家造り日記⑧
風邪も治り体力も回復した。 そうなると、風邪の間は出来なかったことをしていくことにする。
すなわちエルとの触れ合いである。
ベッドの中で寝ているエルを見て生唾を飲み込む。 油断しきっており、寝巻きは少しはだけてヘソ周りが見えていて目を奪われる。
可愛い。 そう思う感情とは別の獣じみた性欲が衝動的に身体を動かし、エルの上に身体をのしかからせる。
小さな、ほとんど女性らしい膨らみもない胸を見て、知らぬ間に喉が鳴る。 可愛らしく幼いかんばせを見て、自分の物にしたいという支配欲求が際限なく高められていく。
我慢など出来るはずがない。 それをしたいが為に努力を重ねてきたのだ。
エルが記憶を失う以前、一度だけ重ねた身体を思う。 小さく、細く、幼い。 女性らしい膨らみはないけれど、その身体は確かに少女のもので、小さくとも身体はどこもかしこも柔らかく、ゴツゴツと硬い俺とは随分と違ったものだ。 白く透き通る肌は撫でれば荒れている場所が引っかかるもなく手が滑っていく。
少し触れば真っ赤になって恥ずかしがる顔や、必死に悦ばせようとする身体。
エルの首を撫でて、髪をあげさせて顔がよく見えるようにする。 可愛い、顔の大きさなど大して変わらないものだと思っていたが、こうして見ると結構違う。 身体も当然のように全然大きさは違い、同じ生き物ではないようにすら見える。
逸る気持ちを抑えてエルに手を伸ばし……小さくエルの口が開く。
「アキさん、風邪……大丈夫……」
起きたかと思ったが、どうやらそうではなく寝言らしい。
夢の中でも俺と一緒にいて心配してくれているのか、と嬉しく思ったのと同時に酷い自己嫌悪にエルに伸ばしていた手が止まる。
俺が寝ているエルに悪戯をしようとしているとき、エルは俺の心配をしていた。 自分が如何に自分のことばかりで欲に塗れているのか。
エルの着崩れた寝巻きを直し、布団をかけ直してからエルの頰を触る。 一部を膨張させたままベッドから降りて、溜息を吐き出す。
看病させて疲れてしまっているようだ。 何かお礼が出来ないだろうか。
エルが喜ぶことは何があっただろうか。 本人に聞いて見るか。
◇◆◇◆◇◆◇
「んぅ、おはよ……ございます」
「ああ、おはよう。 風邪はもう大丈夫みたいだ」
「いひひ、良かったです。 でも、もう無理したらダメですよ?」
「分かっている。 礼をしたいが、何か俺が出来ることはないか?」
エルは少し笑ってから、首を横に振る。
「僕がしたかったからしただけですから、お礼なんていいですよ。 でも、どうしてもって言うなら……」
「何をしたらいい?」
「健康にちゃんと気を使ってください。 病気で疲れてるだろうから言いませんでしたが、風邪引いたのは身体を温めなかったり、無理をして酷い怪我をしたからです。 僕のために頑張ってくれるのは嬉しいですけど……アキさんが辛い思いするのは、とても辛いです」
怒られた。
心配をかけてしまったことは反省しないといけないと思ったが、ふと疑問に思う。
「エル、自分が風邪を引くよりも俺が風邪を引いた方が辛いだろ」
「んぅ、そうですね」
「俺もそうなんだが、エルが辛い思いをする方がより辛いわけだから、エルが風邪を引くいた方が俺が風邪を引くよりも辛い。 俺は自分が風邪を引くよりもエルが風邪を引く方が辛いわけだから、エルとしては俺が風邪を引いたほうがいいんじゃないか?」
「いえ、でも……あれ? 確かに風邪を引かないよりも引いた方が楽……。 なら、僕が風邪を引くよりもアキさんを風邪を引いた方が……」
「いや、待て、エルがより辛い思いをするぐらいならエルが風邪を引いた方がいいのか?」
「いや、風邪を引くべきなのはアキさんの方……あれ? ん? あれ? ……どうなっているんですか?」
エルは混乱した様子で首をかしげる。俺はエルが辛い方が辛い、エルは俺が辛い方が辛い。 俺が辛いぐらいならエルが辛い方がエルにとっては楽で、反対にエルが辛いと俺が余計に辛い、なら反対にすると余計に辛くなる。
どういうことだ、ループしている。
「と、とりあえず! 二人とも風邪を引かないようにしましょう! それで風邪を引いたら看病されて甘えることが出来て、引かれたら看病して甘やかさせれるんです!」
「積極的に引きたくなるな」
「怒りますよ。 本当に心配したんですからね」
