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救いたいと思うことをやめたくはない②

 エルは本当に逃げ出す様子もない。 試しに魔力の探知を頼りにして、目の届かないところに金銭などと共にエルを置いて離れたりもしたが、動く様子がなかった。


 単に逃げ出したら生きにくいからかもしれないけれど、どうしても逃げ出したいという訳ではないようなので少し安心する。


 魔法を教えるべきか、それとも反抗されにくいように黙っておくか迷っていたら、まだまだ痩せ細っているエルが俺を見て口を開いた。


「……あの、絶対ではないです。 それに、すぐにでもないんですけど」


 記憶を失ってから、エルから話しかけられることは少なかったので頰が緩みながら次の言葉を促した。

 エルは手の中に纏めた、書き足しの多い大陸地図を俺に見せる。 逃げ出すために書いていたのかと思ったが、そのためではないらしい。


「遠くなく、戦争が、起こります」

「戦争? そんな話は聞いたことがないが……」


 エルが嘘を吐くとは思えないが、その理由が分からない。 四六時中一緒にいたので、情報量に差がないだろう。 エルの耳がいいことは分かっているが、それにしても戦争なんて言葉を聞いていないはずだ。


「……この国、アイクトラスの北方にあるベクリノなんですけど」


 エルは地図を俺に見せる。 地図に書き込まれていたのは各地の食糧品や鉱物などの名前とその値段の推移のようだ。

 そこを見ても特に変わった様子には見えず、首を傾げる


「多分なんですけど、この国って輸出入はそこを中継した陸路か、南側の海からぐるって回る海路が基本みたいなんです。

それで、こっちの陸路の方で輸入してるものがかなり値上がりしています。 魔物害とかにしては、値上がりしている範囲や種類が広いですし、貧作にしては、海路で得られるものは変わらないみたいで。 この国で取れるはずの金属類の値段も値上がりしています」

「……悪い、何が言いたいのか分からない」

「えーっと、この国と北方にあるベクリノって国がピリピリしてるかもです。 それ以上は、値段の相場だけでは難しいです」

「そうなのか」


 エルの言うことなので正しいのだろう。 彼女はおずおずとした様子で俺に言う。


「もっとちゃんと調べられるところがあったら、いいんですけど。 各国の土地とか、軍事とか、歴史とか。 それが分かったら、これからどうなるか、予想出来るので……」

「実家の書庫にはいかないから、ソウラレイの図書館か。 移動は問題ないが、図書館への入場料が足りないな。

俺よりも強い人間などそうはいないだろうし、いざとなれば走ったら何者よりも速い自身はある。 それでも調べることが必要なのか?」

「んぅ……人が多く死ぬことは避けたいですし。 たぶん、次のだとこの国が負けることはないんですけど。 この国以外は魔物が多くなっているので、少しでも魔物が少ない場所を欲しがるはずです。 この国の周りも多少魔物が減っているみたいですから、負けたあとのそこが、他のところからってのもあるかもしれないので……」


 この大陸がまるまる戦場になるかもしれないと、危惧しているらしい。

 そうなれば、それこそ瘴気の大規模な発生で強大な魔物が発生してしまうだろう。 刃人の王や巨人程度ならばどうにかなったが、それ以上の存在だと俺では厳しいだろう。


 逃げればいいとは言っても、全く知らない土地に移り住むのは難しいか。


「だが止められるとは思えないな」

「んぅ、でも、放っておくのも……僕、勇者らしいので」


 エルが使命感を持った目で俺を見る。

 以前、似たような目を見た。 世界を救おうと言ったエルの言葉に従っていたら、俺を利用した、とエルが罪悪感を抱いていた。

 彼女の手を取って、立たせる。


「俺も世界を救おうと思う。 エルと一緒に、だ」


 少しエルは不思議そうに俺を見る。 知らない彼女からしたら、不思議な言葉だったのかもしれない。


「えっと、はい。 その、どうします?」

「とりあえず、金が足りない。 俺も覚悟を決める。

実家に戻るか。 最悪、ロトと戦うことになるが……」

「え、なんで戦うことになるんですか? その、ロトって人と」

「ロトは正義感が強い。 無理矢理連れ去ったとバレたら、エルを守ろうとするかもしれない」

「……僕が大丈夫って言ったらダメですか? ちょっと旅行をしにいったことにするとかでも」

「……いいのか?」

「アキレアさん、悪い人だとは、思えないですから」


 優しい。 頰が緩むのを感じてエルから目を逸らすと、彼女はいひひと笑う。


「アキレアさんって、案外表情が分かりやすいですよね。 仏頂面に見えるのに、悲しくなったり、喜んだりしたら」

「……エルは腹黒いから、分かりにくい」

「いひひ、そんなことないですよ?」

「……なんで少し嬉しそうなんだよ」


 エルは不思議と嬉しそうな顔をして、思わずにじり寄ろうとしたらその分だけ下がられる。 ……やはり、前のようにベタベタしたりはできないようだ


「そういや、戦争になったら父親が駆り出されるな」

「貴族さんでも、そういうものなんですか?」

「よく分からないが、俺のところはそうだな」

「アキレアさんは大丈夫なんですか?」

「……分からないな。 ……まぁ、俺を特定するのも難しいだろうから、頼まれても無視をしたらいい。

それに、それを止めるんだろ」

「そうですね。 市街に話が流れてないぐらいですし、時間もあります。 実際に参加したことのあるアキレアさんのお父さん……僕からしても、お義父さんですけど、話を聞けると対策とか作戦も立てやすいかもです」


 ……父親に話をしても意味があるのだろうか? たぶん「戦争? 敵が来るからガーッってする」程度の知識しかないと思われる。


「エル。 父親には期待するな」

「え、でも、教えてもらわないと、分からないですよ?」

「……俺が言うのもあれだが、エンブルクは代々頭が悪い。 おそらく、役に立つ情報は聞き出せない」

「……ええ」

「俺もエルからしたら非常に頭が悪いだろうが、父親はそれ以上だ」

「……反応しにくいですよぅ……」


 ああ、でも、父親について行っているやつもいるだろう。 そっちの方になら、話を聞くことも出来るはずだ。


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