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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第二章:高みへと朽ちゆく刃。
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番外編:勇者召喚に巻き込まれた


 僕とアキさんがさんはソウラレイに到着して、その街の宿に泊まった。


 いつも怖がりで甘えんぼのアキさんが、いつも以上に甘えていたのが少しだけ不思議だけれど、聞こうとすると嫌がるようで聞くことが出来ない。


 心配しながらも、疲労のせいか目を開けていることが辛くなって、目を閉じる。



 夢を見た。 少しだけ前の、夢を。


◆◆◆◆


 午後の六時ともなれば、夕焼けが多湿のためにぼやけて広がるようで幻想的である。

 徐々に日が沈んでいく様とともにそれを観察する我が心情も沈んでいく。


「今日は帰りたくない」


 僕とて年頃の女子ではあるにはあるのだが、意中の男性に告げるような甘い誘いではなく、切実な願いだ。

 家に帰っても義母が一人だけ。 実の母も父もいない家だ。

 彼女とは仲も良好で、血の繋がりもない僕虐められもせずに養っていただき、高校にも入学させていただいた。 いい人だ。 いい人なんだ。


 そんな人の元に帰ることの何が辛いのかと、自分を納得させて無理矢理に立ち上がる。


 廊下を歩けば下校時刻ということもあり、楽しそうな笑い声をあげる生徒、気怠げに歩く運動部、誰もが今を生きているように見えて、日を見るよりも見にくい。


「おお、雨夜。 お前も今から帰るのか?」


 そんな中でも、際立って日のような光を発する人達がいる。

 僕と同じクラスの生徒。仲のいい四人組の男女だ。

 その中でも人懐こい犬のような笑みと緩い優しさの男の子、三輪君が教室の中から僕に手を振る。


「あ、はい。 三輪君達も帰るんですか?」


「今からドーナッツ食いに行く。 雨夜も一緒に行くか?」


 おそらく善意で誘っているのだろうが、僕からしたらアウェイである。 そもそも学校でも家でもぼっちを極めた僕にアウェイでない場所は存在しないのだけれど。


 断って帰ろうと思い、口を開ける。


「すみません、そろそろ家に帰らないと遅くなってしまうので」


 そう言って会釈をしてから、また歩き始めようとしたが

 、彼らの方向から叫び声が聞こえ、足を止めて振り向いた。



 手があった。 闇から伸びてきたかのような、光沢もないただ色のない黒色の手が教室の床から這い出すように生える。


 喉が引きつり声が出ない。

 僕が固まっていても事態は変動する。 真っ黒い手が、無数に三輪君達の周りから生えて彼らの足を掴み「床」へと引きずり込もうとしている様がある。

 始めに「床」へと引きずり込まれたのは、彼らのグループの中でも特に異彩を放つ人だった。

 いや、人ではなくペンギンだった。


「ぺっ!? ペンんん!? ペンペン!?」


 訂正、ペンギンでもなかったらしい。

 彼らのグループの月城さんのペットらしいそのペンギンは身体が小さいこともあり、簡単に黒い手に引っ張られて「床」に飲み込まれた。


「ぺ、ペン太! ペン太ぁぁあ!!」


 月城さんはペン太を取りかえそうと地面に手を伸ばし、その手を黒い手に掴まれてしまう。


「どうなってやがる!」


 少し荒っぽい性格の星矢君が月城さんを引っ張り上げて床に飲み込まれるのを阻止しようとするが、黒い手の力は強いのか、徐々にではあるが彼ごと床に入っていく。

 遅れて気が付いた三輪君と世良さんもそこに参加して食い止めようとするが、既に腰まで飲み込まれている月城さんを引き上げることは難しそうだ。


 それだけの事態が教室の中で起きているのに、廊下にいるためか僕には一つも黒い手はやってこない。 なんか温度差が寂しい。


 どうするべきかを考えていると、僕のスカートの裾が下向きに引かれる。

 黒い手が、一つだけボクの元に来ていたらしい。


 黒い手は親指で助け合っている四人組をクイっと指差す。


「えと、参加して手伝えってことですか?」


 黒い手はブンブンと手を横に振って否定する。 違うのか、ならば何だろうかと首を傾げていると、脚を掴まれて引きずり込もうとする。


「あ、僕も床の中に行けってことですか。 でも一人だと力が足りないし、他の手はあっちに夢中だから自分から行ってくれってことですね?」


 正解したらしく、黒い手は手をブンブンと縦に振る。

 ジェスチャーや手振りで通じることに喜んだ手は、新たなジェスチャーを始める。


「え、と……分かんないけど嫌です」


 得体の知れない黒い手に従ってあの闇の中に入り込むには些か力が足りない。

 説得は諦めたらしい黒い手は僕の手を掴み、教室の方に引っ張る。 その引っ張りかたはおっさんが若い子をホテルに連れ込もうとするような感じだ。 「ほら、入るだけ、入るだけだから」みたいな雰囲気である。


 一つの手だと僕を引きずることが出来ないと判断したらしく、黒い手は教室の中で四人組を引っ張っている黒い手の元に戻り、沢山の黒い手に何か高度なジェスチャーで何かを伝えた後に僕を指差す。