睨まれながら、エルが着替えようとし始めたので立ち上がって部屋の外に向かう。
「悪い。 ……やっぱり何かお礼がしたいから、何かないか?」
エルは寝起きの顔に浄化の魔法を使ってから考え込む。 あーでもないこーでもないと言いながら考えて、少ししてから恥ずかしそうに口を開く。
「んぅ……僕も、アキさんに甘えたいです。実はちょっと、風邪を引いてるアキさんが羨ましくて……」
「分かった。 ……着替えさせてやろう」
「それはいらないです」
エルに部屋から追い出されて溜息を吐き出していると、肌の表面に刃が押し付けられているような感覚がする。
圧迫感を持った空気、強い魔力が近くに来ていることを悟り、剣を手に取ろうとして、部屋に置きっ放しであることに気がつく。
敵が来た可能性もあるが元人質の仲間の可能性の方が高いように思う。 父親の魔力のせいで非常に分かりにくいが、おそらく一人だろうし、攻めに来たのならば大勢でくるはずだと考える、
「……エル、何か客が来たらしい。 少し部屋で待っていてくれ」
「えっ、僕も行きますよ」
「危ないかもしれないからな」
「アキさんの近くの方が安全だと、僕は知っています」
少し考えてから、扉の前で待つ。 エルが扉を開いたので、剣を手に取ってから、エルに背を向けながら玄関に向かう。 玄関近くに俺が立ったところで、小さく扉が開く。
剣に手を乗せて小さく息を吐き出す。 風が頰に触れた後……小さな人影が見える。
「……子供?」
金の髪に……紅い眼、背丈はエルと同じほどで、身体の形も似ている。 まるきり子供でしかなく、尾喰の味方だとは思えないが、勇者にしてはあまりに容貌が遠い。
何か言ってくれればいいが、俺を見て身動きもせずジッとこちらの出方を伺っている。
どうしたら良いものかと思っていたら、エルが横に出てきて俺と少女を見比べ、首を傾げながら言う。
「んぅ、妹さんですか?」
今の流れで何故そういう発想に行き着いたのか不思議に思っていると、動きのなかった少女が首を横に振る。
「……違う。 私は、サイス=エンブルク……そこの男の婚約者だ」
エルの動きが止まる。 瞬きもなく俺の顔を見つめ、突然婚約者を名乗った少女も何故か俺を見ている。
少ししてから、かなり前に父親が嫌がらせのために、婚約者を勝手に作ったと言っていたことを思い出す。
エルは全く身動きせずに俺を見ている。 これは何を言ったら正解なのか、すっかり、エルに伝えることを忘れていた。 浮気を疑われているのだろうか。
何が正解なのか。 しばらく見つめ合ってから、目を逸らして少女に言う。
「帰れ」
「断る」
何故こいつはここまで頑ななのだろうか、初対面だと言うのに何故だ。 子供なので力づくで乱暴に追い出すわけにもいかないが、エルが物凄くこちらを見ている。 意図が不明で非常に怖い。
「アキさん」
しばらく身動きの一つもしていなかったエルが震えた声で話す。
「……ただの父親の嫌がらせだ」
「……んぅ、説明して……いただけますか……?」
「ああ、そしてお前は帰れ。 飴やるから」
「飴はもらうが帰ることは出来ない」
頑なそうで、非常に面倒くさい。 面倒事を起こされても困るので、目の届く場所に置いていた方がいいと思い、少女も連れて応接室に向かう。
朝早いこともあり、茶や茶菓子の用意も出来ないが、それより浮気をしていないことをエルに伝える方が先決だろう。
「とりあえず、座れ」
「……気になっていたが、横の女は誰だ」
「妻だ」
「なるほど、不倫か。 少し待て、こういった場合の対処法を纏めてきてもらった」
少女は鞄から紙の束を取り出して、捲くっていく。
「アキさん、この子……大丈夫なんですか?」
「ああ、目次があるのにそれを使わずに勘で調べようとしている……。 こいつ、少しおかしいな」
「そこじゃないです。 ……サイス=エンブルクちゃんでしたっけ、エンブルクで、顔が似ていますけど……」
「親戚だな。 正確な関係は分からないが」
エルがよく分からないといった顔で、少女を見つめている。
「あ、これだ。 おほん「信じられません、実家に帰らせてもらいますっ!」……あれ、帰ってくるなという指示だったが……」
「……もしかして、エンブルクの人ってみんなズレてます?」
「少なくとも父親と弟とこいつは少しおかしいな」
「アキさんもおかしいですよ」
あまり浮気を疑われてなさそうで助かった。 変なやつで良かった。




