ゴブリン討伐
ギルドという組織は、ある程度の規模を誇る街に取っては欠かすことの出来ない必須の組織である。
街の周辺の魔物の処理、街から街への移動時の護衛、街中の雑多な小間使いから、有事の際に頼りになる存在もギルド員である。
だから、ギルドは街に取って必須……ではない。
魔物の処理は兵士や傭兵などが集団で数を減らせばいい、幾ら魔物が繁殖力が旺盛であるとはいえ、数を減らせば増える数も減るのでそれほど問題ではない。 わざわざギルド員に魔物を討伐させる意味は然程ない、安上がりである事は安上がりではあるが。
護衛にしても、身分の分からない犯罪者かもしれない者より身分の分かる傭兵を雇った方が信頼出来る。事実大抵の商人は専属の傭兵を雇っている。
雑多な小間使いなどは便利ではあるが、ちゃんと働かない可能性もある日雇いのギルド員の必要もない。
有事の際に頼りになるのはギルドよりと騎士や衛兵である事は誰も疑いを持つことはない。
ならば、何故ギルドは街に取って有用であるのか。
口汚く言えば、口減らし。 街で生産出来る食料よりも多く街人がいれば、当然食いっぱぐれる貧民が出る。
生産出来る食料よりも少なくとも食いっぱぐれる貧民は出る。
そんな者がいれば治安は悪くなり、犯罪は増えることは間違いがない。
そこで活躍するのがギルドである。
年齢性別能力出身金銭障害身分、何も問わずにどんな人間であっても五分とかからずに登録可能。
街中の小間使いだけではギリギリで生活出来ないような依頼料で、家もないような人間は街の外に出させて魔物を討伐させるようになっている。
そして良心的な価格(戻ってきた場合は無料)での武器の貸し出しはほとんど研がれておらずただの鈍器。
当然魔物には苦戦して、大抵が死ぬだろう。
それにより、一定以下の水準の人間は不幸な事故やら自己責任やらで処理が出来、街の中は綺麗なままでいられるわけである。
当然魔物に勝ち続ける者も出てくるが、それはそれでさして数も多くなく楽に管理できるために有用である。
その口減らしのための依頼の中でも、ゴブリン討伐は最たる利便性を持つ依頼だ。
数が多いが弱いゴブリンにギルド員を向かわせると、大抵が数匹と戦ってから負ける。
つまり、害獣であるゴブリンは減るのに、お金は払う必要がない。 まさに錬金術である。
こうして、みんなのギルドは今日も街の平和を守ってくれるのだ。
ゴブリン討伐の依頼は何より目立つところにあり、初めての利用で受けられる依頼の中でもかなり高額に設定してある。
赤黒い髪をした男。 適当な受け付け嬢の仕事により、ギルドではナインと呼ばれるようになった若い男も、他の人と同じようにその依頼を受けた。
街の端にあるギルドから出て数分で街の外に出る。
そこからキョロキョロと見回しながらナインは進んでいくがゴブリンは見当たりはしない。
獣にしては高い知能を持つゴブリンは一人だけの者をよく狙う。 故に人が多く集まる街の近くに巣を作ることは稀で、一時間ほど歩いた場所になってからやっとゴブリンを見つけることが出来る。
犬猿とでも言うような、猿のような身体をほんの少し犬に近寄らせて犬の頭を取り付けたような醜悪な姿をした魔物。
数匹のゴブリンを見つけたナインは鉄の棒と呼ばれた剣を持ってゴブリンに近寄るが、ゴブリンは逃げ出した。
自然において、ゴブリンは生態系の頂点に立つ強者である。
魔物であるが故の強靭な走りや、高い知能。
強者は戦うことはない、一方的に狩りをする。
鋭い聴覚と視覚により、獲物に見つかる前に獲物を見つけ、高い隠密能力によりその獲物を観察する。
武装こそしているが一匹でいる警戒心の薄い人間。 脆く柔いそれを見つけたゴブリン達は、周りに他の人間がいないことを確認してから姿を現わす。
けれど決して近寄らない。 木々も少ない草原の中でただ真っ直ぐに獲物を見詰める。
獲物はこちらに向かってくるが、所詮は人間であり、脚は遅い。 ほとんど同等の速度で逃げて距離を保ち、獲物が逃げれば同じように走って距離を保つ。
殴れば殺せる獲物でも油断はせず、一定の距離を保ち続けながら獲物を見詰める。 人間はすぐに疲弊する。
弱り始めれば石を投げつけ、逃げるか追いかけるかを選択させて、また弱らせる。
疲れて動けなくなったところを殺す。 殺して喰らう。
それがゴブリンの、強者の狩りだ。
けれども、今回は何かおかしい。 気が付いたのは姿を現わしてから1分ほど経ってからだった。
追いかけられている。 珍しくもないことだが、今回はおかしい。
ーー何故、人間がオレタチより足が速い!
約50mほど離れていたはずの距離が、もう10mもないほど近くにきている。
弱っていない、武器を持った人間が自分達を越える速度で走り、追いついている。
獲物に、獲物だったはずの人間に追いつかれたゴブリンは頭を鉄の棒で殴られて倒れる。
他のゴブリンもこのままでは死ぬと思い立ち止まって男と相対するが、速さというアドバンテージはなく素手と武器の差は激しくなすすべもなく倒された。
「弱いな。 これで金もらえるのか」
妙に足が速い人間はそう言ってゴブリンの死体を剣で切りさばき、滅多刺しにして中にある魔石を剥ぎ取った。
◆◆◆◆
魔石自体にはほとんど価値がない、ある程度、中位ないし高位の魔物であれば用途もあるが、ゴブリン程度の魔石だと何の使用方法もなくただの討伐証明にしかならない……らしい。
さっき受け付けから聞いただけで、その真偽は分からないがとりあえず従うしかないだろう。
早く街に戻って宿をとって寝たい。
眠い目を擦りながら街の方へ戻る。 帰った頃になれば昼飯時だろうし、腹も少し減っているから寝るのは飯を食べた後か。
飯を食べて、宿を取ればゴブリンの依頼で手に入った金銭が底を尽きることに気がつくが、とりあえずはこの生活をするしかない。
魔法をもう一つでも手に入れれば、もっと大きな仕事をして貯金することも出来るのかもしれないが、当面はどうしようもない。
魔法の習得は継続して、魔物狩りをするしかないか。
ギルドに行く前に買い食い出来ないかポケットの中の小銭を探る。 見知った小銭に混じる異国の硬貨を見て、ロトのにやけ面を思い出す。
信用出来ない類の人間ではあるが、彼に着いていけばもう少しマシな生活が出来るかもしれない。
騙されても、どうせ何も持っていない。
不安があるとすると。 彼も一文無しの可能性も大いにあるということだろう。
小さくため息を吐いて歩いていると、風が吹いた。
鉄の臭いのような嫌な臭いのする風で、ロトの言っていた与太話を思い出させられる。
周りには何がいないかと警戒し、何もいないことを確認したが、嫌な感覚が体に纏わり付いて離れない。
「魔王、勇者。 ……馬鹿馬鹿しいな」
街に入る際、珍しい黒髪が見えたのでロトかと思ったが別人だったようだ。
強い魔力を感じさせる男だ。 黒髪の男を見ていると周りの人間が楽しそうに口を開いた。
「世界を守りましょうね! 勇者様!」
勇者様。 もしかしたら、ロトの言葉に嘘はないのかもしれない。
話しかける気分でもなく、そのまま街に入って、ギルドで報酬をもらい、安く不味い飯を食べてから安い宿をとって寝た。
起きた時には、もう日が暮れていた。