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救いたいと思うことをやめたくはない⑤

 エルが慌てふためいた声のせいか。 ベッドに寝かせていた少女にしか見えない男がゴロリと寝返りを打ち、ベッドから転がり落ちた。


「ッッテェっっなぁ!」


 整っていた髪の毛をボサボサと乱しながら少女は起き上がり、俺を見て息を飲み込んだ。 ロトがやるものと同じような仕草。

 虚空から剣を引き抜く動きとともにどこからともなく現れる刃。


 男は周りを見渡し、何かを確認した後に俺を睨む。 赤く染まっている眼は魔物(アーク)化しているところが見て取れる。 しかし、他のアークヒューマンのような魔力は感じられずーー。 息の瞬間、五歩分ほど離れていた距離が一瞬にして埋まる。


 この異様な速さはーー。 見たことはないが、既知感がある。 空を理解する寄りも前に、剣を振るおうとした手に付くようにシールドを貼り、続けて男の駆動を根元で捉えるようにシールドを張り巡らせる。


「……魔法、かよ!」


 体制が悪いと思ったのか後ろに跳ね飛んだ男の後ろにシールドを張り、その動きを止める。 狭い部屋で、その上にシールドで移動を制限。

 シールドを張りながら男に近づく。 割ろうと思えばそう難しいものではないことは確かだが、割ろうとした瞬間があればその隙を突けばいい。 剣士同士の戦いで、向かい合う以外のことが出来るはずがない。


 徐々に狭まっていく中、無理に剣を振るおうとした手を掴み、捻りながらベッドに突き倒す。

 痛みに呻く音を聞きながら、関節を取って拘束する。


「えっ、アキレアさん? 星矢君?」


 エルの少し遅れた反応を聞きながら、剣を奪い取ってベッドの下に転がす。


「何のつもりだ」

「何のつもりだと!? 俺が聞きてえわ!! なんだよこんなところで拘束しやがって!! 人体実験でもするつもりか!!」

「……人体実験? よく意味が分からないが」

「何にせよ碌でもねえことだろうよ!」

「……いや、路地裏に倒れていたから、保護をしようとしただけだ」

「何を見え透いた嘘を……」


 星矢と呼ばれた男は少女にしか見えない目をパチクリを動かしてエルの方を見る。


「……雨夜?」

「あ、はい」

「何でこいつまで機関の……!?」

「機関というのはよく分からないですけど、僕達は路地裏の星矢君を拾っただけで……」


 星矢はエルの話を聞き、筋肉を弛緩させた。 俺は星矢から手を離し、その場を離れてエルの横に腰掛ける。


「……悪い」

「えと、僕はいいですけど」


 エルが俺の表情を伺うように目を向ける。


「特に気にしていない」

「……こっちの奴が敵対しているところと似ていてな」

「アキレアさんが?」

「身に覚えはないな」

「他人の空似ではないですか? アキレアさんは色々とあれですけど……。 長いこと僕と一緒にいたみたいですし」


 星矢は納得したように頷いて頭を下げてから座り込む。


「……それにしても、雨夜か。 じゃあ付きなしの勇者か」

「そうですよ」


 エルはそう言いながらゆっくりと俺の後ろ逃げる。


「何でエルが付きなしだと分かったんだ?」

「エル……。 雨夜のことか?」


 俺が頷くと星矢は頰を掻く。


「説明するのはいいんだけどよ、腹が減ったから飯を食ってからでいいか?」


 そろそろ飯時か。 食糧は置いていないので買いに行く必要があるが、エルも疲れているのであまり遠くには行けない。

 そう思っていると、星矢はポケットをゴソゴソを弄ってから手を取り出したと思うと手には菓子が握られていた。


「……アキレアさん。 四次元ポケットみたいな魔法ってあるんですか?」

「四次元ポケットってなんだ」

「普通よりも沢山入る道具みたいな感じです」

「大きい鞄か」

「違います」


 エルが丁寧に四次元ポケットの説明をしてくれ、理解出来る。


「つまり、小さい鞄っぽいけど実際には大きい鞄みたいなものか」

「そんな感じでいいです」

「聞いたことはないな。 一応魔法学はそこそこ知っている方だが」

「じゃあ能力でしょうか?」


 星矢の方を見るが、答えるつもりはなさそうである。

 一人で黙々と食べているところを見る。


「……色々聞きたいんだが」

「ん? ……あれよ、こっちの地形とあっちの地形がリンクしてっから、ここら辺にいるやつは元々近所の可能性が高えの。 んで、例外としては人付きとか国付きの場合は下手なところに出る。まぁ、それでも本来の位置から近いところに出んだよ。 ほら、だからここら辺は日本人ばかりだろ?」

「……訳が分からん」


 星矢はエルを見て、エルは頷く。


「アキレアさんはあまり考えることが得意ではないです」

「雨夜は今ので分かったか? 成績良かったよな、確か」

「何で僕の成績がバレてるんですか……」

「成績上位者は張り出されてただろ」

「……知らなかったです」

「三輪がいちいちうるせえから覚えてた」


 星矢が菓子を俺たちに軽く投げ、受け取る。

 投げ渡された菓子を見て、毒はなさそうだが一応エルには食べないように伝えると、怨みがましい目で俺を見る。


「毒なんて入れてねえよ。 自分で食う用だったしな」

「とりあえず、能力使ってからにしてくれ」

「んぅ……」


 渋々といった様子で能力を発動させてから口に含む。


「解毒能力か?」

「そんなところです。 リンクしてるって、よく分かりましたね」

「んー、まぁ受け売りだけどな。 地形とかが地球のものに類似しているとかでよ」

「んぅ……? 地図を見たけど、結構違いましたよ? はっ、まさか……ここは未来の地球だった!? ……いや、月の大きさとかだいぶ違いますから、それはないですか」

「月の大きさは違うが、北極星は存在している。 星座も確認出来る。 ……らしい」


 エルはその言葉に驚愕の表情を浮かべて、思考をしているのか、身体が動くこともなく口元だけが微かに動く。 その隙に身体に触れようと手を伸ばすと手でペシリと払われる。


「……昔の地球?」

「かもなってだけ。 天文学の専門家なんて見つかってないからどうにも。 それに、本当に過去なら大気とか気温とか……色々おかしいんだってよ。 そもそも地球に魔法も魔物もいないしな」

「……分からないですね」

「そうだな」

「アキレアさんは僕を触ろうとするのやめてください」

「……ああ」


 適当に頷いてから、エルの手を握る。


「……あの、星矢くん。 ちょっと掃除してホコリが立ってしまうので少しでていただいてもいいですか? すぐに終わらせますから」

「ん? ホコリなんて別に気にしないぞ」

「咳とかくしゃみとか、恥ずかしいので……」


 不思議そうにしながらも星矢は出て行く。 俺も首を傾げながらエルを見る。 埃の除去なんて能力で一瞬だろう。


 エルはそれをすることはなく俺の方へと向き直って首を傾げる。


「さっきから様子が変ですけど、どうしたんですか?」

「様子が変? 俺がか?」


 エルは頷いて、俺が握っていた手を上にあげる。


「凄く触ってきますから。 ……あの、浮気とかしませんよ?」

「単に触りたかったから触っていただけだが……」

「んぅ、なんにせよ、様子が変です。 大丈夫ですか?」


 エルが何を心配しているのか分からず、そんなに触られたくないのかと思って手を離した。


「無理はしないでくださいね」


 とりあえず頷くが、エルの不安げな顔は変わらない。

 ……以前にも増して、エルのことが分からなくなってきた。

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