vs猫②
エルはねだるように俺を見るが、すぐに許諾出来るようなものではない。
たかが猫と言えど、魔力を持っていて能力も持っているとなると不安になる。 襲われては今のエルでは対抗しきれないだろう。
「……飼うには危険だな」
「今も大人しいし、大丈夫だって!」
「そうですよ! そもそも猫なんですから、魔法とか能力を使えないんじゃないですか?」
よく考えてみれば、普通の猫も多少の魔力は持っているはずだが、能力を使ったとかの話は聞いたことがないな。 今のこの猫も同じように何かする気配はない。
「……確かに、あまり危険ではないのか?」
「いいよね、飼っても! エルたんがちゅーしてあげるからっ」
「そうです、ボクがちゅーを……って、しませんよっ!」
月城の妄言は無視する。
「……猫が飼いたいなら、別の猫でいいんじゃないか?」
「この子がいいんですっ」
「そうだよ! にゃん太が大切なんだ、私達は!」
「名前付けるの早いな。 危険は減らしたい、なら他の猫の方が安全だ」
「にゃん太に代わりなんてないんだよ!」
「そうです、にゃんの助との大切な思い出があるんですっ」
「代わりはいるし、思い出はないだろ」
無闇な危険は犯したくない。 とりあえず逃せば、月城とエルには捕まえられないだろうと思って逃す。
「アキくんの冷血漢!」
「アキさんのけちんぼ!」
「アキくんのスケベ」
「分からず屋」
「ロリコン」
「意地悪」
「小児性愛者」
「あの、月城さん、ちょいちょいと僕の方に飛び火してるんですけど。 僕は子供じゃないですからね?」
二人で落ち込みながらも、次の魔力の元に向かおうとして足を止める。
「にゃー」
「あれ、逃げてなかったか?」
「にゃんざぶろう!」
「にゃんザ・サンダー! 運命の再会ですっ!」
「……飼わないぞ?」
足元に寄ってくるのを適当に払うと、月城がしゃがみ込んで猫を捕まえようとするが、するすると隣をすり抜けていく。
俺を見るエルの顔が可愛らしく、ため息を吐きながら猫を持ち上げる。
「……危険があったらすぐに放り出す」
「飼っていいの?」
「ありがとうございます! アキさん!」
「とりあえず、こんなのを連れながら捜索は出来ないから、戻るぞ」
猫を月城に渡して、頰を掻く。
月城はスーハーと猫に顔を近づけて息をして、エルもによによと口元を歪めながら猫を触っている。 そんなに可愛いだろうか、エルの方が間違いなく可愛い。
「ふわふわですねー」
「いい匂いするね」
「可愛いです、いひひ」
エルの方がいい匂いだ。 ふわふわもエルの方が……いや、ふわふわはないな。
「じゃあ、にゃん太用のごはんとか買わないとね」
「エルの服もいるな」
「私が作るよ?」
「お前が作るのは妙な服ばかりだろう。 あるいは肌を無闇に出したりと」
「そういうのが大好きなくせにっ」
「好きだが、他の人に見せたくない」
猫が何を食べるのか知らないので、猫用の買い出しをするのは月城に任せて荷物持ちに徹する。
エルがぴょこぴょこと動くのは可愛らしいが、猫に夢中になっているせいか、話すことも目が合うことも少ない。 若干の憎しみを猫に抱くが、それを見せるのもよろしくないと我慢する。
「エルたんもだけど、アキくんも独占欲つよいよね」
「これが普通だろう」
「そうなのかなあ? 私のいた場所だと、普通に付き合ったり別れたり浮気したり、みたいなの多かったから」
「……理解しがたいな」
「たぶん、この世界でも貴方みたいな人が少数派だよ」
そうなのだろうか。 俺の知っている恋心など、俺とエルと父親、グラウ、それに月城ぐらいだ。 いずれもそれほどまでに軽薄なものとは思えなかった。
「束縛するとか、そういうの嫌がられるからね、普通」
「分からないな」
「アキくんは単純でいいよね。 好きと思ったことに正直で」
「……どうした?」
月城は再び猫をしっかりと抱き寄せて顔を近づける。
「……私は、結局中途半端だなって」
「別にいいだろう」
「死ぬ死ぬ詐欺して、結局グダグダ生きてさ」
「ああ」
「……ヴァイスさんの泣きそうな顔を見て、自分のこと、嫌いになる」
月城の言葉はよく分かる。 大切に思っている人が苦しんでいるのは、あまりに辛い。
「……私はあの人の心にいないから」
背筋が凍りつく。 それを感じ、脚が止まる。
誤魔化すように月城は笑った。
しばらく歩いて家に着き、自室に入る。 エルはぐったりとベッドに倒れ込んだ。 連日歩き回ったから疲れているのだろう。
「にゃん太ーこっち来てくださいー」
月城が俺の部屋の中に猫を降ろしたが、エルの方には行かずに俺の足元に寄ってくる。
「あれ、アキくん懐かれてるね」
「……そうなのか?」
「むぅ……アキさん、お昼ごはんはこっちで食べるんですよね?
この部屋で一緒ににゃん太と食べませんか? 食堂に連れていったら、ダメかもしれませんし」
「それもそうだが……とりあえず洗わないとな」
わりと小綺麗だが、野良猫だ。 エルが既に触ってしまったが、抱いたりする前に汚れを落とした方がいいだろう。
「あ、じゃあ僕がお風呂場で洗ってきますねっ! 僕も汗を流したいですし」
「いやだ」
「いやだって何ですか……」
「他の奴にエルの肌を見せるなど、考えたくもない」
「いや、猫ですよ?」
「猫でもだ」
エルの横に座って、彼女の手を取る。
「魔法の使い方を教えるから、それで浄化の魔法を覚えたらいい」
「そんな簡単に使えるようになるんですか?」
「普通は難しいが、エルは優秀だから問題ない。 記憶も多少は残っているみたいだしな」
以前と同じように気持ち悪いと忠告してからエルに若干の魔力を流し込む。
不思議そうに首を傾げたエルは俺に向かって言う。
「変な感じですけど、気持ち悪くはないですよ?」
「……おかしいな」
「あ、でも、魔力っぽいのは分かりました。 これを動かしたらいいんですね」
エルは目を閉じて魔力を操作し始め、しばらくしてから手を猫に向ける。
「浄化」
猫の身体が光に包まれ、ほとんど見た目は変わらないが若干綺麗になる。
あまりの習得の早さに驚愕しているとエルは治癒魔法を自分に放ち、心地好さそうに息を吐き出す。
「使い方、覚えてました」
「あ、そうなんだ。 魔法ってそんなに簡単なのかと思ったよ」
「んー、わりと難しくはないですね。 記憶、アキさんのことを中心に忘れてるのかもしれないですね。 聞いた話だと、アキさんに対する罪悪感が問題だったみたいなので」
「消す必要のない記憶は残っている、か。 分からない話でもないが……」
それなら、罪悪感の直接的な原因だけを消してくれればよかった。 そう言おうとした口を噤む。
それは今のエルの否定になり、エルがエルに嫉妬してしまう。
それにしても、何故エルはそうしなかったのだろうか。 不思議でならない。




