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鬼と讃えよ①

 手順自体はやったことがあるので分かる。 エルには記憶がないが、能力の扱い自体は忘れていない。 神にはそういう知識を植え付ける能力があるのだろう。


 月城が俺に気を使ってか、あるいは可愛いエルに触りたかったからか、能力の移譲は月城を介してになった。 万が一怪我人が出た時に対応出来るように治癒魔法の扱えるケトが部屋の隅に控える。


 まず、エルの神聖浄化を月城に移す。 妙な光を見て、勇者の異質さを改めて理解させられる。

 持っているチカラを道具と変わらないほど簡単に移し替えられるなど、何かを否定しているかのようだ。 同時に、羨ましさもある。

 力はある方がいい。 当たり前だ。


 少しして、月城が問題なさそうに頷く。


範囲浄化(オールクリーン)だって、んー、エルたんのときのと違いがあまりない? あー、でも、多分エルたんのと違って安全っぽいかな。 それに瘴気には干渉出来なさそう?」

「見事なまでに毒にも薬ならないな」


 要するに魔力の使わない魔法の浄化と同じだ。 欠点もないが利点もない、まぁ安全な所に移すということが出来ているので目的は達成されているか。


「次は星矢くんに移してみるね」

「ああ」


 光が発生し、星矢に能力が移る。 それと同時に、爆ぜるような音が鳴る。

 目に入ったのは黒い鉄の塊。 移譲による光を反射させ、鈍く光る。


 驚愕したような月城の表情。 反射的に脚が動き、シールドを撒き散らしながら間に入り込み、右の握り拳を鉄塊に叩きつける。


 鈍い音を聞きながらガラスを突き破り、弾け飛んでいく金棒を横目に見る。 続けるて振るわれた刃をテーブルの上に置いていたナイフで逸らすように受け止め、その凶行をした相手、星矢を睨む。


「何のつもりだ」

「見りゃ分かるだろ」


 裏切りという言葉を思い浮かべるが、そもそも仲間になったつもりもなさそうだ。 初めから能力を奪うつもりだったのだろうか。


「……自動操縦(フルオート)、起動」


 明確に星矢の動きが変わる。 素人くさい身体能力と能力に身を任せたい動きではなく、左足を半歩後ろに下げた。


 この技を、知っている。 ナイフで受け止めきれるはずはなく、全力で月城とエルを庇うようにして後ろに下がり、振り降ろされた剣を見る。


 リアナの使っていた、この国で最も使われている剣技だ。

 足運びにより地に足を付け続けて、しっかりとした基盤の元に剣を振るう。 とくに鍔迫り合いに強く、隙が少ない。 反面、早い移動などには向いていない。

 適度に距離を置いていれば、瞬時に切られることはない。


「えっ、ちょっ、何!?」

「見りゃ分かるだろ」


 先程星矢が言った言葉をそのまま伝える。

 月城の後ろでエルがコソコソと動いているのを横目で見ながら、自分の右拳が潰れていることを確認する。


「分からないよ、男同士だし喧嘩で友情を育んでるの!?」

「男同士だからといって喧嘩したら仲良くなるわけでもねえよ! というか、唐突すぎるだろ!」


 振るわれた剣をナイフで逸らし、そのまま腹にナイフを突き刺そうとするが、返すように振られた剣に受け止められる。


 異様に早い。 幾ら筋力があろうと考え難い速さだ。 振るわれた剣をナイフで受け止めると共に一歩踏み込み、膝で蹴りを放つが、膝の皿が砕ける嫌な音が鳴った。


「……ッ。 鉄板か」


 やってしまったと思うと同時に痛みが若干柔らぐ、ケトの治癒魔法だろう。 再び金棒が振り下ろされて、受けるのは不可能と判断するが、真後ろには月城がいる。

 前面にシールドを張れるだけ張るが、勢いのついた金棒を防ぐには強度に不足していることは明白だ。


 ナイフをしっかりと握り込み、狙いを定める。 最後の一枚のシールドが破られると同時に全身でナイフを振るう。


 ガラスが割れたようなシーンの音ばかりが響き、遅れて金切り音が聞こえ、さらに遅く金棒が柄を残して床に落ちる。


「……高みへと朽ちゆく刃」


 片手で放つには無理があったのか、筋肉が悲鳴をあげるように痛む。 星矢が新しい武器を何処からとも無く取り出すのを見てから、エルの方に目を向ける。 ……エルがいない?

