獣が剣を握るが如く⑤
屋敷に帰ってこれた。
安心感で軽く壁に凭れながら扉を閉める。 追ってくる気配はなく、ひとまずはこれですぐに戦いになるということはなさそうだ。
エルが心配そうに俺に寄り添いながら連れ帰ってきた人達を見る。
「どうする?」
「どうすると言いましても……その……先に腕を……」
まぁ、エルが知らない人に色々と話したりは出来ないか。 かと言って、俺も理解半分ほどで動いていたので具体的な案やら考えはない。
当然、捕まっていて逃げてきた人質が何か言い出すはずもなく、ロムと大山は俺の方を見て何かを待っている。
「俺はエルと自室に行く。 近寄ったら斬る」
「えぇ……」
大山が困惑したように俺を見るが無視してエルの手を引く。 約束した、子供を作ってもいいと。
逸る気持ちや堪え切れない情欲に押されて行こうとすると、ブンブンと腕を振られて逃げ出そうとする。
「アキさん、疲れてるのは分かりますけど、腕っ、腕を治さないとダメです」
「あとでいいだろ」
「重傷の治療より優先することなんてありませんよ! あ、ケトさん、こっち、アキさんの怪我を治してください!」
騒がしくなっているからか奥から出てきたケトを呼び、治療するようにエルが頼む。 ケトは急いだ様子で俺の腕を治療する。
自分で杭を抜いて、そこを塞いで腕が落ちないように頼み、動かないものの簡単には千切れない程度には繋がる。
「血の気ないですね……血管は完全には繋がってないんですかねばい菌とかゴミが入ってるでしょうから、浄化もしないと」
「あとでいいだろ」
移動中に少しだけ回復したらしい魔力で、エルは気持ちばかりの治癒魔法を使うがあまり変わったような気はしない。 ちゃんと魔力か回復しないと意味がないだろうと思ったが、よく見ると結構酷く、放ったらかしにしていれば腐って落ちてしまいそうだ。
「エンブルク……いや、任されても困るんだが、ここには空き部屋はそんなにないんだろ?」
「そうだな」
俺の部屋の近くはこいつらがまた捕まったとしても避けたい。 残る客室は三部屋あるのでひとまずはそこを使えばいいが、少ないとはいえ客がくる可能性もあるので長居させるわけにもいかないだろう。
流石にレイの部屋を使わせるのも使わせるわけにもいかない。
ロムと大山ほどの力があるわけでもないので、街中に住まわせるのも愚策。
「……作るか、もう一棟」
「……屋敷を?」
「木ならそこら中に生えている。 それにここら一帯は自由に使えるからな」
「まぁそうかもしれないが……」
「何にせよ、どうせまた増えるならいずれ必要になるからな。 というわけで、頼んだ。 早いうちに作ってくれ」
適当に大山に頼むと顔の前で手を横に振り「無理無理無理」と繰り返す。
「俺作ったことないし、普通に大工とか雇えよ」
「町の人間雇えば尾喰の手が入るかもしれないだろ。 材料なら問題ないが、人を呼んできて作るのは危険だ」
「だからと言って……おい、家を建てたことあるやつはいるか?」
大山が尋ねるが、全員反応はないか首を横に振るだけだ。 ロムが作ったことはないが、建築方法を知っていると言うが、使う木材も土地も違うから不安が残るらしい。
「ん、んぅ……か、齧ってる程度で良ければ、木材の性質とか、木を切った森への影響ぐらいなら分かります……」
エルはおずおずといった様子で言い、大山の顔に笑みが浮かぶ。
「いや、エルに働かせるのは」
「使う木を決めて、摂る場所を決めるだけですから、一日もかかりませんよ」
「だが……」
「森の中は上手く歩けないので……手を繋いでくれたら、嬉しいです」
「仕方ないな」
まぁ、運動不足は良くないので手伝い程度ならいいだろう。 エルと延々と情事に耽るわけにもいかないので、仕方ない。
「じゃあ、とりあえず今は客室に寝かせて、ロムが設計図、エルちゃんが木材とか土地の見繕いで、俺とエンブルクは力仕事全般か」
「あ、あの……家を建てるのに、生木は使えませんよ……? 水分が多いので、抜けると曲がったり割れたりしちゃうので、生木を使ったらすぐに壊れてしまいます」
「……マジで?」
「あ、はい。 乾燥させないと、ダメです」
「どれぐらいかかるの? 一週間ぐらいか?」
「普通にすると、半年から二年ぐらい……」
