獣が剣を握るが如く③
俺は星矢と相対し、押されはせずとも攻めあぐねながら、その厄介さに眉を顰める。
星矢の基礎となっているのは魔物化した肉体。 俺よりも魔物化の進行は何段階も下位にあるもののようではあるが、身体寄りの魔物化でも違いがあるのか筋力に限れば星矢の方が強い。
遥かに勝っている速度にしても、能力【食って吐いて】による空気の吸引と噴射による補助もあり互角かそれ以下か。
彼我の戦力差を算盤に掛けている俺に対し、星矢は嘲るように口角を上げた。
「どうした? なあ、どうしたよ。 というかさ、お前って案外弱いよな。
まっ、勇者と同じように魔物化するって言っても、能力がなけりゃ半端なニセモンにしかなれねえよな」
分かりやすい煽りを無視しながら、足を引く。 意識から振り払おうとしても別行動をしているエルが気掛かりで乗り切れない。
戦闘の基盤となる身体能力は互角以下、魔力は勝っているがどんぐりの背比べといったレベル。
今までの戦闘において切り札となっていた高みへと朽ちゆく刃は通用しない。
刃が肌に触れた瞬間、切り裂く間も無く食って吐いてにより剣が奪われる。 投擲やシールドであっても同様。
流石に拳は奪われなかったが食って吐いては奪っただけ身体が重くなるのと同時に、重さに見合った頑強も得るらしく、下手に殴れば先に俺の拳が砕けるだろう。
息を吐き出した俺は軽く下がりながら、星矢の出方を見る。 下手な行動をすれば我が身我が意によって技を奪われてしまう。
ロトやエルに比べて見れば、随分と異能力頼りの戦闘法であり、星矢が強いというよりも能力が厄介であることを思うが、道具がいいだけだ、などと言ったところで言い訳にもなりはしない。
「どうしたよ? こねえのか? 小物だな」
少女めいた高い声による罵り。 無視をして出方を見続ける。
「まぁ、あんな女に惚れてるような小物だったら仕方ねえな」
あんな女。 その言葉に眉を寄せていれば、星矢は嘲る。 エルのことを。
「あいつだよ。 あの媚びることばかりの売女みてえな女。 雨夜……いや、今はーー」
高みへと朽ちゆく刃:一式・四式変合【疾閃】
シールドフラグメントを叩きつける。 能力によって食われたところで、もう一度叩きつけ、ひたすらシールドフラグメントを食わせ続ける。
苛立ったのは確かだが、無策という訳でもない。 息を吸い込みながら、エルの言葉を思い返す。
『星矢くんはフルオートも厄介ですけど、多分イートオートの方が大変だと思います』
『ただの収納能力だろ?』
『んぅ、剣が当たるときに使ったり、魔法が当たるときに使ったら実質完全防御みたいなものですし……出来ないかもしれませんが』
『……対処の方法がないように思えるが』
『……確実ではないですけど、一応……弱点は、あります』
フラグメントがなくなった時点で短剣を星矢に払い、それも吸収される。 近くにあった階段の手摺を引っこ抜き星矢に振るって、壁を切り崩してから星矢に投げ飛ばしていく。
「馬鹿みたいに攻撃しても、効かねえよ! フルオートッ!!」
星矢は後ろにシールドフラグメントを吐き出しながら、高みへと朽ちゆく刃の予備動作を行う。高みへと朽ちゆく刃の四式で跳ね飛び天井に張り付くように移動してから、天井を切り崩して星矢に降り注がせる。 反動により脚に激痛が走るが無視だ。
「効かねえ! イートオートは最強の防御能力だ。 フルオートッ」
瞬間移動に見紛う早さだが、俺のそれよりも遅い。 それはエルの言葉が正しかったことを意味する。
『能力って、人格に左右されるじゃないですか? 僕の場合は「自分を否定する」みたいな特徴を持った能力になりますし、月城さんなら「現状を維持する」みたいに。
星矢くんが悪い人に与えられている、我が身我が意は人の技を自分のものにする能力で、食って吐いては物を自分の中に取り込む能力。 つまりーー「自分の物にする」みたいな特徴を持った能力を生み出すってことです』
イートオートにより重くなっているために四式の速さを活かしきれていない。それはイートオートによる吸収量に比べて排出量が劣っていることを意味している。
壁を切って投げ、天井を切って飛ばし、近くに物がなければシールドを砕いて魔力を込めて巨大化させてから弾き飛ばす。 息が保たないが、それは我慢だ。
