことは分かっている。 エルも記憶を失う前にはかなり引いていた。
隠し通せるとは思わないが、一度に不快な思いをするのよりかは幾分もマシだろう。
「えと、サイスちゃんでいいですか? 呼び方は」
「ああ、構わない。 エルちゃん」
その話し方と呼び方が噛み合ってないな、と思いながら茶菓子を頬張る。
サイスも茶菓子に手を伸ばし乱雑に食べるが、食べカスがなく、見た目よりも綺麗に食べている。
「……それにしても、似てますね。 小さい女の子版のアキさんみたいです。 髪の色は違いますけど」
「そんなに似ているか?」
「……まぁ、見たら妹と思うぐらいには。 それにしても可愛いですね。
ちっちゃいのに凛々しくて美形です」
「エルちゃんに言われたくはないな。 エルちゃんの方が小さいし、可愛いだろう」
「そうだな」
サイスは馬鹿のようだが、見る目はあるらしい。 紅茶を飲んではエルの方を見て、茶菓子を摘んではエルの方を見る。
うっとりと溜息を吐き出してはエルを見る。
「可愛いな」
「……この子、アキさんと同じ匂いがするんですけど……。 何かおかしいです。 僕はエンブルクを魅了するフェロモン的なのを発してるんですか?」
「いや、俺は初めて見たときから好きになったわけではない。 単純にサイスが惚れっぽいだけだろ」
「私はエルちゃんに惚れたわけではない、見ていたらなんとなく動悸がして頭に血が上り、抱き着きたくなるだけだ」
「よしこいつ追い出すぞ」
立ち上がってサイスの頭を掴んだところで、エルがアワアワと動いて俺の手を離そうとする。
「ら、乱暴なのはダメですよ!」
「大丈夫だ。 私はこう見えて土属性の魔法の達人で、薄い膜のように岩を貼ることで防いでいるのだ」
だから変な触感がするのか、そう考えながらサイスの魔法に自身の魔力をねじ込み、土の魔法を無理矢理シールドに変質させ、それを解除する。
「……なるほど。 合成魔法によって強度を下げたか」
「自分で出て行くか、頭を持たれて放り出されるかどちらがいい」
「止めてくれ、私は魔法がなければ抵抗出来ない」
「いじめちゃダメですよ。 アキさんに似ててすごく可愛いのに」
エルが止め、仕方なく手を離して坐り直す。 可愛い可愛いとサイスのことを褒めるのは、なんとなく不愉快である。
ボリボリと菓子を詰めていき、しばらくしてから口を開く。
「婚約云々は……父親の嫌がらせだ」
「嫌がらせ、ですか? 仲があまり良くないのは知っていますが……」
「元々嫌われていて、エルといることを嫉妬されていた。 父親の愛していた母親はすでに死んだからな、羨ましかったのだろう」
「……よく分からないです」
「俺には分かる。 ……認めたくはないが、俺と父親は不快なまでによく似ている」
顔も異様な執着心も頭の悪さも父親譲りで、考え方も思考も感情も似てしまっている。 嫌いではないが、父親のそれは誇れるものではない。
「仲を裂こうというほどじゃないが、軽く嫌がらせをして鬱憤を晴らそうって程度だな。 それで……エルに背丈が似てるサイスが呼ばれたのだろうな」
「なるほど、つまりそれで私が呼び出され、エルちゃんと出会うことが出来たのか。 感謝しなければ」
「そういうわけだから帰れ」
「いや、結婚しよう。 私とアキレアが結ばれたら、自動的にエルちゃんは私の嫁に」
「ならないと思います。 というか、ダメです、アキさんは僕の物ですから、サイスちゃんとは結婚出来ません」
サイスは絶望したように項垂れて、俺を恨みがましく睨む。
俺よりかは諦めが良いらしく……というより、単純に欲しい物でしかないということか。
「……帰れ。 この家は今、居候が多いから住まわせる余裕はない」
「大丈夫だ。 場所さえあれば、土属性魔法で簡単な家でも作って……」
その言葉にエルと俺が同時に反応する。 そういえば、家造りは土属性の魔法使いがいれば随分と楽になるはずだ。
魔力の大きさはレイよりも遥かに小さいが、細かい作業がはレイよりも得意そうだし、家造りにおいてはより有用だろう。
本人も協力的なようだが……エルを妙な目で見ていて不快な存在である。
エルにとってもサイスが俺と結婚しようとしているからか、表情には出さないが疎ましく思っていそうだ。
作らせてから放り出すわけにもいかないために追い返したいが、ただでさえ人が多すぎて部屋数が足りないのもこいつがいれば簡単に解決する。
「……どうする?」
「……やっぱり帰ってもらうのが、サイスちゃんにとってもいいと思います。 ここは今は危ないところですし、ここにいる意味もないですから」
「そうだな。 魔力が幾ら多くとも、勇者の能力は理不尽だからな」
星矢の食って吐いてを相手にしたら、こいつの魔法だとすべて吸い取られて──いや、おそらくサイスの出力のほうが高いか。 ……もしかして、俺との相性が悪かっただけで、星矢は魔法使いに対してはそこまで強くないかもしれないと今になって気がつく。
「私ならそこらの人間に負けることはない」
「自信満々なところもアキさんに似ていて、すごく愛おしくなります……」
「戦力にはならない。 役に立つとしたら家造りや道の整備だが……」
「こんな小さい子を騙すみたいに働かせるのは無理ですね」
サイスは首を傾げて茶菓子に手を伸ばしながら俺たちの会話を聞く。
「可愛いエルちゃんのためなら、私は何でもする」
「アキさん、この子おかしいです」
「ああ、皿の上はすべて同じ菓子なのに、若干どれを選ぼうか迷っている節がある。 おかしいぞ、こいつ」
「そこじゃないです」
エルの言葉に二人で首を傾げてから、サイスをどうするかを考える。
「……僕のためにって言っていますが、僕はアキさんの物なので、サイスちゃんとは結婚出来ませんし、恋人にもなれませんし、キスとか、スキンシップとか、何も出来ません。 だから諦めてください」
「見返りを求めてではない。 ちょっと気が変わって結婚してくれないかなー、と期待してのことだ」
「ないです。 諦めてください」
珍しく、エルが俺以外の人間にはっきりと言っている。 何か悔しい気がするが、よく考えるとぜんぜん悔しくはなかった。
「というか、なんで俺の婚約者という話が、エルに求婚している……」
「分からないですよ……本当にアキさんが一人増えたみたいですごくへんな感じです」
「似てないだろ」
「そっくりですよ……」
エルが疲れたように言う。 サイスをどうするかは決まらないが、今すぐに追い出すというわけではなくなった。 ひとまず朝食を食べてからまた話せばいいだろう。
そこらかしこから人が動いている音が聞こえる。 この屋敷も騒がしくなったものだ。




