先を語らぬ予言書①
華美な部屋だ。
臆病さを示すような奥深い地下の中。 地震も少なく地盤もしっかりとしていて、何よりも魔力に優れた勇者であれば地下室など簡単に作れる。
とは言えど、ここまで深くしてしまえば行き来が不便であるし、大して意味もない。
よほどの臆病ものなのだろうと今から会う人物を想像しながら、大山は階段を降りた。
降りたそこにあったのは華美な部屋。 希少な金属やこの世界で良いとされる調度品の数々。 床に使われた石材も、椅子や机に使われている木材もそれこそ最高級のものばかりだ。
しかし、それが最高級であろうとも床材に向いている石ではなかったり、椅子に向いていない木だったりとチグハグさが目立つ。
置いてある調度品をキョロキョロと見回す賢者ロムにしても物珍しそうにしてはいるが感心する様子はない。 素人目にも統一性が足らず、とりあえず高いものを集めたといった、言ってしまえば成金趣味の部屋である。
目の前の豪華も過ぎて下品な椅子に腰掛けて、全身に重苦しさすら感じられる装飾品を身に付けた男にしてもその通りだ。
「それで、何の用?」
「話をしにきただけだ」
あくまでも対等。 高圧的な笑みを浮かべている男を目の前にして、戦闘能力の低い二人は座りもせずに口を開く。
「自覚はあるか?」
明確な言葉足らず、知らなければ隠すべきことではあるが、知っていれば通じる言葉。
「何がだ? 悪いことをしちゃダメだとか、そんなことか?」
踵を返そうとした二人に向かって笑う。
「いや、いやいや、理解しているよ。 ちょっとした冗談じゃねえか」
軽く手を動かしながら魔法を発動し、風によって食器が動かされて茶が淹れられる。
「砂糖とかはいるか?」
「混ぜもんされりゃ困るからな、口に入れることはねえよ」
「んな姑息なことはしねえよ。 別に浄化の魔法を使ってもいいぞ?」
「魔法毒には効かないだろうが」
「そっちの坊主はどうだ?」
「結構」
「つれねえなぁ」
男はそう言いながら一人で茶を飲んで、ヘラヘラと笑う。
「んで、この魔王様の一人をどうするの? 討伐しちゃう? 勇者っちゃう?」
「別に、なんも」
大山は肩を透かしたようにため息を吐き出す。 本を開く仕草を行なって勇争記録を取り出した。
「ロムー、今んとこ魔王化した勇者ってどんだけ回った?」
「憤怒を除けばこの暴食で最後」
「これも普通の奴か。 やっぱり特異点なんているのかね?」
「いなければ勇争記録の説明がつかない」
マイペースな会話を続ける二人に、男は苛立った表情を見せる。
「何をふざけて……!」
「いやさ、どうにも俺の能力って変な感じでさ能力なのに間違っているというか……どんどん記述が現実とズレてさ」
「何を言っている」
「記述とそんなにズレてない奴とはそんな話さなくてもいいかなって」
「だから、何の話だ」
「予言書通りなんだよ。 まぁ魔王化が遅れたりとかはあるがその程度で、会話する意味もあんまりないんだよな」
「予言書の能力……? なら、俺の未来はどうなっている」
「いや、無理。 未来は書いてないしな」
大山の言葉に男は苛立ち舌打ちをする。 狂人の類いか、と思いながらも幾分かの興味が湧き出る。話している言葉は日本語に間違いがないため勇者であることは疑えない、手元に出てきた本もそれらしいが、未来は書いていない予言書という狂った言葉。
狂人というには理性的に見えたのも理由の一つだ。
「……それ、寄越せよ」
「いや、無理」
大山はそう言いながら立ち去ろうとし、男はそれを掴む。
「待てよ」
「待たねえよ」
男が掴んでいた大山の身体が溶けるように消え、慌ててもう一人の男を見ればそちらも消えていく。
男は魔力が感じられなかったので能力かと考えたが、代わりのように水が絨毯を濡らしていたことで納得をする。
「魔術か。 ……やられたな」
始めから本物ではなく水を操った人形であり、本体は別の場所にいたのだろう。 見た目は光魔法、重さや気配は水、声は風、それらの魔法の気配は闇属性で隠蔽出来る。
「……まぁ別にいいか」
男はそう言いながら、華美な椅子に一人座り込む。 欲しいものを選ぶ必要はない、固執する必要はない。 簡単に手に入るものを、ひたすら集めればいい。 何か一つに固執して飢えるなど、馬鹿らしい。
目に付いたものでいい、離れたものなど要らない。 ただ満足出来るまで収集したら充分だ。 エサを運んでくる人間もいることだ。
入れ替わるようにやってきた少女のように見える少年は足元にある水溜りに顔を顰める。
「飯寄越せ。 あと、それも拭いてろ」
「……能力、持ってきました」
「勇者いたのか。 オス? メス?」
「……男でしたよ」
「じゃあ別にいいや。 んで、それ寄越したら飯な、早くしろ」
少女のような少年は頷き、男の手を取る。 不快そうに顔を顰めながら。
