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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第二章:高みへと朽ちゆく刃。
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酔っ払いの男

「あいつは元気にしてるか? また帰った時にグラウが会いたがってたと伝えてくれないか」


 男、グラウというのか。

 彼は愉快そうに言うが、俺はあそこには帰れない。


「グラウ……っていうのか。 悪いが、それは無理だ。俺は、もうルト=エンブルクではない。

ただのアキレアだ。 自分で会いに行ってくれ」


「あ? エンブルクじゃない?あいつは、何をしてるんだ」


 ふらつきながら、こちらに向かい俺の肩を掴んだ。

 掴んだ手は、そのダラけた姿格好からは想像もつかない。 強く掴まれているわけでも体重をかけられてもいないが、重い。 鍛えられた手だ。


「いや、高みへと往ける奴はこんなことじゃあ口を開かないか」


 グラウは高みという言葉をやけに使いたがる。 俺はグラウの酒臭い息と重い手を振り払う。


「よく分からないが、納得したんなら……俺はもう戻る」


「理解はしたが、納得はしていない。

親友のガキが親友に捨てられたとあっちゃあほっとくわけにもいかないだろ? そんなのじゃあ高みにいけない」


「意味が分からない。 はっきり言って、酔っ払いにつきまとわれるのは迷惑だ」


 話を打ち切り踵を返して宿に向かうとグラウが着いてくる。


「そういうなよ、ほら心の友の息子っていっそ俺の息子みたいなもんじゃないか。

俺は女体という高みにいけなかったから子供はいないから代わりにさ」


 子供の代わり、なんて言葉を聞いて思わず振り返る。

 エルは、息子の代わりにされていて傷付いた。


「うるさい。 子供の代わりなんぞいるわけがないだろうが」


 俺が目を剥いて睨みつけて敵意を出してしまったからか、グラウが驚いたような顔をする。


 違う。 違うだろ。 エルが傷付いたんであって、俺が傷付いた訳ではない。

 エルの義母が傷付けたのであって、このおっさんが傷付けたのではない。


 混同するな、俺はエルではない。それは分かっているのに、エルが痛い。


「悪……い。 八つ当たりだ」


「いや、息子が反抗期なのは仕方ない。 あっ、下ネタじゃないからな」


「死ね」


 駄目だこの酔っ払い。 敵にはならないだろうし、街中で戦う訳にはいかない。

 単純に走って白髪混じりのおっさんを振り切ってしまうことにする。


 慣れた体制で駆け出そうとする。 その瞬間、目の前に壁ーーいや、地面が迫っていた。


「待てって、我がペ……息子よ」


 転ばされた。 いや、俺が勝手に転んだのか。 違う、だが身体に痛みなんてないし、触れられたとも思えない。


 身体を起こし、手と脚の両方で地面を蹴り飛ぼうとするが……浮遊感。 回る景色と酒の匂い。

 酔っ払っているような感覚がーー 地面に尻から落ちる。


 どうなっていると理解出来ずに前を向くと、屈んだ姿のグラウが見える。


「あいつの息子の癖に随分速いな。 あの貧弱夫婦からこんな……」


 立ち上がればこかされると思い、四足歩行で街を駆ける。 慣れはしないが、なんとか……一瞬影が見える。 その影を掴もうとしたときには体制は無茶苦茶で、転んだ拍子に肩を強打する。


「獣染みた動きだな。 器用なもんだ」


 無理だ、逃げれない。影を捉えることも出来ない。


「敵か、敵ならば……」


 ーー容赦はしない!


