先を語らぬ予言書⑤
目が覚めた時にジャラリと音が鳴って、身体を起こそうとした身体が動かない。 何がどうなっているか理解出来ずにまわりを見ると、俺の腹の上に倒れ込むようにエルが乗っていて、ベッドに縛り付けるように鎖を巻かれていた。
「……あれ? ああ、そういえば……」
昨日縛っていいかと聞かれ、了承したような……どうしようか。 流石に力付くで破ったらベッドが先に壊れそうだし、一度破られるところを見れば、エルがより強固な拘束具を用意しかねない。
本当に動けないほど縛られるのは、エルの身に危険が迫ったときに動けないので辞めたい。
「んぅ、起きたんですか? おはようございます」
「……おはよう。 ……これ、外してくれないか?」
「えー、んー、どうしましょうかねー? 外してほしいですか?」
エルが生き生きとしている。 ニヤニヤとした笑顔で俺の頰を指先で突き、口角を歪ませて、鎖をジャラジャラと鳴らす。
「アキさんは強いですけど、魔法もほとんど使えませんし、手足も縛られている状態なら勢いも付けられないので、力尽くも無理なはずです」
嬉しそうなエルを見て、自力で脱出出来るとは言いにくい。 首筋を撫でられて、軽く手で締められる。
若干の苦しさに顔を歪めながら、何故こんなことをしているのか疑問に思うが……そういえば昨夜自分も似たようなことをしたことを思い出す。
生殺を握っていると実感するのはひどく興奮するものである。 自分の物であると強く思うことが出来、その状態でも逃げ出さないことに欲の充足を覚える。 しばらく軽く血が廻りにくい程度に締められて、苦しくなってきたころに話される。
「んぅ、今日はおやすみなら、もうちょっとこうしててもいいですか? あ、でも、ご飯とか……寝転んでたら喉詰まらせてしまいますよね」
「……そうだな」
「一日食事抜くと辛いですよね」
「そりゃそうだろ」
「月城さんもきますしね」
「まぁそれは気にしないが」
エルは溜息を吐いてからもう一度、俺の首に手をのばし、先程締めていた場所を撫でる。
まあ、俺も欲を満たすために無理矢理キスなどを時々するので、これぐらいは許してやろう。 こそばゆさに我慢していると、巨大な魔力が近くに来ていることに気がつく。
「……ッ! エル! 解いてくれ! 父親が向かって来ている」
「えっ、ちょっと待ってください!」
エルは急いで立ち上がり、扉の鍵がかかっていることを確認してからベッドに戻ってくる。
「これで大丈夫です」
「いや、何が大丈夫なんだ。 外せよ」
「……分かりましたよ」
不服そうにエルが鎖を解き、そうしている間に父親が部屋の前に来て、そのまま通り抜けた。
「……俺に用があったわけじゃないのか?」
「普通にご飯を食べに行ったのではないですか?」
「向きがおかしいな。 この方向には月城の部屋ぐらいしかないが……」
「月城さんの……? よし、アキさん、解けたので急ぎましょう」
「そんなに腹が減ってたのか?」
「違いますよ! お義父さんと月城さんがなにをしているのか覗きに行くんです!」
出歯亀するのか……父親が月城に何の用があるとか、どうしようもないほど興味がないのだが。
「……エルが期待してるような色恋沙汰とかはないぞ?」
「分からないですよ。 月城さん綺麗で可愛いですし」
「そういう問題じゃないだろ。 ……そもそも、ほとんど会ってないだろう。 父親は自室からほとんど出ないからな」
エルに浄化の魔法を掛けられてから部屋を出ると、エルは小さな歩幅で潜むように歩く。
「興味ないんだが……」
「んぅ……未来のお母さんになるかもしれませんよ?」
「ならないだろう。 父親も結構な歳だからな。 病にでも掛かればすぐに死ぬだろ」
「まだ40前後じゃないですか」
「かなり歳取ってるだろ」
「文化の違いを感じます……」
ああ、日本は結構長生きだから色々とゆっくりしていると前に聞いたな。 でも、40歳で再婚などするものなのだろうか。 いや、こっちでもすることはあるか。
「……あ、そういう話じゃなくて、何か探し物みたいですね」
「ああ、聞こえるのか」
相変わらず耳がいい。 エルの頭を軽く撫でて、髪が伸びていることに気がつく。
「髪、結構伸びたな」
「そうですね。……こんなに長いのはちっちゃい時以来です」
「今も小さいだろ」
「……意地悪言いますね」