 けれど、相手にされなかったらしくとぼとぼと一人で、ボクの元に戻ってきて、さっきよりも小さな力でボクを引っ張る。

 ペンギンでさえ数人がかりだったのに僕は一人で何か負けた気がしてしまう。


 そんなこんなをしている内に、四人組は一辺に闇の中に引きずり込まれた。 大丈夫なのだろうか。


 彼らが飲み込まれたからといって黒い手がなくなるわけではないらしく、教室に残った無数の黒い手は僕と一人の黒い手のやりとりを眺める。

 みんなで観戦である。 どことなく呆れているようにも見えるのが不思議だ。


 眺めている内の一つの手が、僕の元にやってくる。

 何か僕をずっと引っ張る黒い手に感銘を受けたように見える。


 当然、その手も僕を引っ張る。

 一人が動き出せば、他の人も動くのは万国共通なのか「仕方ねえやつだな」といった感じで僕を引っ張るのに参加する手が僕を引っ張る。


「仕方ねえ奴だな(意訳)」


「ったく、昔から世話ばかりだ(意訳)」


「べ、別にあんたのためじゃ、ないんだからね!(意訳)」


 四本目の手がボクの手を引っ張り、力負けしてしまい闇の中に引きずり込まれた。


 お母さん。 お母さん助けて。声は届くわけがなかった。


 ◆◆◆◆


 目が覚めた時には、真っ白い空間だった。

 服装は着ていたはずの制服ではなく、よく着ているお気に入りの服だ。


 急いで身体の異変を探るが、おかしなところは一切ない。

 少しだけ落ち着いて周りを見てみれば、同じように自分の服に驚いていたり、周りをキョロキョロしている人ばかりだ。


 だが、僕のように取り乱している人は一人も見当たらない。

 落ち着こうと深呼吸。


 落ち着けるわけがない。 そういえば、月代さんとかもいるはずだと周りを見渡す。


 沢山の人に紛れているのか、純粋にいないのかが分からないが見当たらない。 怯えながら、落ち着こうしているとふくらはぎがペチペチと叩かれて飛び上がる。


「うひゃっ! ってペンギン?」


 月代さんのペットのペンギン、確かペン太さんが叩いていたらしい。


「ペン、ペンペン!」


 ペンギンではないかもしれない。


 何を言わんとしているのかが分からずペン太さんの言葉を聞いていると、遠くの上の方から人が降りてきた。


「落ち着かれていますね。 流石は勇者様です」


 騒めいていた人達がゆっくりとだが静かになり、音の源の方へと向いた。 何か遠くにいるらしいが僕の身長では背伸びしても見えることはない。

 隣で同じようにして背伸びをしているペン太さんだけでも見えるようにとペン太の脇っぽいところを持ち、上に翳す。


「ペン太さん、見えますか?」


「ペン」


 はいかいいえ、どっちなのか分からない。

 そう思っていると、不意に軽くなった。


「見えてねえみたいだから、貸せよ」


「あっ、あ……ありが、と……」


 お礼を言おうとするが、知らない男の人に突然話しかけられるのは少し怖く。 声が上手く出ない。


 幸いにして気分を害さなかったらしく、僕に気にした様子もなくペン太さんを持ち続けてくれている。


 落ち着いた頃に、降りてきた人が話し始める。


 自身の簡単な自己紹介と、今僕達が置かれている状況。


「ーー。 例えば、現世に絶望した。 例えば、死ぬ直前。 例えば、異世界への希望。 例えば、冒険心。例えば、英雄願望。

貴方達は、勇者となり世界を救うことを望む人達でしょう」


 僕はーー違う。 確かに義母とは少しだけ気まずいところがあるけど、絶望なんかしていない。 現状で満足している!

 今日だけ、今夜だけでも雨夜 樹を止めたかっただけなんだ!


