救いたいと思うことをやめたくはない⑦
エルは歩き始めて十分もせずにダウンした。 そもそもが体力に著しく欠けているのに、その上痩せ細っている。
ぐったりと倒れている彼女を背負い、抵抗されながらもおぶって歩く。
「体力ねえな……。 元々痩せていたが、それにしてもガリガリに痩せてるが」
「少し問題があってな。 この前まで飲まず食わずの状況で治癒魔法で生きながらえていたからだ」
「……マジで? あれ、三日ぐらい仕方なくしてたが、マジできついぞ。 死のうかと思ったぐらいだ」
「……こいつは努力家だからな」
エル。 とは呼べなかった。 そう呼ぶことが押し付けになるかもしれないと思ったからだ。
関係ないかもしれない。 どう呼ぼうと俺が彼女に「エル」を求めていることには変わりない。
「そんなことないですよ」
「そういや、成績もすげえいいって三輪が自慢してたな」
「普通でしたよ。 ……なんで三輪くんが?」
「ん? あ、そうか。 なんでもない」
星矢は誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべる。 瘴気で赤く染まっている目はなんとなく不気味に見えた。
「……そういえば、魔物化した人間でも、魔力が多い者と身体能力が高い者がいるが、そこのところとかは分からないのか?」
「突然だな。 ああ、勇者が珍しいのか?
別に考えたことはねえな、いちいち調べたりもしてねえし普通に魔物にも魔法使い型と戦士型があるし、そんなもんなんじゃねえの?」
そういうものなのだろうか。 完全な運で分かれるという可能性もあり得るが「そういうもの」として放っておくには、どうにも収まりが悪い。
生死に直結することだから放りっぱなしにはしたくない。 もしも俺もシールド以外の魔法も使えるのならば、もっとしっかりとエルを守れることだろう。
しかし、それ以前に耐瘴気性というものも分かっていない。 魔物化する理由を当てはめた仮説だけれど、どれほどの信頼がおけるのかすら不明だ。 以前のエルでさえ、分からなかったことなので、考えるだけ無駄かもしれないが。
とりあえず、そんなことよりも今は久しぶりに感じるエルの温もりを心ゆくまで堪能しよう。 この機会を逃せば、次にエルとべったりと触れ合えるのがいつになることか。
着実に屋敷に近付いてしまうのが、非常につらい。
「アキさん。 僕、道を覚えようと思って、方角とか気にしていたんです」
「……ああ」
「遠回りしてません?」
「……いや、その、なんだ。 ……悪い」
エルにため息を吐かれて、星矢にじとりとした半目で睨まれる。
俺の手から逃れようともぞもぞと背中の上で動かれるのがこそばゆい。
「……何故、わざわざ遠回りを?」
「……この機会を逃せば、なかなか触ることが出来ないと思ったからだよ」
「夫婦じゃないのか?」
「色々あるんだよ」
「……まぁ聞くのも野暮か」
なんだかんだと言っても、エルが嫌がっていたこともあり夫婦らしいことも一度しか出来ていない。
理由としては子供が出来たら困るからとエルが言っていたからだけれど……以前に言っていた二人で日本に行く方法は俺に媚びを売るための嘘だった。
そうなると、理由が分からない。 エルが帰るつもりだったならば……困るからというのも分かるが。
……俺を置いて帰るつもりだったのだろうか。 それなら辻褄が合ってしまう。 そうだとすれば、酷く憎いと思う。 愛おしいけれど、それと同じだけ憎い。
「そういやさ」
星矢の声に、ハッと目を覚まし、エルの脚を握り潰そうとしていた手が固まる。 脚の腱を潰して逃げられないようにする、などエルにとって幸せなはずがない。
「……な、んだ」
「何吃ってる。 おまえって勇者じゃないんだよな?」
「ん、ああ」
「んで、魔人でもなけりゃ作られたやつでもないだろうし。 妙な感じだなーと。 なんつーか、他のよりも獣っぽい」