 そう吠えたときにはぺたりと尻餅をついていて頭をゴシゴシと撫でられていた。


「敵じゃねえから。 お前の父親と愛し合う関係だっていっただろ」


 ヘラヘラと毛布を握り締めながらグラウは言う。


「友人からランクアップしすぎだろうが!」


 怒鳴るが、この格好のつかなさはどうしようもない。

 舌打ちをして、俺に手を差し伸ばされたグラウの手を払い立ち上がる。

 立ち上がったところで土の付いているところをポンポンと払われ、息子扱いどころか幼児扱いだ。


「酒は飲めるか? 飲み直すのに付き合えよアキニス」


「アキレアだ」


 逃げられないか。 このままなんとかしてエルのいる宿屋まで行くより、このおっさんを酔い潰してから逃げた方が賢い選択か。


 肩を掴まれて馴れ馴れしく近くの酒場に連れていかれる。

 夜に盛り上がる店でも、これほど夜遅くにならば人は少なく疎らに座っていて、外よりは騒がしいが、うるさいほどではない。


「アキレアは何を飲む?」


「いらねえ」


「勝手に決めるぞ?」


 無視してそっぽを向くと、グラウは近くのウエイトレスを呼び、注文する。


「俺に甘酒。 いつに蜂蜜を一杯。

あと摘みになるもんもくれ」


「俺は熊か! んなもん飲める訳ないだろう!」


「じゃあなんか好きなの注文しろよー、蜂蜜か酒限定な。 蜂蜜酒だとなお良し」


 しかも甘酒って……酔う気が全くないだろ。 適当に壁に張られたメニューの中で一番安い酒の名前を口に出す。


「仕方ないだろ。 酒は好きだが、ここで酔っ払って高みへといっちゃえば、逃げられそうだ」


「逃げねえよ」


 実際は逃げるが。 馬鹿馬鹿しいとため息を吐けば、グラウが勝手に注文を変える。


「すまん嬢ちゃん。

やっぱりさっきの注文止めて、適当にいい酒と摘みを二人分頼む」


 好き勝手しているグラウがこちらを向いて不思議そうな顔をする。


「なんだ」


「いや、別に。

顔から性格まで若いころのアイツに似てるとはなあって、驚いていただけだ。高みへといける匂いが特に似ている」


 嫌な気分と誇らしく思う俺が同時に混在してまとまらない。

 なんだかんだ言おうと、俺は魔法の才気に溢れている元父親に憧れていたことには変わりはない。 ……だから、家を出たんだ。


 運んで来られた酒と摘みをグラウがばくばくと食べ始める。


「それで、何のつもりでこんなところに連れてきた」


「そりゃ、腹が減ってたし」


 話が通用しない相手がこれほど厄介だとは思いもしなかった。

 あーん。 と俺に酒のツマミの肉を食わそうとするが、椅子を引いて避ける。


「そういうことじゃなくてだな。 俺と顔を突き合せる意味が……」


「アキレアは、あの勇者と意味があって行動しているのか?」


 俺の動きが止まり。 グラウは俺に食わそうとしていた肉を口に含む。


「そういうことだ。 俺もお前と同じであわよくば、ぺろぺろ出来ないかと……」


「思ってねえよ! 俺はエルを守りたいだけだ!」


「ほら、やっぱり一緒だ。

まぁぺろぺろとかは本気ではなく冗談だ。 俺は美女しか無理だから」


「本気であってたまるか」


 ヘラヘラ。 グラウはそう軽快に、軽薄にではなく笑う。


 俺はエルのことを舐めまわしたいとかは……。 エルの細く艶やかで柔らかい髪を、くりくりとした瞳を、薄く艶めかしい唇を思い出す。

 首を横に振り、その想起を無理矢理止める。


「まぁ、あれだ。 一番の親友と、初恋の人の子供だからな。

本当に、生き別れた子供がいたみたいな気分だ」


 意味が分からないと椅子の背もたれに寄りかかるが、ほとんど他人のエルを守ろうと必死になっている俺が言える言葉ではない。


「なんだよ、それ」


 俺が捨てたつもりだった父親の繋がりが、無理矢理くっつけられてしまったような感覚が、不快だ。


「飲めよ。酒。そんな面じゃあ高みへと朽ちゆくことは出来ねえぞ」


「うるせえよ」


 飲まないとずっと話され続けると思い、それに口をつける。

 喉を軽く焼くような感覚が食道を通り、胃まで届く。 唾を飲み込んで食道に残った酒を胃まで追いやる。


 随分とアルコールが強い。 不意にエルの名前を付けるときの口説くような文言を思い出して酔わないように気をつけようと心に決める。


「何があった。 聞かせてくれ。こんな生活をしていたら、お偉いさんの事情とかは本当に知らないんだ」


 そうやって軽く頭を下げるグラウをどうするべきかを考える。

 父親の関係者ならば、教えたとしても問題はないかと思い口を開く。


「別に、大した話じゃない。 俺が無能だから家名を名乗ることを禁止されて、外に放り出されたってだけだ」


「……ヴァイスがか? ハクは、母親は?」


 元父親と元母親の名を出されて、やはり以前の友人だったのだと理解する。


「元母親は、死んだ。 弟が産まれてから程なくしてな。 難産だったからだと聞いている。 もう十年以上昔だ」


 グラウは飲んでいた酒を机に置き、俺と同じように背もたれに体重を全て預けて凭れかかる。

 涙を流しているのか、エルがグラウに掛けていた毛布を頭の上にかけ始め、顔を見えなくしてから毛布の中からくぐもった声を出す。


「そうか。 ハクが、あいつがか……。

結婚式も無理で、葬儀にも出てやれなかった」


 グラウは毛布の中に酒の入ったコップを突っ込み、ごくごくと飲み始める。


「お、おい」


「いや、聞けて良かった。 また、いつか墓参りに行かないとな」


「……そうか」


 毛布に二つのシミが漏れ出しながらグラウは笑う。


「まだこんな歳なのに、知り合いがいなくなってばかりだ。

俺は墓マイラーの才能があるのかもな、高みへと高みへと朽ちゆくものだ、人は」


 また毒気が抜かれて、今なら逃げ出せる気がするが、逃げ出す気が起きない。

 顔がベトベトになっていそうな毛布魔人を見ながら俺はため息を吐く。


「無理して笑うのは格好悪い」


「知ってるよ。 それでも、笑いたいんだ。 笑わないとハクに笑われる」


 しばらく泣き笑いをし続けているグラウを眺める。

 俺が一切泣けなかった母の死を、見知らぬ男が人目も憚らずに泣く姿。


 不思議ではあるが、俺と同じように泣かなかった父親を思い出して、母が救われたような気がする。


「グラウ。 父親は、泣かなかった」


「知ってるよ。 あいつは、人前では泣かないんだ」


 俺よりもよく知っているのだろう。

 一気に煽った酒のアルコールが喉を焼き、胃の中で溜まるのが分かる。


「あいつが泣くのは俺の胸の中だけ……ってな」


 つまらない冗談を言ってグラウは笑う。 笑う。笑った。 笑う。 それでも毛布は濡れ続けた。 笑う。

 笑う。 笑って、笑う。

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