早くも断念しなければならないのか。流石に早くて半年は長すぎる。
「早くは出来ないのか?」
「乾燥した空気とか、高温だったら蒸発して、早く出来ますけど、流石に家を建てるぐらいのだと、僕の魔法じゃ難しいです」
「……木は買うか?」
「そうだな……。 どちらにせよ、木は邪魔だから切る必要はあるが」
余った木は乾燥させればいいのか。 いや、人数が増える見込みも考えればそれ以上に切っていた方がいいか。
「というか、お前の家というか、父親いるんだろ? 許可はいいのか?」
「家督はもらった。 文句を言うなら追い出せばいい。 言わなくとも追い出してもいいが」
「何で追い出したがってんだよ。 とりあえず、作っても大丈夫ならいいか。 材料とかは……エルちゃん頼めるか?」
「あ、はい……」
「街に行かせるのは避けたい。 別に向いていなくとも作れないことはないだろ」
大山は少し迷った様子を見せながら、俺の腕を見て頷いた。
「そうだな」
「とりあえず、当面は家造りをするとして、あいつらの世話だな」
「ここで面倒見るんじゃないのか?」
「それはそうだが、飯だけ与えて放っておくという訳にも行かないだろ」
最近飼い始めた猫は気ままに寝て過ごしているが、人はそういう訳にもいかないだろう。 現状が理解出来ていなければ、変な風に思われる可能性も高い。
「まぁ、説明と説得は大山とロムに頼む。 当面の目標は遅かれ早かれ勇者も来るだろうから、掘っ建て小屋でもなんでもさっさと作るのと、あいつらの出来ることとかを見つけて何かしらさせることだな」
「働かせるのか?」
「人数も増えていくだろうから、いつまでも世話をしていられない。 家事でも大工でもさせて最低限身の回りのことは自分達でさせる」
「了解。 まぁ適当にやってくよ。 あと、治癒魔法使える医者でも呼んでこようか?」
「いや、エルとケトの魔法で充分治る範囲だ。 お前も襲われる可能性高いんだから気を付けろ」
とりあえず話を終えて、軽く人質達を睨んでから月城の部屋に向かう。
「どうして月城さんの部屋に?」
「腕が落ちないように縫っておこうと思って、糸とか針を持ってるだろ、あいつ」
「……それはやめた方が……。 意味ないですし、 痛いでしょうし」
「そうか?」
まぁ面倒なことがないのであれば、それに越したことはない。 慣れたとはいえ痛いのは好きではない。 行き先を変えて自室に入ると、エルはへたへた、とそのまま床に倒れこむ。
「大丈夫か?」
「す、すみません、安心して、腰が抜けちゃって……」
いひひ。 と恥ずかしそうに笑っているエルを見て、思わず喉を鳴らす。 可愛らしいエルを好きに出来るという事実は腕の痛みを忘れることが出来る程度には魅力的だった。
ベッドに運び、寝かせるように置いて、エルの頰を撫でる。
体に見合うように顔も小さいけれど、くりくりとした瞳は大きく愛らしい。
「どうしたんですか? ……やっぱり、治癒魔法を使っていった方がいいですよね。 最低限繋がるまでは、ちょっとでも魔力があれば使っていきますね」
「……エル、ほら、約束しただろ?」
「んぅ? 何をですか?」
忘れている。 ということはないだろう。 時間としてはすぐさっきのことだ。 エルが何もなしに記憶を失うこともない。
惚けているのかと思ったが、エルはそういうことを口にしたら恥ずかしがるだろうから、単純に気が付いていないだけか。
考えていると、にゃん太が膝の上に乗ってきたので首元を掴んで廊下に置いてから扉を閉める。
「子供をもうけようと」
「……な、ななっ! 重傷人が何言ってるんですかっ!」
「腕が一つ使えなくとも、問題はない」
「ありまくりですっ! 安静にしててください!」
怪我をしていない腕を引かれたと思ったら、ベッドに引かれて布団を掛けられる。 エルは真っ赤になりながら俺の身体に引っ付き、ほとんどない魔力で治癒魔法をほんの一瞬だけ発動させる。
そのまま俺の身体に顔を埋めて、耳を真っ赤にしながら「えっち」と小さく口にする。
「疲れたので、寝ます。 アキさんも」
「……触るだけならいいか?」
「ダメです」
溜息を吐き出して、エルの身体を抱き締める。 抵抗はなく、されるがままに抱き締められてくれている。
……まぁこれで充分幸せだからいいか。