「獣? 大昔に魔物化しやすいように作られた家系らしいから、出自が違うからだろう」
「そんなんあるのな。 なんかかっけーな」
かっけーというのは分からないが、とりあえず褒められているらしい。
「……その、魔物化ってしても問題ないものなんですか? あまりよくなさそうな言葉ですけど」
「んー、元々内部にある瘴気とかに加えて外部から取り入れる感じだから、体質は少し変わるな。 眼の色とか変わるし、多いとこいつみたいに髪まで色が赤黒くなる。
あと、魔王から指令がくるようになるな。 俺程度だと薄らと聞こえるぐらいだが、魔物化が進んでいれば逆らえないらしい」
「いや、あれは気を強く持っていればなんとかなる」
そういえば最近はあまり見ないな。 魔王も忙しいのだろうか。 それとも別の誰かが倒したとかの可能性もある。
まぁ、魔王とかどうでもいいか。 大切なのはエルのことだ。
エルは今、勇者として戦争を止めたがっているので、それを止めるために……。
「勇者として、か」
呟く。 これもエルがしたいからではなく「役割意識」からくるものだろうか。 ……「雨夜 樹」も「勇者」も「エル」も……彼女から幸せを剥ぎ取るものだ。
戦争を止めるために動く。 それは本当にエルのためになるのか、考えながらゆっくりも歩いていたら、屋敷が視界の端に見えた。
「……立派ですね」
「まあ、箱はな」
「ここに月城がいるのか? なんかいい暮らししてんなあ」
屋敷に近づくが違和感を覚える。 レイがいない? 少なくとも、巨大な魔力は父親のものぐらいだ。
星矢は魔力を感じることが出来ないのか、特に驚いた様子もなく俺に続いて屋敷に入り、首を傾げる。
「この国自体瘴気がないが……それに輪をかけるほど、瘴気がないな」
「そういう技術があるらしい」
「はーん、便利そうだな。 魔物が発生しないってことだろ?」
「瘴気を退けているだけだからな。 退けられたところで発生するだけだ。 エルの能力の足元にも及ばないな」
「瘴気に関与する能力なのか?」
エルが困ったように声を出す。
「瘴気ってなんですか?」
「魔物の元。 まぁ、俺が説明するよりも月城に聞いた方が早いだろう。 確か、よく全部教えていたはずだ」
「……アキさんに説明してもらってはいけませんか?」
「俺は説明がヘタだから」
屋敷に入る。 父親なら気が付いているだろうが、こちらに干渉してくることはない。
……父親が何を思っているのか、よく分からない。 分かる部分もあるが、どうにも明瞭には見えない。
屋敷の中に入り、たまたま近くにいたケトと目が合い、半目で見られる。
「おかえりなさい」
「……ああ。 レイは?」
「ロトさんに連れられて行きましたよ」
「ロトもいないのか。 月城はいるよな」
ロトがいないことに安堵を覚えるが、ケトの様子からしたら俺がエルを攫ったこともバレてしまっているだろう。 戦闘になることはないだろうが、叱られることを思えば気が重い。
ケトに連れられて月城の部屋に向かい、何度かノックをする。
「はーい、ケトさん?」
「いや、俺だ」
「アキくんか。 エルたんも?」
月城はそう言いながら扉を開き、俺の顔を見てため息を吐いてから俺の後ろを見て、固まる。
「りーたん?」
「その呼び名は辞めろっつっただろうが」
星矢を見て目を丸くする。 その後、俺を見てゆっくりと口を開く。
「攫ったところを捕まった感じ?」
違う。
「じゃあ、第七回勇者会議ー!
司会進行は、ニート勇者こと月城がお送りするね」
「……七回もしてるのか」
「うん、基本エルたんとだけで、時々三輪くんとロトくんとかともしてたよ。
今回の参加者は、ニートとロリと男の娘と勇者ではない変態さんだね。 まず、こっちに来た時の状況から今までの活動についてだね」
案外さっぱりとした再会の後、勇者会議とやらを始めることになった。 それにしても、エルと二人でそんなことをしていたのか、妬ましい。