意地悪のつもりはなかったのだが……。 肩の近くまで伸びたエルの髪をサラサラと撫でて、前髪も伸びていることに少し顔を顰める。
「以前よりも顔が見えにくいな」
「もう少しで目にかかりますね。 切った方がいいですよね。 あ、本を探してるみたいです。 この前のあれじゃないですか?」
「ああ、あの本か……渡すの面倒だな」
「僕が返してきま……しょうか?」
怖がっているのにさせるわけもない。 エルの頭を撫でながら本を取りに部屋に戻る。
「月城に渡しに行かせたらいいだろ。 あれは何故か父親を好いてる奇特なやつだしな」
「そうですね。僕達は緊張しなくてよくて、月城さんは好きな人と話せる。 うん、これがいいです」
俺は緊張ではなくて嫌いだからだが、わざわざ言わずに本を手に取る。
まぁ父親がこの部屋に訪ねてくることはないだろうから、朝食の時にでも月城に渡せばいいか。
エルの方を見るとハサミを持って前髪に当てて……。
「ちょっ! 待て、待て待て待て!」
「どうしました?」
「何しようとしてるんだ!」
「髪を切ろうと……邪魔ですから」
「勿体無いだろ!」
「勿体無い?」
「切るなら俺にくれ……!」
エルは頰を引攣らせながら首を横に振り、若干後ずさる。
「……ないです。 流石にそれは引きます」
「……妙なことには使わない。 保存するだけだ」
「充分妙ですから」
「……とりあえず、自分で切るのはやめた方がいい。 俺がしようか?」
「切れるんですか?」
「まぁ、問題ない。 他の奴には触らせたくないし、エルは危なっかしいからな」
エルからハサミを受け取り、自分の髪で軽く切れ味を試してからエルの体にベッドのシーツを巻き付ける。
「アキさんっていいところの子なのに、適当ですよね」
「まぁ、特に何か特別な教育をうけたわけではないからな」
「これ、毛がいっぱい付いたら洗うの大変になりません?」
「魔法の方の浄化でどうにかなるだろ。 いつも寝起きに探してもないし」
「……探してるんですか」
エルの髪を手で梳き、前髪を避けさせてエルの顔を観察する。
「どれぐらい切ろうか」
「んぅ……アキさんはどんなのが好みです?」
こういうところ、エルは卑怯だ。 自分は俺の物である、好きにしていいと言っているように感じる。
「好きに切ればいいのか」
「アキさんが好きな風にしてくださいね」
尋ねれば肯定の言葉が返ってくる。 若干の興奮を覚えながら、完成形を頭に浮かべる。
いつものようなショートカット……いや、少し長くするのも女の子らしくていい。 色々と髪型を思い浮かべてから、決めてエルの髪に刃を当てる。 緊張はあるが、しようと思えば治癒魔法でやり直しが効く。
そう自分に言い聞かせながらハサミを動かす。
ハサミは不慣れではあるがこういったことは得意だ。 初めの方は恐る恐るという形になったが、すぐに慣れて思うように切ることが出来た。
「この部屋には鏡ないので確認できないですね。 変なことになってませんか?」
「ああ、自分で言うのもあれだが、よく出来たと思う。 あと、確か前にエルが作ったのがあったはずだ。 あ、これだ」
「ん、後ろはあまり切らなかったんですね」
エルは魔法の浄化を使い、鏡を見ながら髪をペタペタと触って確認する。
いつもとは違って少し伸ばした形にしたのは、ただ好みとかの問題ではない。 エルの意識を、髪を伸ばすことの出来なかった日本にいた頃から、少しでも離したら帰還を諦めてくれるのではないかと期待してのことだ。
意味がなく、女々しいと理解しているが、少しでも縋りたい。
「んぅ……髪が長い……。 僕もオシャレとかした方がいいですか? ……ミニスカートとかは、ちょっと恥ずかしいですけど」
「別にしなくてもいい。 今のままで充分可愛らしい。 まぁ、浄化があるとは言え、旅中でもないのに同じ服を着続けるのもあれだな。
朝食を食べたら買いに行くか」
「じゃあ、にゃん太のお昼ごはんとかは月城さんに頼みますね」
二人きりで街か。 最近は月城もいて三人で過ごすことが多かったので、少し嬉しく思う。
「……デート、ですね」
「……そうなるのか」
若干緊張するがエルの好みは一通り把握している。 あまり人通りが多くなく、落ち着いた雰囲気の場所だ。 ルートを頭の中に作りながら、エルに浄化されたシーツなどを適当に戻し、本を手に取って食堂に向かう。