◇◆◇◆◇◆◇
勇争記録は記述に誤りがある。 大山 翼がそれに気がついたのは、この世界に来た1日目の昼のこと、能力を試して真っ先に発見したことだった。
とりあえず、と自身の欄を開いた大山は首を傾げる。 まず、付きなしの勇者と記述されているが、付き人であるロムが隣にいたことだ。
次に、そもそもの能力が記述と違う。 発動出来るのもこういう能力だと頭にあるのも、共に勇争記録であるが、当のその勇争記録には『限定速読』と別の能力が記載されている。
身長などの身体情報や地球での略歴は正しく、誤っているのは能力、付き人、そして現在地のみ。 頼るには隣の賢者しかいないが結局分からず、仕方なく勇者を探してそれと照らし合せながら情報交換を行なった。
友好、敵対、合わせて60人ほどの勇者と関わりを持ったが、大山ほど記述のズレがあった人物はいなかったが、遅くにあった人物や二度目にあった人物は多かれ少なかれ記述の誤りが見つけられた。
ロムの推測では記述に誤りがある者と関われば記述がズレる。 より大きなズレを持ったものが深く、あるいは長く関われば、記述のズレは大きくなる。
本来、あるいは始めから記述のズレがない世界が勇争記録に書かれている記録であり、現実は大山を中心とした記述のズレが存在する世界だ。
現実に近いが別の歴史を書いている書物、先は書かれていないが予言書に近しい物であると予想する。
勇争記録に書かれていることが本来の歴史であるとしたら、何故大山はズレているのか。 大山に異能を与えた女神の意図は何か……少なくとも、魔王となった勇者が順に倒される『正史』とは違う何かを求められている。
従うにせよ、逆らうにせよ、その意図が分からない。
女神の意図を見つけるために勇者と会って話すのを繰り返しているうちに、先の条件ではズレていないはずの記述がズレている勇者が多く見つかった。
その理由はロムによってこう結論付けられた。
「もう一人、ズレを起こす勇者が存在している」
それを特異点と名付け、それを大山とは関係のない二つ目のズレの中心近くにいるだろうと探すが見つからない。 二つ目のズレの中にいるはずなのだが、存在しない。
手掛かりが勇争記録の中にしかない。 照らし合わせれば、答えが浮かび上がった。 勇争記録は現実とは違う正史を記述されるがーー女神によって一部が隠匿されている。 もう一人の特異点に気付けないように。
既にこの大陸のほとんどの勇者が直接的に、あるいは関節的に勇争記録の記述からズレている。 もう一人の特異点探しはほとんど不可能な状況に陥り、大山とロムは何かしら与えられたが、何を与えられたのかが分からない使命に溜息を吐き出しながら勇争記録の記述を見直していき、あり得ない物を見た。
今までのズレは勇争記録と現実のズレであり、当然のこと、勇争記録の内部には矛盾が存在しない。 だが……それが見つかった。
『星矢 光……尾喰 茂に戦闘を仕掛けるが敗北、死亡・帰還する。』
二日前についての記述であるが、実際には星矢は戦闘をしていなければ死んでもいない、それはいつもの記述のズレであるので大した問題ではない。 問題は別の勇者の記述だ。
『雨夜 美佳……星矢 光と接触。 能力『神聖浄化』を移譲、戦闘を行うが逃亡を許す。』
それが今日の雨夜 美佳の記述である。 同じ歴史であるはずの勇争記録の中の『ありえない矛盾』それはすなわち、勇争記録が書き換えられていた証左であった。
雨夜 美佳。 あるいは星矢 光。
そのどちらかが……『正史』を変える力の持ち主である。 大山とロムは、再びその人物を尋ねた。
簡易まとめ
・大山の能力である、勇者の行動について記されている勇争記録には記述の間違いがある。
・その記述の間違いは大山の能力である勇争記録が記述とは違う能力であることを中心としていた。
・記述の誤りがある人物が行動し、記述に誤りがない勇者と関わると記述の誤りが移っていく。
・そのため大山を中心とした記述の誤りが出来ていたが、大山が関わりを持っておらず、記述の誤りが出来た人物もそれほど関わっていないはずの勇者も記述に大きな誤りがあった。
・それは大山以外にも勇争記録からかけ離れた人物がいたことに起因すると思われる。
・大山ではない方の、記述の誤りの中心を探せばその人物が見つかるはずだが、勇争記録が女神に書き換えられているからか見つからなかった。
・今までの記述の誤りは勇争記録の記述と現実の歴史の違いだったが、今回の記述の誤りは勇争記録の記述同士が矛盾していた。
・それは勇争記録の歴史では死んでいるはずの星矢君だが、エルちゃんのページでは生きて登場しているという矛盾である。
・星矢君もしくはエルちゃんのページが女神によって書き換えられていることが分かった。
って感じです。




