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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第十二章:強くなりたい≒弱くなりたい
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鬼と讃えよ⑦


 しばらくしてから自室に戻り、扉をノックする。


「そういや、なんであんなに出るの嫌がってたの?」

「……大したことではない」

「エルたんがお漏らしでもしたの? 昨日紅茶飲んでからトイレ行ってなかったし」

「いや、そういうわけではない」


 エルが隠そうとしていることで、俺にとってもバラしたくはないことだ。

 エルが恥ずかしそうに扉を開けてくれたので中に入る。


「まあ、適当に脳内で補完しておくよ。 ベッドの中でげへへなことを隠れてしていたとか」

「……」


 冗談めかして笑う月城は無言で顔を赤くするエルを見て、パチクリと目を動かす。


「えっ、ほんとに?」

「ち、違いますっ!」

「……とりあえず、ふざけていないで今日の予定を話すぞ」

「アキくんのそういう考えてることが分かりにくいとこってズルいよね」

「答えると、エルがそんなことをするはずないだろう」


 それだけ言うと月城は「それもそうだね」とあっさり頷く。

 月城のエルに対する妙な信頼に顔を顰めてから椅子に座って、昨日月城に話したことをエルに伝える。

 エルもその考えに賛同したのか、少しは嬉しそうに頷いた。


「確かに言われてみたら月城さんの言う通りですね。 困ってるかもしれません」

「あ、これ私じゃなくてアキくんの推理」


 エルは顔を思い切り顰めて、首を横に振る。


「……違うんじゃないかなー。 多分違うと思うなー。 です」

「アキくん、なんかエルたんに嫌われるようなことした?」


 むしろ嫌われるようなこと以外していない。 流石に無意識でとはいえ、襲うようなことをしてしまったら嫌われるだろうか。

 記憶があるときなら兎も角、現状ではどうしようもない。


「べつに、そういうわけじゃないです」

「そういえばなんだけどさ、前にエルたんから聞いた話だと、記憶喪失の能力を奪ったら記憶が戻ったんだよね?

エルたんの能力を私に移したらいいんじゃない?」

「……たぶん無理っぽいです」

「何で?」

「その、前の僕がそれをアキさんに伝えてなかったってことは、それは無理だからなのかと思って。

……勇者の能力じゃなくて、普通に人が編み出した能力だからか移したりできないみたいなんです」


 月城が俺の方を見た「ごめん」と小さく謝る。 期待して落ち込んだのは確かだけれど月城は俺たちのためを思って言ってくれたことなので責める気にはならない。


「あの、でも……記憶が戻る手段がないわけでもなくて……」


 エルの言葉に、眉を寄せる。


「嘘は吐くなよ?」

「アキくんがエルたんを疑ってかかるように……」

「都合良すぎるエルの言葉は信じないことにしている」

「あれだけ好き好き言ってくるのに、すごく疑われてる……」


 エルは不満そうに俺を見ながら、ベッドの縁にちょこんと腰掛ける。 隣に座ると逃げるように動かれたので近寄り、ベッドの端に追い詰めたところで観念したように止まって、ゆっくりと口を開ける。


「多分ですけど、記憶の喪失の能力は勇者が使うと不完全になると思うんです」

「すぐに好きになっちゃうチョロインの言い訳?」


 不完全という言葉に首を傾げながら、月城が用意していた朝食に口を付ける。 少しずつ料理とかが上手くなっているな。


「違いますっ。 ……おほん、月城さんも知っての通り、地球で人が記憶するのは当然ありもしない瘴気ではなく、脳の海馬なわけですよ」

「当然のように知ってると思ってるみたいだけど知らないからね」


 理解の出来ないレベルの話だと分かったので、後で戦闘になる可能性も考えて食べて栄養を補給することに集中する。


「でも、この世界においては瘴気が記憶を保存する役割を果たしている。 これはアキさんの話しているグラウさんの事例で予想されることですが、僕の場合はは完全に記憶を失ったわけではなく、地球での記憶には損傷がなかったんです」


 グラウの名前に反応して顔を上げ、頷くと。


「言われてみれば、だいぶ違うな。 自身の名前も分からないと、一年程度の記憶の喪失か」

「始めは能力が不完全で一年だけになったのかと思ったんです。 もう一人勇者がいたらしいですし、能力も半分こかと思って」

「違うの?」


 やはり話についていけない。 一応、聞くことには聞くが、あまり身のあることは話せそうにない。


「そちらの可能性も勿論あります。 お気に入りのカップとか半端に残った記憶もありますから。

それでもハッキリとしっかり覚えているのと、ほとんど記憶がないのが分かれている違和感です」

「それは、俺を忘れるためではないか? 俺との記憶が失われたらほとんどのこちらでの記憶は消えるはずだし、俺と出会う前の記憶は残っている」

「それも考えたんですけど、離れ離れになってしまったことがあるらしいので、それも違うかと」

「ふーん「離れ離れになってしまった」……ね、そういう言葉を使うのかあ」


 月城の言葉にエルは顔を赤くし、誤魔化すように首を横に振って訂正をしてから続ける。


「ちゃ、茶化さないでくださいっ。 つ、続けます。

だとすると別の要因で……二つの世界での記憶の保存方法の差異によるものだと思うんです。

海馬記憶と瘴気記憶と二つの世界で記憶方法が別として、グラウさんの能力は瘴気記憶によるもののみが消去される能力だから、海馬記憶で保存されていたことは思い出せる。 みたいなことです」

「少しの間の記憶があるのは?」

「切り替わり期間ではないでしょうか。 少し曖昧ですし。 それで、海馬記憶の方にも少しは保存されていたから、少し覚えていることがある。 というふうに考えたら辻褄が合います」

「まぁ、分かったところで関係ないが」


 二つ記憶方法があって、こちらに来てからの記憶は瘴気によって保存されているのか。 大した意味があるとは思えないが……。


「いえ、結構重大ですよ。 パッと切り替わっているわけではないということは、こちらにきてからでも機能としてはあるはずです。 理屈上、記憶は全部保存されているものですから……」

「えっ、記憶戻るかもってこと?」


 その言葉に反応しようとして、食べ物を喉に詰まらせてえづく。


「……反応しすぎです。 ……今の僕は、そんなに嫌ですか?」

「エルたんが、過去の自分にまでヤキモチを……」

「ち、違いますよっ……」

「エルたんって感情的になると分かりやすいよね……。 というか、攻撃の方向性が広すぎて怖い」


 エルの言葉に口を閉ざされる。 まぁ、あれだけ反応していれば、今目の前のエルがよく思わないのも分からなくは……いや、同一人物だから、嫉妬するのはおかしくないか。

 少し、エルの考えにはついていけないところがある。


「んぅっ……実際に、ちょっと思い出せることもあります。 ペン太さんの好物がサンマだとかですけど」

「それで、結局どうやったら記憶が戻るの?」

「んぅ、こんな症状なんて聞いたことないですから、なんとも言えませんが脳の一部が使われてないってことですからね。 ……以前と同じようなことをしていたら、結びついて戻ってくるかもです」

「……現状維持ってこと?」

「そうなりますね」


 エルの言葉を聞いて、違和を覚える。 尤もなように聞こえるのだが……あまりにエルにとって都合が良すぎることに、以前を思い出した。


 本当に能力の移譲が出来ない。 俺にはそれを信じることが難しい。

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