vs猫④
「アキさんっ!」
「にゃー」
◇◆◇◆◇◆◇
「似合いますか……?」
「ああ、とても綺れーー」
「にゃー」
◇◆◇◆◇◆◇
「んぅ……アキさん……」
「エルたーん必殺魔法編み出したんだけど! あっ……ごめんなさい」
「いや、変なことしようとしたわけじゃないですからっ!」
「夫婦だもんね、変じゃないよね」
「違うんです! 違うんですよっ!」
◇◆◇◆◇◆◇
エルが猫と睨み合う。
「……あなた、意思がありますね」
「にゃー」
「エルたん、にゃん太は猫だから話せないよ?」
「……月城さん、ペンギンも話せませんよ」
「いや、ペンギンは話せるよ」
埒が開かない、とエルは首を横に振り、黒猫と向き合う。何がそんなに気になっているのか分からないけれどその表情は不満気に見える。
「エルのことを否定するわけじゃないが、猫にそんなことを言っても……」
「いや、絶対にゃん太は意思がありますもん!」
「どうしたのエルたん、エルたんらしくないよ?」
「……だって」
「だって?」
「だって、僕がアキさんといちゃいちゃしようとする度に……いえ、なんでもないです」
エルは言葉を区切ってから、にゃん太をにらむ。 そんなエルに月城は呆れたように、大袈裟な手振りと共に笑う。
「もういちゃいちゃって言葉出ちゃってたから誤魔化すのは無理だよ。 エルたんは欲望に駆られすぎてるんだ。 そりゃ動物を飼うんだから、思うようにいかないことはあるよ」
「そういう自由気ままな感じではなくて、意思を持って邪魔をしにきている感じがするんです。 たぶん、にゃん太もアキさんのことが好きだから嫉妬して邪魔してるんです」
「考えすぎでしょ。 ね、にゃん太」
「にゃー」
「ほら、にゃん太もこう言ってるし」
エルは悔しそうに歯噛みしながら俺の膝の上を睨む。
「そんなに嫌がらなくても、エルたんは元々アキくんの膝に乗ったりしないでしょ? 今は特に触れ合う量が減ってるわけじゃないじゃん」
「アキさんがでれでれしてるのが問題なんですっ! 浮気ですっ!」
「……いや、最初にエルが飼いたいと言い出したんだろう」
「まさか取られると思ってなかったんですっ! にゃんこを可愛がりながら可愛がられるのが良かったのに、アキさんがにゃんこを可愛がって僕を放置して……」
「エルたんが嫉妬のあまり理不尽な本音を……」
まぁ、エルがあれだけ言っているのだから、一応知性があるのかを確かめるか。
まず言葉が通じるかを確かめるために「膝から退いてくれ」と言ってみたら素直に動き、膝の上から俺の前に移動して丸まる。
「……言葉が通じているなら二度鳴いてくれ」
「にゃにゃ」
「……前足を片方上げて」
「にゃん」
「……エル、こいつ言葉通じるぞ」
「だから、そう言ったじゃないですか!」
本当に言葉が通じるとは……少し信じがたい。
「理屈を付けるとしたら……勇者だから、ですかね。 女神様の力で言葉を覚えさせられるので、通じてもおかしくないかも」
「えっ、いやいや、それが出来るようになるっていっても猫だし、偶々じゃない?」
「……魔物化しています。 瘴気を取り入れたってことです。 瘴気は記憶媒体にもなっていますし、瘴気魔法みたいな命令に従う知性的な能力も持っています。 人間が高い知性を持っている理由は一つに記憶して学習すること、学習した内容を使って推理推測すること……それに、言語によって思考を纏められることが大きいです。 勿論社会性といった部分は瘴気によって得られるとは思えませんが……。 前頭葉の働きが主で、瘴気には今のところそういう作用が見つかっていませんから」
「なるほど、分かんない」
俺にも分からない。 エルは困ったように言葉を選び、にゃん太を見つめながら口を開く。
「つまり、脳の大きさの代替になるものが存在しているんです。 それに入れるべき経験も積まされていて」
「人並みに賢くなる要素が揃ってるってこと?」
「んぅ、それを使いこなせるかどうかは別なので、要素だけが揃ってるみたいな……。 野球道具一式揃えたからって、野球をせずに別のことをするかもしれませんから、人並みにとはいかないとは思います」
「待て、なら魔物化している俺や父親は何故頭が悪い」
エルの理屈でいえば、強い魔物化を起こしている俺たちは記憶能力や知性に優れていなければならないはずだ。 しかしながら、実際のところは学力などを始めとした頭を使うことはほとんどが苦手だ。
「うーん、あれじゃない? 人を愛することにその知性を捧げた、みたいな」
「意味が分からない」
「……アキさんって、実際はそんなに頭が悪くはないですよね。 文法とか単語とか文字がバラバラの言語を独学でま15語近くって、地球でもそんな人いませんでしたし」
「あー、そういえばそんな謎設定あったね」
「機能が特化しているんじゃないですか? 強化された分はそういうところに回されてるみたいな風になっていて」
にゃん太の小さな脚を適当にいじくりながら聞く。
「父親はそれもなく頭が悪いぞ」
「……得意なことがまだ見つかっていないんです。 書庫に探しに行きますか? 義父さんが集めた本を見たら分かるかもですけど」
「いや、いい。 ……とりあえず、にゃん太には知能があるとして、それに問題があるのか?」
エルを触らないときの手慰みに触るぐらいにしか用途がない存在であり、知能があったとしてもそれは変わらない。
「ありますよっ! ありまくりです! お祭りのあとの神社のゴミぐらいありまくりですっ!」
「……それはアキくんには通じないと思うよ」
「お祭りはこっちにもあるんじゃないですか?」
「行ったことはないな」
「ほらー」
おほん、とエルは咳き込みをしてからビシッとにゃん太を指差す。 その後、心底悔しそうに歯噛みしてから口を開く。
「この泥棒猫は、僕のアキさんを盗ろうとしているんですっ!」
「……そうか?」
「……あ、はい」
「間違いないですっ! その可愛い見た目を利用して、可愛子ぶりっ子してアキさんのハートを奪おうと……!」
「……エルたん、暴走してるから一回寝たら?」
エルには申し訳ないが、月城に同意である。 知能があるのだとして言葉が通じているのだとすれば、好かれているのではなく、俺に決定権があったことを察して媚びを売っているだけなのだろう。
そもそも猫を相手に何を言っているのか。
「アキくん、エルたんがこうなることって以前もあったの?」
「いや、先ず俺が盗られそうになるとエルが勘違いする事態がなかったからな。 ああ、いや、他の女の子と共に旅をしたりした時には多少あったような」
あの時はリアナなどが気を使っていたのだろうか。 ……思い返せば下手に仲良くしていればエルが妙なことを企む可能性は高そうだ。 洗脳魔法とか監禁とか。
今は魔力量が少ないので安心だが、再び魔物化し始めたら……少し危険かもしれない。
「……可愛いけどちょっとウザいね」
「記憶を失ってから好き好きと言われなくなっていたから、少し嬉しい」
「そう……心広いね」
エルがにゃん太と睨み合い、威嚇されて怯む。 ……よわい。