『中に入れるほど身体が重くなるってことは、限界があるってことです。 重すぎたら自重で潰れてしまうので。 つまり、吸わせて吸わせてして、取り込みきれないところまでしてからだったら、攻撃も通ります』
『吐き出せばいいんじゃないか?』
『不確実な推理なんですけど、そういった『自分の物にする』って人格による能力だったら、中に入れるのと出すのなら、中に入れる力のほうが強そうですよね』
俺の狙いの一つが分かったのか、フルオートによって四式を真似てその場から逃げようとするが、俺も四式で追い縋り天井を切り崩しながら迫る。
瓦礫塗れになった中、星矢が不快そうに口を開く。
「フルオートッッッ!」
「その技は遅い。 ただでさえ高みへと朽ちゆく刃は振るまでに時間がかかるというのに、余計な手間まで掛かっている」
高みへと朽ちゆく刃が放たれるよりも前に星矢の手を掴み、足元を蹴ることで、高みへと朽ちゆく刃の威力で星矢を地面に叩きつける。
鈍い音がするが、すぐに星矢が立ち上がって剣を振る。 頭から血を流しているが、流石に丈夫そうで戦闘不能にするには、まだ足りない。
高みへと朽ちゆく刃が俺には通用しないと勘違いした星矢は四式とオートイートによる噴射で退避しようとしているところを再び追う。
突然、星矢が方向を転換し俺に券を振るい、俺はそれを剣で受け止める。 鍔迫り合いは星矢が剣を消したことにより終わり、続けて星矢が虚空から剣を引き抜く。ロトも似たようなことをしていたが、やはり厄介な使い方だ。 それをする間にも星矢は瓦礫を吐き出し続けて、こちらが素手で反撃しようとすれば四式で逃げる。
「万策尽きたのか? は、雑魚が」
「まだ、まだだ」
四式、四式、再び四式と二人とも目にも止まらないほどの速さで縦横無尽に駆け巡る。
瓦礫を吐き出していて軽い状態の星矢であれば素手での攻撃が通用する。 瓦礫を収納している状態であれば、攻撃をし続ければ限界がくる。
対し、星矢は単純な技能差で俺に対する決定打に欠けている。 故に、星矢は四式を繰り返し使うことで撹乱するしかない。
俺も攻め手に欠けるのは確かだが……勝ち筋は確かに、存在した。
『アキさんが負けることはないので、多分、膠着状態になります』
『おお、エルたんがサラッと惚気た』
『うるさいです。 ……おそらく、星矢くんが逃げ回って、アキさんが追いかけることになります。 その時には高みへと朽ちゆく刃の四式同士の追いかけ合いになると思うんですけど……。 そこに毒を仕込んでおくんです』
『毒?』
『毒です。 食いしん坊さんに、食べたらお腹を壊す、毒を食べさせてあげるんです』
四式で蹴る影響で壁や地面が引き裂かれ、それによって出来た瓦礫を星矢に向けて弾き、四式によって回避される。
「それが出来るのはお前だけじゃねえよッ!」
星矢もモノマネをして瓦礫を剣で弾き飛ばし、俺も同じように回避する。 回避、攻撃、回避、ひたすらに繰り返し、その時が来る。
俺が掴み投げ飛ばした瓦礫を回避しようとした星矢から、鈍い音が響き、瓦礫を吹き飛ばしながら転がる。 星矢の右脚は膝の関節があらぬ方向に曲がり、瓦礫や階段の段差に擦った全身からは酷い出血が発生した。
「……は?」
戦闘の興奮のせいか痛みは感じていないらしいが、脚が折れたことには気が付いたのだろう。
トドメを刺す必要はなく、かと言って治療してやるのはエルを罵ったので絶対に嫌だ。
エル達の元に行こうと踵を返す。
「な、なんで……」
「人質は助けてきてやる。 あと、エルを売女呼ばわりしたのは忘れねえからな。 後で両手両足の爪を剥ぐから覚悟しとけ」
エルの指示がなければどうなっていたかが分からない。 少なくとも、イートオートの攻略は独力では不可能だった。
『一番最初にする高みへと朽ちゆく刃の四式を、普通よりもすごく負担がかかる不完全な形で見せてあげるんです。 そしたら四式同士でピュンピュン移動してたら、攻撃が通らなくても、足が筋肉痛になって動けなくなるはずです』
わざと技を真似させることで、自分で自分を攻撃させる。 実際に身に付けた技ではなく、完全に身体の動きだけを近づけるだけの能力だったために、不自然な動きであっても繰り返し行なってしまった。
完全にエルの作戦通りだった。 早くエルの元に急ごう。