 星矢が驚いているうちに部屋を見回すが見つからない。


「月城、エルは?」

「若奥様なら、さっき扉から出て行きました」


 追いかけたほうがいいだろうか、月城はまぁ殺されても問題はないし、ケトよりかはエルの方が重要である。 比べるべくもないが。


 エルを追いかけようと足を動かしたと同時に、星矢の口元が歪む。


自動操縦(フルオート)、起動」


 またか。 適当に捌いてからエルを追いかけようとした、その瞬間、目を見開く。

 一歩、前に踏み込む。 その何でもない所作を、俺は知っている。


 その一歩のゆらりとした一見して遅い動作は、事実ではない。 遅いようにすら見えるのは、踏み込む動作としては一切の荒さがなく、まるで単純に足を動かしただけのようで、音も聞こえないのは遅いからではなく、音よりも速いからだ。


 瞬きをするよりも遥かに短い何万分の一秒。 何物をも置き去りにする、最効率、最速、至高にして単純な剣技。


「高みへと朽ちゆく刃」



 俺が使ったばかりの技が、使えるはずもない技が使われた。

 知っている技、それがどれほど強力か。 それと同時にどんな弱点があるのかも知っていた。


 最効率故に、決まった体制、決まった軌跡のみであり、放たれてしまえば対処など不可能だが、放つより遥か前に何処に来るかが分かりきっている。

 最速故に、それが認識出来ず、使用者にとっても分かるのは放つ瞬間と、放った結果だけだ。


 何度も喰らった剣技であり、その返し技もされたことがある。

 手首がくるであろう場所に手を置き、そこを中心にして振るわれた剣の勢いに乗って動く。 それと同時に全身のバランスを取り、喰らった威力をそのまま返す。


 ーー剣壊流剣術、高み返し。


 星矢を天井に叩きつけ、落ちてきた星矢を脚で踏んでおく。


 少し、危うかった。 おそらく、見様見真似で身体の動きを真似する能力なのだろう。 片手が使えない状況だったために、真似をされた高みへと朽ちゆく刃も不完全なものだった。

 肉体型の魔物化した人間が丈夫だとは言え、高みへと朽ちゆく刃を放った上で思い切り天井に叩きつけられればひとたまりもないだろうと、息を吐き出す。


「生きてはいるな。 消えてねえしな」

「もう何が何だか……」

「突然襲われたな」

「なんで?」

「エルを拐おうとしたのではないか?」

「アキくんじゃあるまいし」


 そんな話を月城としていたら、扉からエルが飛び出してきて、俺の方に何かを投げる。


「アキさん、これを……!」


 はあはあと息が荒れていて頰が赤くなっているのがすごく可愛らしく、思わず見惚れ……俺の頰を短剣が切り裂いた。


「えっ」


 短剣が後ろに落ちて、血が頰から垂れ落ちる。


「えっ!? あ、えっ!? ご、ごめんなさい!」


 エルが混乱したように頭を思い切り下げ、どうしたらいいか分からずにアタフタと手を振って大丈夫だと主張する。


「アキくん、なんで受け取らなかったの?」

「……息荒れてるのが可愛くて見惚れてた」

「エルたん、謝らなくていいと思うよ」

「そ、そういうわけにも……」

「エルたんに過失はなかったよ。 うん。 というかよく動けたね、びっくりして動けなかった。 星矢くんはどうしたんだろ? アキくんなんか意地悪したの?」


 そんなことはしていない。 聞こうと思い下を向くと、星矢を踏んでいたはずの場所には丸太があった。


「……変わり身の術?」





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