 愉悦を思わせる笑みを浮かべていたり、希望に目を光らせている人達が溢れている中、そんな言葉を吐き出すことは出来なかった。


 説明をしている女性、女神様は頷く。

 誰もその言葉に否定をしなかった。 僕は、違う、勇者じゃない。


 簡単にもほどがある説明は一瞬で終わり、僕が文句か何かを口に出す前に意識は暗転した。


◆◆◆◆


 ここは何処。

 付きなしの勇者、異世界、能力。


 異世界に来たのと共に、幾つかの知識と女神に能力が渡されたのが分かった。 僕の能力は神聖浄化。

 汚れを払う。 勇者なのに攻撃にも防御にも使えない、役に立たなさそうな能力だった。


 現実味が薄かった。 周りを見渡すと、草ばかりで気の利いたアスファルトやコンクリートは何処にもない。


 近くの草の上で小さな虫が跳ねる。 虫なんて、まともに見ない環境だったのに……突然こんなところにいるのはおかしいではないか。


 他の人は納得している様子だった。 でも、僕は違う。


 ーー勇者召喚に、巻き込まれた。


 そこまで思い至るとともに、あの四人組も世界に不満を持っていたのだと思うと少し不思議になる。


 考えている場合ではないか、とりあえずは……街に行かなくてはならない。


 空を見上げて時間を確認し、周りを見渡して道か人でもないかと探してみても見渡す限り草ばかりで何処に行けばいいのかが分からない。


 服のポケットの中には、いつも入れている財布ぐらいしか入っていない。 一番慣れている服装になっているのか、いつもの自分の服装を思い浮かべるとこんな感じだ。


 問題は、この場所に送り込まれた意味である。

 勇者というからには、そんな直ぐに死んでしまうようなところに送られるってことはないだろう。 ないと思いたい。


 何を頼りにして歩けばいいのか分からず、ただまっすぐに歩いてみる。

 一時間は歩いたが、景色に変化はない。 始めから進む方向を間違えのか。 それとも、そんなすぐに死んでしまうようなところには送られないというのはそもそもの間違いであったのか。


 一時間も歩き慣れていない道を歩けば、足はもう棒のようでこれ以上歩くことを拒否する。


 何とかして、街に行こう。 街に行けばなんとかなるはずだ。


 そう信じてまた歩き始める。 日が暮れ始めるが、夜目は効く方だ。

 やっと、街らしき灯りが見えてきたと思ったが、その安心感からか足が崩れ落ちる。


 動かない。 動けない。

 身体の不調は足の動きだけでなく、身体中に及んでいた。

 ただの慣れない運動のし過ぎか。 身体に神聖浄化をかけてみるが、収まる様子はない。

 どうやら、ウィルス性の病気ではないらしい。 安心してしまえば、町に着く前なのに身体を動かすだけの気力はなくなり、そのまま瞼が沈んでいく。


 眠ってはいけないとわかっているが、起きていても動けはしないことは分かっている。



 目を覚ませば、まだ死んでいなかった。 身体中、特に足が酷い筋肉痛のようだけど動かなくはない。


 無理に立ち上がり身体中を浄化する。 身体から土や草がなくなる。


「コホ」


 咳き込んでいた。 変な物を吸ってしまうわけでも、風邪でもないはずだ。

 筋肉痛だけではないだろう酷い気怠感が身体を覆っている。 手を見てみれば、何故か発疹が出ている。


 神聖浄化をしても、なくならない。


 ウィルス性の病気だったとしたらもう病原はなくなったので大丈夫だ。 でも、違った場合は、治療が出来ない。


 自身の身体不調から目を逸らして街に向かい、中に入り込む。


 やっと気がつく。お金がない。 何もない。

 どうする。 どうしたらいい。


 身体が動かない。 せめて目立たないようにと路地の裏に身体を潜ませる。

 地面に雨水らしきものがたまっていた。 浄化をすることで飲めるようにしてから飲む。


 目を閉じる。 寝て筋肉痛と発疹が治って元気になれば、また何か出来るはずだ。


 お腹が空いて目が醒める。 身体中が痛い、なのに感覚が薄くて動かない。

 何の病気だろう。 分からない。


 なんとか這って、雨水に手を付けて浄化し、手で掬ってそれを飲む。

 それだけで身体の限界がくる。


 目を開ける。 いつの間にか寝てしまっていたらしい。 やっぱり病気だったのか、でも何の病気かも分からない。

 手を見れば発疹らしきものが沢山浮いている。

 目を閉じる。


 目を開けて、なんとかしようと這って動く。 目を開ける。 寝た覚えはないのに、起きたのだ。 それから意識は途切れ途切れだ。


 栄養失調か、それとも病気のためか動くことが出来ない。


 これはもう死んでしまう。 自分でも分かる。

 せめて死骸ぐらいは綺麗にと浄化を身体に施す。


 お母さん。



◆◆◆◆



 目を覚ます。 身体にかかっていた布を見て、全ては夢だったのかと思ったが、天井を見ても、どこを見ても知らない場所だった。


 机の上には不味そうなパンが置かれていたりして、胃が空腹を訴えるがそれを食べる気は起きない。


 血の匂いが充満していて何があったのかと思ってそこらを見回す。 壁や床に血が付着している。

 得体の知れない恐怖に身体を震わせる。


「あ、れ? 身体」


 身体を震わせることが出来る。 おかしい。 身体は動かなかったのに。

 服にも血が付着していることに気がつくが、僕の血ではない。 ならば誰の……。 扉が乱雑に開かれた。


「あ…………」


 血の匂いが急激に強まる。 赤、そして黒色をしている。

 男性としては少し線が細い顔の中心に紅い血のような目が揺れていて、髪の毛は乾いて古くなった血のような色。

 身体中にも血を付着させていて、身体からは鉄のような異臭を放つ人がそこにいた。


 恐ろしいと思った。 それは、何故かあちらもなのか、僕のことを見た後、逃げるように一歩下がった。


「目、覚めたのか?」


 少しだけ怯えの感じさせる声で、彼はそう言った。




◆◆◆◆


 鳥がチュンチュンと鳴く音で、目が覚める。 何故か隣にアキさんが寝ていて、驚いて変な声が出てしまった。

 アキさんは僕を抱き枕のように抱きしめていて、僕のない胸に顔を押し付けるようにーー。


 突き飛ばしてしまった。


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